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「農業」をしていた5億5000万年前の生物とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
カンブリア紀の棘皮動物(国立科学博物館)写真:撮影筆者

 農業が土を耕すことを含むのなら、その起源は我々人類ではない。実は約5億年以上も前に海底を耕し、それまでの環境を変えるという一種の農耕が始まっていた。これを古生物による「農業革命(agronomic revolution)」などというが、その最古の証拠がモンゴルで発見された。

土を耕す生物

 ミミズやワラジムシも土を耕すし、昆虫のアリ(ハキリアリ)は菌類を栽培したりアブラムシなどを放牧までする。農業は人類の専売特許ではないが、その起源となると諸説ある。

 これはもちろん農業の定義による。ここでは、土を耕す、という点に農業の意味を絞ってみるが、その最初の痕跡は今からはるか昔にまでさかのぼることができる。

 約5億4200万年前までの地球上は先カンブリア時代と呼ばれ、生物も藻類やクラゲの祖先といったそれほど活発に動かず、植物と動物の中間のようなベンド生物(Vendobionta)と呼ばれる身体も柔らかいものしかいなかった。このときの生物の死骸などが堆積し、それが地層になったものをバイオマットと呼ぶが、生物は海底の表面で静かに暮らしていた。そのため、先カンブリア時代の海底はただ上から降り積もっていくだけで、表面の下は攪拌されない。

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先カンブリア時代にいた謎のベンド生物。国立科学博物館所蔵。写真:撮影筆者

 その後はカンブリア紀(約5億4200万年〜4億8830万年前)から始まる古生代になるが、前後の時代区分は、生物相の多種性や活発に活動する外骨格の生物が出現したことによる。このときの種の爆発的な増加を「カンブリア大爆発(Cambrian explosion)」というが、最初にこの時代について研究したのがチャールズ・ドゥーリトル・ウォルコット(Charles Doolittle Walcott、1850〜1927)だった。

 米国における考古学的な調査は、19世紀後半から南北戦争を挟んで始まった。もともと国立スミソニアン博物館の収蔵物を充実させるための調査だったが、1879年からの調査に加わったのがウォルコットだ(※1)。

 ウォルコットはコロラド州やユタ州、カナダのアルバータ州などの発掘サイトで精力的に発掘調査をした。中でも重要な業績は、カナディアンロッキー山脈の地質調査とともに、カナダのブリティッシュコロンビア州の地層からカンブリア紀のバージェス頁岩とその中から多様な生物相を発見したことだろう。

 その後、一般的にウォルコットの功績やバージェス頁岩、カンブリア大爆発について広く知られてこなかった。注目を集めたのは、スティーヴン・ジェイ・グールド(Stephen Jay Gould、1941〜2002)がバージェス頁岩とカンブリア紀の生物を描いた『ワンダフルライフ(Wonderful life : the Burgess Shale and the nature of history)』によるところが大きい。

古生物による「農業革命」

 話を農業に戻す。ベンド生物が堆積した静かなバイオマットが攪拌され、海底の土が耕され始めたのは、このカンブリア紀に入ってからというのがこれまでの通説だった。カンブリア紀の多様な生物が、海底に潜り込んだり巣穴を作ったりし、表面から下の層まで掘り返したということで、これをカンブリア紀の農業革命などと呼ぶ。

 だが最近、日本を含む国際的な研究グループが、その通説をまさに引っくり返す発見をしたと発表した。これは名古屋大学、米国のウィスコンシン大学、高知大学、モンゴル科学技術大学、岩手県立博物館、東北大学の研究者による共同研究(※2)で、英国の科学雑誌『Royal Society Open Science』オンライン版(PDF)に掲載されている。

 名古屋大学のプレスリリース(PDF)によると、研究グループはモンゴル西部のエディアカラ紀後期の地層から、海底下に潜入する生物の巣穴化石を発見したという。エディアカラ紀は、古生代の前、全カンブリア時代の最後の時代になり、約5億5000万年前になる。

 こうした巣穴の痕跡は、約5億4200万年前から始まるカンブリア紀以降の地層からしか発見されていないが、今回の発見により農業革命が先カンブリア時代の最後に始まっていた可能性があり、なぜカンブリア大爆発が起きたのかという古生物学の謎を解明する手掛かりになるかもしれない。

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巣穴を含む石灰岩の断面(垂直方向)の様子。上は地層面(当時の海底面)から下に伸びた巣穴が「U字型」になっていることがわかる。Via:名古屋大学のプレスリリース(PDF)より

 研究グループはこの地層から多数の巣穴を発見しており、穴はパイプ状でU字型につながっていた。深さは約4センチメートルほどだが、バイオマットの下へ潜り、海底を攪拌して耕していたと考えられる。

 研究者は、こうした巣穴を作る生物は、前後に細長く、口のような器官で物を食べて一方の管の出口から排泄する生態をもっていたと推測され、こうした左右相称と考えられる動物は普通、筋肉が発達して活発に動くことから、同じように活動していたのではないかと考えている。

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今回の発見があったモンゴル西部のバヤンゴルの地層と、エディアカラ紀(約5億5000万年前)の海底の様子の想像図。Via:名古屋大学のプレスリリース(PDF)より

 今回の発見で、カンブリア大爆発という生物相の多様化は突然起きたのではなく、その前に揺籃期のような時期があったということを示唆している。また、この巣穴を作った生物についてわかってくれば、謎に満ちたベンド生物についての解明も進むかもしれない。

※1:Ellis L. Yochelson, "The Bulletin of the Geological Society of America and Charles Doolittle Walcott." Geological Society of America Bulletin, 1988

※2:Tatsuo Oji, et al., "Penetrative trace fossils from the late Ediacaran of Mongolia: early onset of the agronomic revolution." Royal Society Open Science, doi:10.1098/rsos.172250, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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