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「J1と対戦できる!」「目指せジャイキリ!」だけでない天皇杯1回戦の現実(奈良・和歌山での取材から)

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
試合を終えてピッチ上でミーティングをする、アルテリーヴォ和歌山の選手たち。

 プロ・アマ問わず、日本サッカー界のナンバーワンを決めるトーナメント大会、天皇杯 JFA 第104回全国日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)が開幕。5月25日と26日の週末に、1回戦24試合が各地で行われた。

 1回戦に登場するのは、47都道府県代表とアマチュアシード1チーム(明治大学)の48チーム。天皇杯については毎年、1回戦から取材しているが、今回は関西で開催される2試合をハシゴすることにした。

 本稿では、奈良と和歌山で取材した2試合を振り返りながら、天皇杯という大会における1回戦の位置づけについて考察することにしたい。

■奈良クラブ(奈良県)vs京都産業大学(京都府)

京都産業大学に立て続けに失点した奈良クラブだったが、90+1分に逆転に成功して2回戦進出を果たした。
京都産業大学に立て続けに失点した奈良クラブだったが、90+1分に逆転に成功して2回戦進出を果たした。

 ロートフィールド奈良で開催された、J3クラブと大学生チームによる対戦。京産大は何ら臆することなく、序盤からアグレッシブに挑んできた。

 試合はいきなり動く。奈良の不用意なボールから、末谷誓梧が右足で決めて京産大が3分に先制。33分には、中田樹音のシュートをGKが弾いたところに菅野翔斗が詰めて追加点を挙げた。

 その1分後に奈良が反撃。味方のゴールキックを受けて、西田恵が相手GKと接触しながら頭で決める。52分には、岡田優希が相手DF2人を振り切ると、相手のオウンゴールを誘って同点。さらに90+1分、奈良はCKのチャンスからDFの鈴木大誠が頭で決めて、これが決勝ゴールとなった。

 大学チームの勢いと奔放さ、そしてJクラブの技術とプライド。互いの持ち味が、見事に噛み合う試合展開となった。勝った奈良は2回戦で、J1の鹿島アントラーズと対戦。ちなみに奈良のフリアン・マリン・バサロ監督は、鹿島のランコ・ポポヴィッチ監督と親交があり、対戦を楽しみにしている様子だった。

■アルテリーヴォ和歌山(和歌山県)vsJAPANサッカーカレッジ(新潟県)

JAPANサッカーカレッジに2失点後、直接FKを決めて1点差に詰め寄ったアルテリーヴォ和歌山だったが。
JAPANサッカーカレッジに2失点後、直接FKを決めて1点差に詰め寄ったアルテリーヴォ和歌山だったが。

 和歌山県紀三井寺公園陸上競技場で行われた、地域リーグに所属するチーム同士の対戦。現時点で和歌山は関西リーグ2位、そしてJSC(JAPANサッカーカレッジ)は北信越リーグ1位である。

 先制したのはJSC。33分、篠田翔太のロングスローから和歌山GKがクリアできず、大野秀和が左足で押し込んでネットを揺らす。さらに、42分には本田修也が追加点。前半の和歌山は、ほとんどチャンスを作ることができず、2点ビハインドで折り返す。

 後半もピリッとしない展開が続く中、唯一といってもよい見せ場となったのが、58分の和歌山のFKのシーン。相手ペナルティボックス左角付近から、小久保裕也が放った弾道は、豊かな放物線を描きながら壁を超え、そのままゴールネットに吸い込まれていった。

 その後は地元サポーターの声援を受け、和歌山は相手ゴールを攻め立てるものの、追加点には至らず。2-1で逃げ切りに成功したJSCは、2回戦でJ1の名古屋グランパスと対戦することこととなった。

■1回戦から出場するクラブにとっての天皇杯

2回戦進出を共に喜び合う奈良の選手とサポーター。次の相手は最多タイトル数を誇る鹿島アントラーズだ。
2回戦進出を共に喜び合う奈良の選手とサポーター。次の相手は最多タイトル数を誇る鹿島アントラーズだ。

「もちろん、勝ってグランパスと対戦したいというのはありましたよ。けれども2回戦は水曜日で、土曜日には(関西リーグ首位の)Cento Cuore HARIMAとの対戦があります。もし勝っていたら、次も今日のようなメンバーになっていたと思います」

 和歌山の海津英志監督の試合後のコメントである。同監督によれば、この日のスタメンは「普段あまり出番がない選手」を中心に組んだという。クラブの目標はリーグ優勝、そして地域CLを突破してのJFL昇格。ゆえにJSCとの天皇杯1回戦は、地域CLを睨んでの戦力の底上げが主目的だったことが、このコメントから読み取れる。

 実は京産大との激闘を制した奈良も、1週間前のリーグ戦から7人を入れ替えている。J3では現在17位で、降格圏内とはわずか5ポイント差。鹿島との対戦はもちろん楽しみだが、奈良にとっては残留争いから脱することのほうが、より優先順位は高い。

 水曜夜に開催されることが多い天皇杯だが、1回戦と準決勝、そして決勝は週末や祝日に開催される。このうち1回戦に関しては、アマチュアチームの出場が多いため、選手の関係者に配慮しているのかもしれない。当然、選手にとっても天皇杯出場は晴れ舞台。そして1回戦に勝利すれば、Jクラブとの対戦が待っている。

 とはいえ、J3クラブや上を目指すクラブの場合、より優先度の高いミッションから逃れることができない。憧れのJ1勢への挑戦、ジャイキリ(ジャイアントキリング)への野望。そうした夢を実現させるためには、目前の試合に勝利するだけでなく、現実とも折り合いを付けておく必要がある。

 それが、天皇杯1回戦の現実なのである。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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