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ファジアーノ岡山の木村正明代表が語る「J1昇格」よりも大切なこと<1/2>=宇都宮徹壱WMより転載

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
岡山の木村社長。前職がゴールドマン・サックス証券の執行役員という異色の経歴。

今季のJリーグはすでにレギュラーシーズンが終わり、残すはJ1チャンピオンシップ(CS)決勝、J2の3位から6位までの4チームが参戦するJ1昇格プレーオフ、そしてJ2・J3入れ替え戦のみとなった。今回は、今季のJ2を6位でフィニッシュし、初の昇格プレーオフの臨むファジアーノ岡山の名物社長、木村正明さんのインタビューをお届けする。

木村さんは1968年生まれで岡山市出身。中学時代からサッカーに熱中する一方で勉学にも勤しみ、東京大学法学部に進学。卒業後はゴールドマン・サックス証券に入社し、35歳で同社のマネージング・ダイレクター(執行役員)に就任する。しかしその3年後、故郷に生まれた「Jリーグを目指すクラブ」ファジアーノ岡山(当時、中国リーグ所属)の存在を知り、ゴールドマン・サックス証券を退社。新たに設立された、株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブの代表取締役に就任する。

そんな木村社長に初めてお会いしたのは、07年に埼玉・熊谷で開催された全国地域リーグ決勝大会・決勝ラウンドでのこと。この大会で岡山は見事にJFL昇格を果たしたわけだが、当時38歳の若きエリートが感極まって号泣するさまを目撃した取材者は、それほど多くなかったはずだ。その後も私は、ファジアーノ岡山の成長と木村社長の動向をおりに触れてチェックしてきた。そして「いずれ機が熟したら、みっちりお話を伺うことにしたい」と考えているうちに、またたく間に10年の月日が過ぎ去っていった。

J2昇格から8シーズン目にして、ようやくJ1昇格のチャンスを得ることができた岡山。しかし木村社長はこれまで、いついつまでにJ1に昇格する、という発言を一度も口にしたことがない。なぜなら、クラブには昇格以上に実現すべき目標があると考えているからだ。今回は岡山のプレーオフ出場を記念して、この7月に宇都宮徹壱ウェブマガジンに掲載されたロングインタビューの前半部分を「転載」という形でお届けする(ただし、前半部分だけでも8000ワード以上あるため、2つの記事に分割した)。なお取材日は、ホームでのロアッソ熊本戦が行われた6月4日である。

今季、好調を維持した岡山は6位でフィニッシュし、初の昇格プレーオフに進出。
今季、好調を維持した岡山は6位でフィニッシュし、初の昇格プレーオフに進出。

■「黒字が何年も続いたら怒られなければいけない」

──今季の岡山は、開幕から6戦負けなしで一時は2位になりました。また、コンサドーレ札幌やセレッソ大阪といった強豪に敗れた試合は、いずれも1点差でした。ボトムに低迷していたJ2の1~2年目の頃を考えると、隔世の感を禁じ得ませんが、木村さんのお考えはいかがでしょうか。

木村 大雑把に言うと、最初の数年は実力的に相当な差がありました。それが強豪にも食らいつけるようになり、ある程度は自分たちが主導権を握れるようにもなって、最近では強豪もウチに対して本気で向かってくるようになったと感じていました。「負けても1点差」というのは、ここ4シーズンの得失点差がプラスになっていることからも、やはりチーム力の向上のひとつの証だと思います。

──その一方で経営面を見ると、今年の4月に「4期連続の黒字」というニュースがありました。この点については、いかがでしょうか。

木村 ここはライターの皆さんに意識していただきたいのですが、黒字はまったく関係ありません。むしろ黒字が何年も続いたら怒られなければいけない。

──と言いますと?

木村 黒字というのは「経営の安定」ということ以上に「税金を払う」という意味があって、それは必ずしもファンやサポーターの皆さんが望んでいることではないということです。地域のプロスポーツクラブというものは、地域の皆さまからのお金で成り立っているわけです。これはあまり言っちゃいけないことですが、債務超過にならない範囲で黒字と赤字を繰り返しながら、皆さまから頂いたお金は税金を払うよりも余さずチーム強化費にまわす、ということがわれわれに求められることです。

これが地元自治体への税金なら話は全く違いますが、クラブの法人税は国に支払われます。例えば、われわれは現在12億円の収入ですが、黒字にして3000万円の法人税を払うのなら「そのお金で点取り屋を獲得してよ」とファンは思うのではないでしょうか。もちろん、債務超過は論外ですが。

──なるほど。Jクラブの代表としては、実にユニークな発想だと思います。木村さんがそういったお考えをされるようになったのは、いつごろからでしょうか?

木村 最初の1年目からですね。どういう方からお金をいただいて、クラブがなりたっているのか? クラブの持続的成長ということを考えた場合に、落ち着く帰着点はそこだと思うんですよ。クラブライセンスは3年連続赤字でアウトですけど、Jクラブの社長さんって、J1からJ3までの53クラブで、3年以内で社長が交代しているクラブは42クラブあるんですね。そうした中、湘南ベルマーレの眞壁(潔)さんやヴァンフォーレ甲府の海野(一幸)さんのように、長くトップを続けられておられる方は、基本的に僕と同じ考えだと思います。

試合日に屋台が軒を連ねるファジフーズは、アウェーのサポーターにも好評だ。
試合日に屋台が軒を連ねるファジフーズは、アウェーのサポーターにも好評だ。

■あえて「負けることを前提に」と言った真意

──今の黒字経営についての考え方もそうですが、木村さんのクラブ経営の考え方を探る上で見逃せないのが「集客」に対する考え方だと思っています。岡山は13年以降、ホームゲームの1試合平均入場者数が8000人台をキープしています。集客に関して、クラブとして最も大事にしているのはどういったことでしょうか?

木村 一言で言うと「ホスピタリティ」です。スポーツは勝ち負けがどうしてもあるのですが、お客さまにはサッカーの試合にだけ集中していただき、それ以外のストレスができるだけないようなイメージですかね。お気づきかもしれませんが、クラブのスタッフは「ask me! 何かお困りですか?」という文字が背中に入ったシャツを着用しています。喫煙所を探している方をご案内さし上げます、写真を撮るなら私が撮ります、お子さんにはお子さんの視線でお話します、といったことですよね。

せっかく来ていただいたお客さまに対して、笑顔と真心をお届けするということを一番に考えています。そこは社員を含めて一生懸命頑張っているんですが、まだまだ改善すべき点はあると思います。というのも、ここのスタジアムは1万6500人収容なんですが、(1試合平均で)1万人を超えていないわけですから。

──つまり、まだまだ平均入場者数は伸びると。

木村 そうです。そこで考えなければならないのが、一度はスタジアムに来たのに、その後は来なくなってしまった方々です。なぜ二度と来てくれなくなったのか。きっと試合結果以外にも理由があるはずなんです。(来場回数が)ゼロを1にするより、1を2にするほうがアプローチとしてはやりやすいと思うんですよ。ただし「もういいや」と思ってしまった理由については、まだ突き止められていないのが現状です。

──09年だったと思うんですが、J2最初のシーズンを迎える直前に木村さんにインタビューさせていただきました。その際に印象的だった言葉が「ウチは負けを前提にしてお客さんを集める」というものです。スポーツだから当然、勝ち負けはあるし、ルーキーイヤーともなれば負ける回数のほうが多くなる。だからこそ試合以外の部分、たとえばファジフーズ(岡山のスタジアムグルメのコーナー)に力を入れるようなことにも積極的だったと思うのですが。

木村 覚えています。「負けることを前提に」ということをトップが言ったので、批判もいただきましたけれど(苦笑)、僕ら新興の地方クラブはそういった批判覚悟で挑戦しなければならないと思っていました。

たとえばJ2の自動昇格クラブ(リーグ2位以内)って、42試合のうち半分くらいしか勝利数がないんですね。1勝1分け1敗を繰り返して14勝14分け14敗の勝ち点56でも、だいたい真ん中ぐらいの順位になれるんです。もちろん、われわれとしては、すべての試合に勝つつもりでいますが、そうならない可能性もあるわけで、「絶対に勝ちますから来てください」とお客さまにアピールするのはウソをつくことになる。ですからわれわれは「負けることを前提に」という十字架を常に背負っていかなければならないわけですよ。ちょっと言葉が抽象的かもしれませんが。

──いえいえ、非常にわかりやすいです(笑)。

木村 ですので、勝っても負けても応援していただくということに対して、正面から挑んでいくというのは、今も変わらない考え方です。たとえば2年前(14年)、J1昇格プレーオフ圏内の6位以内をずっとキープしていた時期が続いたんですが、入場者数がどんどん落ちていったんですね。

もちろん、試合に勝つことは最高のプレゼントなんですが、チームが勝つから必ずしも試合を観に来るわけではないんです。特に、これまでJリーグを観に来たことがないお客さまの場合、誰かに誘ってもらって「じゃあ、行ってみようか」となることが多い。ですから、今ここに来てくださっているお客さまに、より多くのお友だちを誘っていただくことが重要になるわけで、そこが先ほど申し上げたホスピタリティであると考えています。

──確かにリピーターを増やすことも大事ですが、リピーターがさらにお客さんを呼びこむことも考える必要があるわけですね。

木村 そうです。ただ、われわれの場合、松本山雅さんのように「満員のスタジアムの雰囲気」というものを作れていませんし、面白い試合が見せられない可能性もまだある。ですから地域の方々も「サッカーを観に行きましょう」というよりも、「ビールを飲みながらサッカー観戦しませんか?」とお誘いするほうが、はるかに反応がいいんです(笑)。

実際問題として、今以上のお客様に来て頂くためには、勝ち続けているとか、いいサッカーをしていることは必須ですが、それ以外の理由が必要になるんですよね。いいサッカーやレベルの高いサッカーをしていればお客さんが来るというのであれば、高校サッカーの決勝が5万人以上集まるのに、J1の平均が2万人に満たないという説明がつかないわけですよ。

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写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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