競泳日本が再確認したチーム力
オリンピック前哨戦
競泳の世界選手権が閉幕。競泳日本は、金メダル3つ、銀メダル1つを獲得した。今大会は来年の五輪前哨戦として位置づけられ、各国のライバル選手達が一気にレベルを上げてきた。五輪で勝負するメンバーを篩にかけるように、予選から少しでも隙を見せたら、足をすくわれた。そして何よりも、五輪前、戦い方をシミュレーションするのに、大切な舞台となった。
ランキングトップの重み
日本の「金メダル=リオ五輪代表内定」は、モチベーションが上がる選手目線の素晴らしい制度だ。そんな中、星奈津美選手(ミズノ)、渡部香生子選手(JSS立石/早稲田大学)、瀬戸大也選手(JSS毛呂山/早稲田大学)が金メダルを獲得、リオ五輪代表を内定させた。1年間かけて調整が出来ることは、肉体的にも精神的にも大きなアドバンテージだ。
しかし大会を通じて、今季世界ランキングトップであり、金メダル候補として名前の挙がっていた日本男子選手達が次々とメダルを逃す波乱が起きた。「金メダル獲得」を意識し過ぎていたように感じる。ランキングトップで大会入りすることは、大きなプレッシャーだ。私自身、ランキング3位で五輪へ乗り込んだが、予選からのハイレベルな戦いに動揺し、力みを生んだ。レースになれば、ランキングはあってないようなものだ。全ての選手が横一線でスタートすると言っていい。
「しなければならない」呪縛
苦戦した選手たちのインタビューは、大会を通じて「金メダルを獲得したい」「チームに勢いを付けたい」と前向きなコメントだったが、試合が進むにつれ、だんだんとチームに「勢いを付けなければいけない」と気負いしているようにも見えた。自身でも気づかないうちに「エース」は、背負っているものが大きく重たくなっていると感じた。私は国際大会でメダルが狙える位置にいた際、「メダルを獲って、チームを盛り上げないと」と知らず知らずのうちに追い込み苦しい想いをした。
競泳日本代表は、チーム力が強く、これまでプラスに作用し好成績を残してきた印象が強い。オープンマインドで情報を共有し、尊敬、認め合う中で、個々の能力を高めてきた。個人競技だが、一人で戦うのではなく、チームで気持ちを共有し、戦うことでプレッシャーを前向きにコントロールする。しかし一歩間違えば、「しなければならない」と言った呪縛で追い込んでしまい、本来の泳ぎを見失ってしまう。その結果、チームがマイナスに動くこともある。
再確認したチーム力のあり方
来年に向けて、ひとつの戦い方を示し、チームの流れを変えたのは、金メダルを獲得した星奈津美選手だ。彼女はレース前から、チャンスがあったが金メダルについては、あえて言及していなかった。これは、星選手に金メダルを意識させることで、無駄なプレッシャーをかけたくないと考えた競泳日本代表の平井伯昌監督の作戦だった。彼女は、集中して「自分のレース」に徹した。まずは自身がベストパフォーマンスをすることで結果に繋げ、その結果こそがチームに勢いをつけた。
結果のことを先に考えるのではなく、自分自身と向き合い、どうレースで戦うか。チーム力のあり方を再確認させてくれた。
金メダリストの強さ
五輪前年は、自身の絶対的な強さをライバルたちに植え付けるチャンスでもある。金メダリストの星奈津美選手、渡部香生子選手、瀬戸大也選手は、どんな強さを見せつけたのか。
チームの流れを変えた星奈津美選手は、バセドウ病の手術後9カ月という短期間で仕上げられる強さと集中力があった。レース展開についても、後半の追い上げが彼女の持ち味であるが、4月日本選手権では非常に積極的なレースを展開した。状況によってレースを自在に操れる強さも併せ持つ。
渡部香生子選手は、複数種目に出場し、9レース目で金メダル獲得。エントリーはしているものの、出場種目を絞り込む他国の選手も存在したが、彼女は最後まで積極的にチャレンジした。複数種目で戦える心身のタフさがある。
今大会前半戦の惨敗から立て直し、積極的なレース展開で金メダルを獲得した瀬戸大也選手。短期間で別人のように吹っ切り、心身共に切り替えが出来る心の強さがある。大会2連覇がかかり、ライバル選手からはマークされる立場でありながら、自身の持ち味を存分に発揮する勇気。どんな状況でも自分自身を信じ抜く力を持っている。
3人が示した「大舞台での戦い方」
3人は、ライバルたちに強烈なインパクトを植え付けることが出来た。五輪での戦いは、既に始まっているのだ。
3人に共通しているのは、「大舞台でいかにして自分を貫くか」だった。メダルを逃した選手達にとって、今後の鍵となりそうだ。選手のみならず、指導者、そしてチームにとっても、大きな価値のある経験になった。この貴重な経験は、来年、死に物狂いで戦いを繰り広げる五輪の独特な雰囲気の中で必ず生きてくる。