ネット選挙解禁で日本に忍び寄るイタリア的地殻変動
インターネットを使用した選挙運動が今年夏の参院選から解禁される見通しだ。与党の自民、公明両党が電子メールの利用を政党と候補者に限定しているのに対して、野党の民主党とみんなの党は第三者の利用も含め全面解禁を求めている。しかし、野党側もネット選挙の解禁を優先する考えだ。
ネット選挙の解禁は、海外の主な国々と比べると遅すぎた嫌いはある。しかし、日本は、欧州単一通貨ユーロ危機を再燃させる恐れがあるイタリアの例を見ないわけにはいかない。
今回のイタリア総選挙は、まさに「デジタル選挙」だった。
既存メディアを牛耳るベルルスコーニ前首相もインターネットに進出。お笑い芸人出身で新党「五つ星運動」率いるグリッロ氏はブログ、Twitter、フェイスブックを通じて支持層を急速に拡大した。
今秋のドイツ総選挙でメルケル首相のライバルとなる最大野党・社会民主党の首相候補、シュタインブリュック前財務相は「2人の道化師が勝ったのに驚愕した」と嘆き、訪独中のナポリターノ伊大統領を憤慨させた。
グリッロ氏の「五つ星政党」は下院で単独政党としては、ベルサーニ氏やベルルスコーニ氏の政党を上回る25・55%の最高得票率を記録した。
グリッロ氏のブログは総選挙をはさんで連日、フェイスブックの「いいね!」が1・3万、3・7万、2・7万、1・2万、2・7万という高アクセスをたたき出している。
Twitterのフォロワーは99万5670人で、大阪市の橋下徹市長の98万2038人を上回る。
グリッロ氏のブログには少し古いが日本語のページもある。少しだけ引用してみよう。
2011年 10月28日
公共大事業のための財政赤字
(前略)裁判所は、高速列車に充当された予算は、マフィア、政治ロビー、大グループ企業にまわされたのだと説明した。しかし負債の責任は、年金、公務員、福祉だとされている。彼らがこのつけを払わされるのだ。年金は67歳で、解雇は自由、学校と病院への資金は削除される。一方、政党は無駄な事業で私達に負債を負わせる。(中略)年金を削り、病院を閉める一方で、政党、産業連盟、マフィアが机上の計算をして、一つのケーキを三等分する。セメントの近代化や病院の建設は、ただイタリア人に借金させるためだけのアリバイにすぎない。
コメディアン出身だけあって、風刺と皮肉、ペーソスが効いてユーモアもあるブログは、高失業率と閉塞感に苦しむイタリアの若者を一気に吸い寄せた。生真面目なドイツの政治家から見れば「道化師」に過ぎないのかもしれないが…。
グリッロ氏は既存政党、職業政治家、既得権を否定するだけではなかった。イタリア国民の気持ちを代弁して欧州連合(EU)の官僚主義に「ノー」と叫び、ユーロ離脱の国民投票を訴えて有権者の拍手喝采を浴びた。
ドイツにとって、ベルルスコーニ氏の復活が「頭痛の種」とすれば、ユーロ離脱を国民に問おうとするグリッロ氏の台頭は「悪夢」以外の何物でもない。
「五つ星運動」から出馬した一般市民は上下両院合わせて160を超える議席を獲得した。グリッロ氏は会ったこともない議員やよく知らない議員が大半であることを認めている。
「五つ星運動」のスポークスマンを自認するグリッロ氏は、ベルサーニ氏やベルルスコーニ氏と連立を組む考えを否定し、政権が提示する政策ごとに是々非々で臨む方針を明らかにした。
ベルサーニ氏とベルルスコーニ氏が総選挙のやり直しを避けるため連立を組んだり政策協定を結んだりすれば、有権者の間に既存政党に対するシニシズムが一段と広がるのは避けられない。2人は財政緊縮策についてまったく別の立場だからだ。
かといって、総選挙のやり直しをすれば、グリッロ氏の「五つ星運動」はさらに伸長する可能性がある。
グリッロ氏の掲げる政策は、比例代表制の導入、政党助成金の廃止、議員の多選禁止、再生可能エネルギーの促進、インターネット接続の無料化、選挙権年齢の引き下げ、などなど。とても「マニフェスト(政権公約)」と呼べるようなシロモノではない。
しかし、「五つ星運動」から誕生した自治体の市長は、グリッロ氏のポピュリズムとは一線を画して、現実的な手腕を発揮しているとの評価もある。「五つ星運動」はイタリア政治の可能性なのか、末期症状なのかはまだ、誰にもわからない。
ネット選挙の解禁はイタリア政治に見るように、既存政党に壊滅的な打撃を与えかねないインパクトを秘めている。
日本の総選挙では、少数政党が乱立し、民主党は解党的出直しを迫られた。よもや老舗政党・自民党がずっこけるようなことでもあれば、日本の政界にもイタリア的地殻変動が起きかねない。
(おわり)