再発防止特別チームは何を話すのか?──山場を迎えつつあるジャニーズ事務所・性加害問題
公開される調査報告書
本日8月29日から、都内でジャニーズ事務所・性加害問題の「外部専門家による再発防止特別チーム(以下、特別チーム)」による会見が行われる。そこでは被害者やジャニーズ事務所に対する調査報告書と、それを踏まえた提言書が公表される予定だ。
この特別チームは、前検事総長の林眞琴弁護士をリーダーに、精神科医の飛鳥井望氏と臨床心理士の齋藤梓氏の3人で構成されている。組織が作られたのは5月26日だが、6月12日に林氏と飛鳥井氏は記者会見し、その方針についても発表された。
それから3か月経った今日の記者会見では、どのような調査結果を公表するかが注目される。そのポイントを10項目列挙すると以下のようになる。
- 特別チームの「第三者性」は担保できていたのか?
- 性加害の事実を認定するか?
- 調査対象者はどの規模なのか?
- 被害者の規模はどの程度だと推定するのか?
- 加害行為が横行した根本的な原因はなにか?
- 過去に性被害の訴えについてどのように対処してきたのか?
- ジャニーズ事務所で加害行為を認識したり、加担したりした社員はいるのか?
- 藤島ジュリー景子社長や白波瀬傑副社長など、経営幹部の責任はどう問うか?
- ジャニーズ事務所は被害者にどのような補償をすべきか?
- 退所者を干すなどテレビ局等の加害への構造的な関与をどうみなすか?
ここからはそれぞれのポイントについてそれぞれ説明する
1:特別チームの「第三者性」は担保できていたのか?
6月の記者会見で、林氏は「第三者調査委員会と受け取ってもらって構わない」と述べ、さらに日本弁護士連合会(日弁連)の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」を踏まえて活動するとも話した。
しかし、7月18日に公開された追加調査用のフォームには、「再発防止特別チーム事務局」として「アンダーソン・毛利・友常法律事務所」がクレジットされている。つまり、3人の特別チームとは異なる事務所がいつの間にか加わっており、その発表はなされていない。事務処理を担うだけなので大した問題ではないかもしれないが、その程度の発表を怠っていたのは間違いない。
加えて、7月末から8月上旬に訪日して調査した国連のビジネスと人権の作業部会は、この特別チームに対し「その透明性と正当性に疑念が残っています」と言及している(PDF/「国連ビジネスと人権の作業部会 訪日調査」)。よって、今回の特別チームの調査報告も慎重に精査する必要がある
2:性加害の事実を認定するか?
6月の記者会見において林氏は、「性加害があったことを前提とする」と繰り返し述べた。そして、事実認定も法的なそれとは異なり、特別チームの専権事項であると話した。また、被害者のひとたちの調査の印象も踏まえれば、おそらく事実として認定するのではないか、と推定される。
ただし問題は、どの程度の事実として認めるかどうかということになるだろう。そこではより具体的な文言が注目される。
たとえば「加害行為があった可能性が極めて高いと推定される」とか、「加害行為を否定することは難しい」などと、事実認定の確度を弱める可能性もある。物証が存在せず証言を頼りにする本件において、そうした文言になりうることは十分に考えられる。
3:調査対象者はどの規模なのか? 今後調査は継続するのか?
今回の特別チームの調査は、当初から網羅的に行われず、再発防止を目的とすることは6月の会見時に述べられていた。しかし、筆者の取材によるとジャニーズ性加害問題当事者の会(JSAVA)のメンバー全員への調査は行われていない。
特別チームが3人で構成され、期間が3か月である以上、ヒアリングを受けた被害者は10人程度と推定される。その調査範囲は明らかに狭い。
これは特別チームの問題ではなく、ジャニーズ事務所によるチーム組成の問題だと捉えられる。一般的な第三者調査委員会ではもっと多くの人数で構成され、本件についてはさらに多くの人員が必要なはずだが、なぜか3人しかいなかった。時間も人員も足らないのである。
ただし、今後も継続的に調査がなされる可能性もある。その場合は、今回の調査報告はあくまでも中間発表とされるかもしれない。
4:被害者の規模はどの程度だと推定するのか?
本件は、過去の資料(たとえば1968年の竹中労『タレント帝国』など)を踏まえても、ジャニーズ事務所が設立された(1962年)早い段階からジャニー喜多川氏の加害行為が続いていたと考えられる。さらに服部吉次氏のように、ジャニーズ事務所創業以前である約70年前の加害行為も明らかになっている。それを踏まえて、特別チームがどの程度の規模の加害を行為と見なすかが注目される。
また、『週刊文春』が6月に報じたように、過去に在籍していたマネージャーによる性加害も明らかになっている(『文春オンライン』2023年6月7日)。この件についても6月の会見で特別チームは調査することを匂わせており、どの程度明らかにされるかが注目される。
そしてもうひとつ加えれば、果たしてこうした性加害がジャニー喜多川氏とひとりのマネージャー以外にあったかどうか(たとえば所属タレント同士など)にも注視が必要かもしれない。
5:加害行為が横行した根本的な原因はなにか?
本件の調査が「再発防止」を目的とするならば、とても重要になってくるのはこの点だ。ジャニー氏の行為を野放しにしてきた会社のガバナンス上の問題を改善することが、最大のミッションとされている。そのためには根本的な原因を提示する必要がある。
ただし、おそらくここは複雑な話にはならず、社長であったジャニー氏と、副社長だったメリー喜多川(藤島)氏の独裁体制が問題視されることは間違いないだろう。そしてこの両者が鬼籍に入っている以上、独裁体制の改善を求めるだけにとどまり、大きな話の広がりはないのではないかと予想する。
6:過去に性被害の訴えについてどのように対処してきたのか?
本件において、たとえばジャニーズ性加害問題当事者の会(JSAVA)のメンバーのひとりであるイズミ氏(仮名)は、複数回ジャニーズ事務所に被害を訴えたと話している(朝日新聞デジタル2023年8月28日)。しかもそのひとつは2011年6月とそれほどむかしの話ではない。しかし、このときイズミ氏はかなり雑な対応をされたという。
また、被害者の人数が膨大であると予想されることから、過去にジャニーズ事務所に対し直接被害を訴えた者が他にも複数いると推測される。その際にジャニーズ事務所がどのように対処してきたか等、特別チームがどのように調査したのかが注目される。
7:ジャニーズ事務所で加害行為を認識したり、加担したりした社員はいるのか?
本件は、過去に在籍していたマネージャーひとりの行為を除けば、すべてはジャニー喜多川氏が個人で行った加害だと認識されている。またその現場も合宿所と呼ばれるジャニー氏の私邸やホテルのケースが多い。
しかし、そうした場に未成年のジャニーズJr.を車で送り届けたジャニーズ事務所の社員は存在し、またジャニーズ事務所もそうした環境自体はある程度把握していたと考えられる。この場合、どこまで他の社員が性加害行為が横行していたことを知っていたかが注目される。つまり、まったく知らない「過失」か、「未必の故意」かで、「加担」の意味が変わってくる。
また、性加害行為については1999年に『週刊文春』が報じた際に、その事実性をめぐってジャニーズ事務所とジャニー喜多川氏が文藝春秋社を名誉毀損で訴えている。2004年に最高裁で性加害の事実認定はされており、少なくとも会社側が知らなかったと言い逃れはできない。
藤島ジュリー社長は5月の書面による声明で「知らなかった」と述べた(これについては多くの疑義が寄せられている)。一方、当時すでに幹部だった白波瀬傑副社長は、裁判にも出廷していたのでこの件については当然知っている。よって白波瀬氏の責任は確実に強く問われることは間違いない。
8:藤島ジュリー景子社長や白波瀬傑副社長など、経営幹部の責任はどう問うか?
前述した通り、『文春』裁判のときにジュリー社長と白波瀬副社長はすでに幹部だったので、ジャニー氏の加害行為を知っていても知らなくても責任は強く問われることになるだろう。
また他の幹部についても、カウアン・オカモト氏に対する加害行為が少なくとも2014年まで行われていたことから、その多くが責任を問われるのは間違いないと考えられる。
以上を踏まえれば、特別チームは現経営陣に対しかなり厳しい提言をすると予想される。
9:ジャニーズ事務所は被害者にどのような補償をすべきか?
これまでジャニー喜多川氏の被害を訴えてきたひとは、今日の時点で累計で35人にのぼる(JSAVA – ジャニーズ性加害問題当事者の会)。この方々に加え、匿名で被害を申し出るひとも今後現れるだろう。
補償内容は個々人との交渉しだいだが、被害者が少なくとも数百人単位と推定されるのであれば、補償のためだけの組織を作って対応することが、被害者にとってもジャニーズ事務所にとっても解決への道のりをスムースにすると考えられる。
またあまりにも被害の規模が大きければ、ジャニーズ事務所だけで補償ができない可能性もあるだろう。その場合は、ジャニーズ事務所と取引をしていた他の企業もサプライチェーンとして責任が見出される可能性はある。
国連のビジネスと人権の作業部会が調査した人権デューデリジェンスの考え方は、企業の不祥事が発生したときに、当該の企業だけでなくそこと取引する企業の責任も問うものだ。よって、本件に間接的に関与してきたとみなされる企業(たとえばテレビ局等)への補償の参加を促す可能性もある。
10:退所者を干すなどテレビ局等の加害への構造的な関与をどうみなすか?
ジャニー喜多川氏の加害行為は、単にひとつの芸能プロダクションの問題ではない。ジャニーズを退所したタレントが、圧力や忖度によって仕事を失うリスクと隣合わせになることは、これまでさまざまに指摘され続けた。
実際に、2019年にはジャニーズ事務所が元SMAPの3人に対し、「(民放テレビの番組に)出演させないよう圧力をかけていた疑いがある」として公正取引委員会に注意された。
また、被害を訴えている橋田康氏も「『キャスティングなどでジャニーズ事務所がかかわっているので、申し訳ないけれどごめんなさい(使えません)』と言われた舞台やミュージカルは20や30で収まらない」と述べている(朝日新聞デジタル:2023年5月25日)。
さらに、テレビ朝日の『ミュージックステーション』のように、いまもジャニーズ事務所と競合するグループを出演させようとしない番組もある(「ジャニーズ忖度がなくなる日」2023年2月28日)。しかも、この性加害問題についても、テレビ朝日を中心に一部のテレビ局は報道に腰が引けている(「テレビ局のジャニーズ報道はどう変化してきたか」2023年7月20日)。
こうした構造的な環境において、ジャニー喜多川氏の性加害は横行してきた。性加害に耐えられずにジャニーズ事務所を退所すれば、こんどは業界一体となって干され、芸能人としての人生を絶たれてしまう。留まるも地獄、離れるも地獄だ。
筆者がテレビ局などメディア企業を「ある種の共犯」とするのはこうした構造が見えているからだ。にもかかわらず、テレビ朝日などはいまもこの共犯関係を維持し続けている。
もちろんこうした業界構造を巧妙に作ってきたのは、やはりジャニーズ事務所だ(「ジャニーズ事務所のメディアコントロール手法」2023年3月30日)。特別チームがこの構造まで看破して言及するかどうかは実は重要なポイントだ。
──記者会見は、本日の16時から始まる。
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