日銀総裁は「格差容認」なのか
■都合の悪いことは先送り
日本銀行(日銀)が政府と一体となって描いている景気回復の図は、「格差拡大」を前提にしているのかもしれない。
7月の11日、日銀は金融政策決定会合を開き、景気について「緩やかに回復しつつある」に上方修正した。これを受けて自民党は、菅義偉官房長官が11日午後の横浜市内での街頭演説で「2年半ぶりに『回復』という言葉が使われた」と強調するなど、参議院選挙戦に大いに役立てている。
しかし景気回復は、消費者の所得が増えて購買意欲が高まり、それによって企業の業績も伸びていくというかたちをとらなければならない。消費者が「回復」を実感できる状況にならなければ、「回復」という言葉は使うべきではない。
実際、消費者の所得が増える可能性は低い。安倍晋三首相は「賃金を上げたい」という発言をくりかえしているものの、7月11日の記者会見でトヨタ自動車の豊田章男会長は「日本の雇用を守るのに精一杯だ」と業績によってボーナスは増やしても基本給を上げる気はないという発言をしている。
経団連(日本経済団体連合)の米倉弘昌会長も、デフレ脱却のために最低賃金を大幅に引き上げる案が政府内に浮上していることについて訊かれて、明言を避けた。つまり、大幅引き上げには反対なのだ。
そんな経済界の姿勢のためか、7月前半から最低賃金の目安を決める中央最低賃金審議会での本格的な議論が参院選後に先送りされてしまった。議論をはじめれば政府・自民党は経済界と「対立」する可能性も高いわけで、それは「選挙戦で協力してもらえない事態を招きかねず、得策ではない」という判断があったからかもしれない。
■新聞が指摘しない日銀総裁の意識
自民党としては経済界との対立を避け、それで日銀による「回復」という御旗を前面に打ち出して、選挙戦を有利に戦おうとしているようだ。
7月12日の新聞各紙にも、日銀による「回復」を前向きにとらえる見出しが躍っている。しかし新聞記者たちも、素直に「回復」を信じているわけではなさそうだ。記事そのものは、「疑問」が感じられる微妙な書き方がしてあったりする。
そうした記事のなかに、「回復」を宣言して自民党に有利な状況をつくりだした日銀の黒田東彦総裁の発言で、とても気になる箇所があったのだ。
本格的な景気回復には賃金の動向がカギになる、と記者団から黒田総裁に質問が向けられている。もっともで、さすが新聞記者である。
これに黒田総裁は、「(基本給など)所定内賃金がすぐに上がるのは難しいかもしれない」と答えている。「回復」には賃金アップが必要なことは周知の事実ににもかかわらず、「難しい」と答えたのだ。それで「回復」を口にするのは時期尚早というしかないのだが、それを明言しないのも新聞の書き方だ。
問題は、それに続けて黒田総裁が「雇用者の所得全体としては伸び、(景気回復の)実感も力強く感じられるようになるだろう」と答えていることだ。ここにツッコミをいれている新聞記事は、目にしたかぎりでは、ない。
そこで、ツッコミである。「所得全体としては」は、「高いところもあれば低いところもあり、平均として上がればいいじゃないか」という意味ですか?全体として所得が上がるのは難しいが、一部だけの所得を上げるのは、できないことではない。それを平均したものさえ上がれば、それは「所得は上がった」という日銀総裁の姿勢、認識があらわれていませんか。
そうでなければ、「全体として」という言い方はすべきではない。そうい表現そのものが、高いものもあれば低いものもある「格差」を前提にしていることになる。そういう認識で金融政策をやられたのでは、政府・自民党は喜んでも、いわゆる「庶民」は、いつまでたっても「回復」を実感できないことになりかねない。