ここで変われるか競泳日本
パリ五輪の競泳が閉幕した。銀メダル1個、入賞13という結果。選手は、今できる精一杯のチャレンジをしたと思う。拍手を送りたい。しかし競泳日本チームとして掲げていた3つの目標「金メダルを含む複数個のメダル獲得」「全員決勝進出」「選考会のタイムを超えて自己ベストタイムを出すこと」に近づくことはできなかった。これからの競泳日本には、アトランタ五輪以降のような大改革が必要ではないかと感じる。チャンスだと捉えたい。
1996年アトランタ五輪で苦戦した競泳日本は大改革を決行。「人間力の向上なくして競技力の向上なし」の信念の元、教育関係者がヘッドコーチに就任したことをはじめ、密な情報共有、科学的な分析力の強化、所属の壁を越える、オープンマインド、自由形合宿、水着の自由化、リレー種目の強化、そしてチーム力の向上など挙げればキリがない程の取り組みがあった。
当時のヘッドコーチは、特にリレー種目を何よりも大切に強化をした。リレー種目こそがチーム力の象徴と捉えていたからだ。2000年シドニー五輪では、女子400mメドレーリレーで銅メダルに輝き、日本競泳史上初の女子リレーでのメダル獲得。2004年アテネ五輪の男子400mメドレーリレーは、44年ぶりにメダルを獲得するまでに大躍進。その後、リオデジャネイロ五輪では男子800mリレーで銅メダルを獲得。1964年東京五輪での銅メダル以来、52年ぶりの快挙に沸いた。その他にも競泳日本は、五輪、世界選手権を通じて、リレー種目で多くの結果を残してきた。リレーでの決勝進出や好成績はチームの士気を上げ、それが個々のレースにも良い影響を与えた。
個人種目でもチーム力を発揮し、シドニー、アテネ、北京、ロンドン、リオ大会と確実に複数のメダルを獲得する集団へと成長した。 その後、コロナ禍で開催された東京五輪では徐々に世界から離され始め、今大会は世界との差を痛感した。
再び、世界と戦うためにも日本競泳界としての明確なビジョンと目標設定、強化プランを4年後、8年後、12年後、その先を見据えて考える必要がある。何を強化していくのか?どう強化していくのか?具体的な策を日本代表からジュニア層の選手や指導者、トレーナー、ドクターなど、関わる人全員が共有し、常に同じ方向を向いていたい。
まずは、今回の結果を受けての分析を行い、収穫、反省、課題を洗い出すところから始まる。東京五輪後のように曖昧な形でリスタートすると、選手からの反発がまた起きる可能性がある。「チーム全体での対話」を大切にしてほしい。
そして指導者同士が腹を割って話し合い、認め合うことも大切なプロセスだと感じる。 ベテラン指導者をはじめ、若手指導者のアイデアも積極的に取り入れることで、伝統を守りながらも、新しい変化を起こせると思う。若手指導者が安全に声を挙げられる環境作りが重要になる。
新しい変化という意味では、代表選手の選考方法も大きな転換点に立たされていると感じている。シドニー五輪以降、日本水泳連盟が独自に設定するレベルの高い派遣標準記録をクリアした選手が代表入りし、少数精鋭で戦うことで五輪で結果を残してきた。その中で北島康介選手(当時)のような世界的スター選手も誕生するなど、派遣標準記録は非常に大きな役割を果たした。しかし、競泳日本の未来を考えたとき、今後は意図的に代表チームの選手層を厚くし、多くの選手や指導者が五輪や国際大会を経験できるようにすることが大切ではないだろうか。
例えば、選考方法は誰が見ても分かりやすく、各種目上位2名、リレー種目では上位4名を選出。その中で派遣標準記録のような世界ランキング上位の記録を出した選手には何らかの強化特典等を付けるなど、従来の代表選考の良さを残しながら、代表入りの門戸を広げるやり方もある。
これまで日本選手権が、その年の国際大会代表選考会になることが多かった。しかし日本一になっても派遣標準記録を突破できず、素直に喜べない。かつて私もそうだった。未来を担う子ども達がそのインタビューを聞いて、はたしてどんな気持ちになるのだろうか。日本一でも喜びを爆発できない状況に夢を感じることができないのは私だけではないはずだ。
強化については、世界からヒントをもらえる。競泳の他国も日本の他競技も海外指導者の力を借りて強化し、結果に結びつけているチームが多い。 パリ五輪の競泳で4冠を達成したフランスのレオン・マルシャンは、マイケル・フェルプスを育てたアメリカのボブ・ボウマンコーチに師事している。アジア圏でも中国や韓国チーム等も海外指導者に指導を受けている状況だ。
決して日本の指導方法が間違っていると言っているのではなく、海外の指導方法や取り組み方を知ることによって、より進化できると思う。変化を恐れず、日本の良さ、海外の良さを融合させることで新しいエネルギーが生まれるのではないかと感じる。
まずは実力のある海外指導者を招聘し、世界から引き離されている自由形を中心に自由形合宿を復活させ、定期的に指導を仰ぐやり方もある。それはリレーの強化をはじめ、チーム力の向上や選手層の底上げと共に若手指導者の育成、外国語に触れることで選手や指導者のキャリアアップにも繋がる。そして海外情報も手に入れやすくなるなど、ポジティブな要素が多い。
予算も限られている中での強化の選択であることは理解しているが、様々な工夫によってこの壁は越えられると信じている。