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なぜコロナの無症状感染が怖いのか。米国の第1波が津波に変わる恐れ

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
マスクしない、コロナ感染は制御できているなんて言わないで、現実を直視してほしい。(写真:ロイター/アフロ)

死者15万人が目前

 6月26日、2カ月ぶりに米国政府のコロナ対策本部が記者会見を行った。その前日、米国の新規感染者数は過去最高の4万人を記録していた。米国での新型コロナによる感染者は、6月下旬ですでに260万人を超えている。米疾病対策予防センター(CDC)は、7月18日までに死亡者数も15万人に達すると予測している。

 筆者の住むテキサス州も感染の急増に直面している州のひとつ。テキサス州は人口約2900万人の大きな州だ。5月末までは、1日あたりの新規感染者数が1000人程度だったのが、6月23日以降から今日(6月28日)までの新規感染者数は毎日5000人から6000人増へと爆発的に増えた。

 同様に感染のホットスポットとなっているフロリダ州ではこの数日、1日で1万人近い新規感染者が確認されている。日本では、「ポスト・コロナ」や「第2波に備える」といった話題が多いようだが、米国はいまだ第1波の真っただ中にいる。

 そして、この感染拡大は当初の戦略では抑制が困難といのが、コロナ対策本部の要で国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長のDr.ファウチの見解だ。

若年層の感染者

 新型コロナ感染を抑制するため、4月末まで2カ月近く、ほぼ全土で不要不急の活動をとめるロックダウンを行った米国。しかし4月半ばには失業者の増大や「ロックダウン疲れ」で、制限解除を州知事に迫る市民も増えた。また経済回復を再選の鍵と考えるトランプ大統領も、新型コロナ感染の脅威を過小評価し、経済再開を促進する発言を繰り返している。

 そして現在、著しい感染者増がみられる「ホットスポット」は、ロックダウン直後に経済再開を急いだ共和党知事が率いるテキサス州、フロリダ州、アリゾナ州をはじめとする16州である。

 これらの州の主な感染者は、40歳以下の若年層。若年でも入院が必要な人がいる一方で、検査で陽性がでたが、まったく症状がない、あるいは非常に症状が軽い人も多い。CDCではこれまでのデータから、感染者の4割近くが無症状か非常に軽い症状だと推定している。

 Dr.ファウチの懸念はここにある。

 ロックダウン後に経済を再開するにあたり、コロナ対策本部がたてた戦略は、各州でいち早く感染者を特定、隔離するクラスター潰しだった。感染者、接触者を迅速に特定し、感染の可能性がある人を一時的に隔離するという伝統的な方法は、日本でも威力を発揮している。

 しかし多数の無症状感染者が、自分が感染者であることを知らずに市中感染を広げている場合、接触者を辿って隔離するどころか、感染者を特定することさえ不可能に近い。症状の自覚がなければ、検査を受けにいく理由もないので、陽性者を特定することができないからだ。

マスク着用で大議論になる米国

 結局、2カ月ぶりのコロナ対策本部の記者会見でも、Dr.ファウチは危機感をにじませながら、ひたすらソーシャルディスタンスによる行動変容と、マスクの着用を市民に呼びかけ続けることしかできなかった。

 外に出る時はマスクを着用するといった日本ではごく常識的なことも、多様な人が住む米国では一筋縄ではいかない。だいたいトランプ大統領自身がマスク着用を拒否し続け、共和党も政府がマスク着用を義務付けるのは「個人の自由の侵害」と考えている。

 「自由の侵害」とまで大げさに言わないまでも、何かにつけて人から強制されるのが嫌いな米国人。暑苦しい、息苦しい、格好わるい、面倒くさい、自分は感染してないはずだから関係ない、大統領だってつけていないなど、様々な理由をみつけてはマスクをしない人達は今も多い。

 テキサス州では感染が急増したことから、小売店舗などが従業員および入店する顧客にマスク着用を義務付けるという州の行政命令がつい最近出されたばかり。それ以前は自主的に入店顧客にマスク着用を求めたコストコなどのスーパーマーケットに対し、マスク着用拒否者がツィッターでボイコットを呼びかけるといった騒ぎもあった。

若い感染者なら安心か?

 一般的に、健康な若年者は新型コロナに感染しても症状が軽い場合が多いと言われてきた。実際、多数の若年感染者が出ているわりには、フロリダ州でもテキサス州でもまだ死亡者数が急増しているわけではない。

 このため26日のコロナ対策本部の記者会見で、マイク・ペンス副大統領は、若い感染者は入院してもすぐに回復する傾向にあり、死亡するケースも少ないから以前とは状況が違うと述べた。またピーク時には1日あたり2500人の死亡者がでていたのが、現在は700人程度であることから「米国はよい状況にある」と言う。さらに感染急増も「地域的に限定された事象」として米国全体としては感染を制御できているかのような発言をした。

 しかしDr.ファウチをはじめ、公衆衛生の専門家らは「死亡者数の増加は、感染者増から1カ月くらい遅れて現れる。若年層の感染は、やがてはハイリスクの高齢者に広がる。米国は地続き。現在、感染者が少ない州でも、人が動けば必ず感染が広がる」と、現状に対する危機感を示している。

サプライズ誕生会の悲劇

 最後に無症状感染がある家族にもたらした悲劇の例をあげたい。5月末、テキサス州で、ある若者が家族のサプライズ誕生パーティを企画した。企画した若者は、ごく軽い咳の症状があったが、建設関係の仕事なのでそのせいだと思い気にとめていなかった。

 パーティ前に数人の親戚とゴルフをし、午後から7人の家族、親戚らと3時間弱の誕生会を楽しんだ。残念ながらパーティを企画した若者は、症状がほとんどないため本人に自覚のない感染者で、このゴルフとパーティの結果、最終的に18人が感染してしまった。

 感染者の中には、幼い子供2人と、高齢者4人、化学療法中の女性も含まれており、6月半ばから高齢の祖母、祖父と化学療法中だった叔母の3人が入院。うち祖父は集中治療室にいるという。

 無症状、あるいはほとんど症状がない人を介して広がる感染をどう制御すればよいのか。公衆衛生専門家らの危機感と、トランプ大統領をはじめ問題意識を共有しようとしない政治家との温度差が開くほど、市民は混乱し、統一的な対策がとれない。

 世界保健機関(WHO)の戦略イニシアチブ担当のグエーラ事務局長補佐は6月26日、過去のスペイン風邪の事例をあげて、秋に「第2波」が発生すれば、数百万人規模が死亡する事態もあり得ると発言した。米国はそれ以前に、はたして第1波を越えられるのだろうか。

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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