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「秋田・学力トップクラスの副作用が不登校!」という教員の意見を聞いた

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

 秋田県といえば、小学6年生と中学3年生を対象に毎年行われている全国学力テスト(正式名「全国学力・学習状況調査等」)で、2007年の開始当初から連続してトップクラスの結果をだしていることで注目されてきた。しかし2023年度実施の全国学力テストでは中学の英語で全国平均を下まわるなど、「『トップ水準』陥落」(2023年7月31日付Web版『産経新聞』)ともいわれたが、2024年度実施では小6・中3とも国語、算数・数学のすべてで(おおむね3年ごとに理科や英語がくわわる)平均点を上まわり、「『学力テスト』全国トップクラスを維持」(2024年8月5日『FNNプライムオンライン』)と報じられている。

|がんじがらめの子どもたち

 その秋田県で小学校の教員として働いているAさんから、「不登校の児童生徒がかなり増えているのを実感しています」という気になる指摘を聞いた。不登校が増えている原因をAさんは、「学力トップクラスにこだわってきた学力主義にあると考えています」と続けた。あくまで、ひとりの教員の見方なのだが、聞けば聞くほど説得力があった。

 文科省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(2023年度)によれば、秋田県内の不登校は小学校で2020年度の278人から2022年度には476人に増えている。中学校でも777人から1068人に増えている。

 ここでの不登校は文科省の定義によるもので、「何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」となる。この定義にはあてはまらない「長期欠席者」も存在しており、秋田県では2022年度に小学校で115人、中学校で467人となっている。これも、広い意味では不登校といえるかもしれない。どちらにしても、秋田県内の不登校児童生徒は増えてきている。

 その原因をAさんは、「学力主義にある」というのだ。つまり、不登校は学力主義の〝副作用〟というわけだ。

 学力トップクラスを維持するために、秋田県では何が行われているのか。Aさんが次のように説明する。

「小学校でいうと、重視されているのが『学習規律』です。これができない子は『落ちこぼれ』とみなされ、排除される方向になっていきます。『学習規律ができないのは学習障害があるからだ』というので、特別支援学級に行かされることも珍しくありません」

 秋田県の学習規律を具体的に訊いてみたところ、Aさんは以下のような項目をあげてきた。

 ・最後まで椅子に座ってよい姿勢で話を聞く

 ・机の上に置くものの位置

 ・鉛筆の数(鉛筆の種類まで指定する教員もいます)

 ・鉛筆の持ち方

 ・タブレットの置き方

 ・板書の通りにノートをとる

 ・ノートの色の使い方(問題を赤で囲む,まとめは青で囲むなど)

 これだけ聞いても、秋田県の子どもたちが〝がんじがらめ〟にされている様子が目に浮かぶ。そこに教員は疑問を感じていないのだろうか。Aさんが続ける。

|教員もがんじがらめ

「疑問をもっている教員はいます。しかし、学習規律が秋田県の学力を支えているといわれると、逆らえない。やらざるをえない。授業の進め方も、課題を示して自学の時間があって、交流の時間があって、まとめをして振り返るという秋田型といわれるスタイルが決められています。これに疑問があっても、『これが秋田の学力を支えている』といわれてしまって黙るしかありません。これまで45分の授業時間が40分になると、秋田型をやるのは無理です。それでも『できないのは教員の力量不足だ』といわれてしまうので、教員は無理するしかない。ますます授業はつまらなくなる、と私はおもいます」

 これでは、学校に行きたがらない子どもたちが増えても不思議ではないだろう。学力主義でがんじがらめの学校が、不登校や長期欠席という〝副作用〟をもたらしている。

 不登校や長期欠席が増えているにもかかわらず、その受け皿が少なすぎるのも秋田県の現状だという。「県の不登校児童生徒の支援施設は秋田市、大館市、横手市、仙北市の4ヶ所にある『スペース・イオ』をはじめ、市や町のやっている『若者の居場所』などの施設も複数あります。ただ秋田県は広いので、不登校児童生徒の全員が通いやすいかといえば、そうではありません。クルマでの送迎など保護者の負担も増えます」と、Aさんは説明する。

 不登校児童生徒の受け皿といえばフリースクールといえる。フリースクールに通う子どもたちを経済的に支援する制度をスタートさせる自治体が増えているなかで、秋田県の場合はじゅうぶんではない。国が設立を推進している「学びの多様化学校」(いわゆる不登校特例校)も、来年度には秋田県で初めての開校が予定されてはいる。しかし、不登校問題への取り組みが「遅れている」と県内の教育関係者に受け取られているのも事実だ。

 さらに学力主義の〝副作用〟は、進学の面にも現れてきているようだ。「県内でも大学進学に力をいれている進学校の競争倍率は相変わらず高いのですが、競争率が1倍を切る公立高校が増えているのも事実です」というのは、秋田県内の公立中学の教員であるBさん。

 秋田県の子どもたちが進学しないわけではない。今年4月に開校した通信制の「さくら国際高等学校 秋田キャンパス」や高等専修学校の「秋田クラーク高等学院」への進学希望者は増えているという。「公立高校とは違う多様な学びができるコースが、そうした学校の特徴です」と、Bさんは説明する。学力主義の延長にある公立高校とは違う価値観を、子どもたちは求めているのかもしれない。それを、保護者も支持している。

|副作用は秋田県だけではない

 学力主義の〝副作用〟は、秋田県に限ったことではない。秋田県の学習規律と同じような決まりが、全国の学校に急速に浸透しつつある。過去問に多くの時間を割くなどのテスト対策を実施するなど、全国学力テストのランキングにこだわる姿勢も変わってはいない。

 そうしたなかで、不登校児童生徒は2020年には過去最多となる29万人を超え、特別支援クラスの在籍者も増え、通信制高校の在籍者数も2023年度には26万4974人と、高校生の12人に1人が在籍する状況になっている。フリースクールを学びの場として選択する子も増えている。

 秋田県だけでなく、学力主義の〝副作用〟が、全国的に広まりつつあると考えるべきなのかもしれない。学力主義に凝り固まった学校は子どもたちから敬遠され、存在意義を問われている。日本の教育と学校は、「学力」の意味を問い直し、どうしても競争させたい体質を考えなおすところにきているのは確かなようだ。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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