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なぜ「背の高い人」は脳卒中の死亡リスクが低いのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 これまでの研究により、身長の高低と病気による死亡リスクとの間には関係があることが知られている。最新の疫学調査から、日本人の男女では背の高い人の脳血管疾患、特に出血性の脳卒中(Haemorrhagic Stroke)による死亡リスク(ハザード比)が低いことがわかった。

大規模なコホート研究「JPHC」とは

 日本の国立がん研究センターの社会と健康研究センターなどの研究グループが、米国の科学雑誌『PLOS ONE』オンライン版に発表した調査研究(※1)によれば、日本人成人の身長とある特定の病気による死亡リスクとの間に関係があることがわかったという。同グループが用いたのは、日本全国の11保健所と国立がん研究センター、国立循環器病研究センターのほか、大学や研究機関、医療機関などが共同して情報を集めている「多目的コホート研究(The Japan Public Health Center-based Prospective Study、以下、JPHC)」だ。

 JPHCは1990(平成2)年に研究が始まったコホートI(5保健所、※2)、1993(平成5)年から始まったコホートII(6保健所、※3)からなる。全国各地の保健所において地域住民にアンケート調査を行い、がん、心筋梗塞、脳卒中などの成人病の発症や食事、運動、喫煙、飲酒などの生活習慣との関係を探ろうとする疫学研究だ。

 これまでこのJPHCを用いた研究が多く行われてきた。過去に得られた地域住民のアンケートをベースラインとし、その後のフォローアップ期間(5年、10年など)の病気の発症や死亡イベントなどを調べたり、生活習慣と病気の関係(※4)を調べたりしている。

 今回の研究グループは、コホートI、IIから合計10万7794人(女性5万7039人、40〜69歳)の参加者を調査した。参加者を身長(男性:≦160cm、160〜163cm、164〜167cm、≧168cm:女性:≦149cm、149〜151cm、152〜155cm、≧156cm)で分け、がん(直腸がん、膵がん、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、腎がん)、心血管疾患(心筋梗塞)、脳血管疾患(出血性の脳卒中、虚血性脳卒中)、呼吸器疾患と身長との関係を分析したという。

 フォローアップ期間(コホートIは2009年末まで、コホートIIは2012年末まで)に男性1万2320人、女性7030人が亡くなった。研究グループが、亡くなった方々の身長と死因との関係を調べたところ、高身長(≧168cm、160cm以下と比べて)の男性で脳血管疾患(出血性の脳卒中)と呼吸器疾患による死亡リスクが低く、女性でも高身長(≧156cm、149cm以下と比べて)で出血性の脳血管疾患による死亡リスクが低くなることがわかったという。逆に、高身長の男性では全てのがんによる死亡リスクが高くなる傾向があった(※5)。

育った環境が影響か

 研究グループは、日本人の身長と死亡リスクについてこれほど大規模な集団で調べた研究はこれまでなかったという。また、身長が高い男女ともに脳血管疾患(出血性の脳卒中)による死亡リスクが低くなったこと、がんの死亡リスクと身長では背の高い男性のみリスクが高くなった理由について考えている。

 これまで各国で同じような研究が行われてきたが、中国やアジア諸国で今回の結果と同じような傾向がみえるという。なぜ男性で背の高さと全てのがんの死亡リスクに関係があるかといえば、インスリン様成長因子1(Insulin-like growth factors 1、IGF-1)が関係しているのではないかと研究者は考えている。

 このIGF-1が多い人は直腸がんや肺がん、乳がんなどにかかりやすいとされており、IGF-1の量は成長ホルモン、つまり背の高さに関係していると考えられているからだ。ただ、IGF-1の量は心血管疾患のリスクと逆相関を示すという研究もあり、がん以外の病気について一概にはいえない。

 身長と脳卒中との関係でいえば、社会経済的な要因、つまり小さい頃にあまり栄養を取れず、背が高くなりにくかったことが影響しているのかもしれないと研究者はいう。背が低いと心拍数が速くなり、大動脈の血圧が上昇しがちだからだ。つまり、身長の低い人で心血管疾患のリスクが上がる傾向にあるから、相対的に身長の高い人のほうがリスクが低いようにみえるのだろう。

 喫煙と身長の関係でいえば、身長が高いと呼吸器疾患になりにくい傾向がある。これは身長による肺活量の違いが影響しているのではないかと考えられ、喫煙者や過去喫煙者でも背が高い人は低い人より呼吸器疾患にかかりにくいのかもしれない。逆に、子ども時代に受動喫煙にさらされた人はそれが身長に影響しているかもしれず、様々なリスクの原因になりかねないと研究者は警告する。

※1:Hikaru Ihara, et al., "Adult height and all-cause and cause-specific mortality in the Japan Public Health Center based Prospective Study (JPHC)." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0197164, 2018

※2-1:「多目的コホート研究(JPHC)」(PDF、2018/05/15アクセス)

※2-2:岩手、秋田、長野、沖縄(中部)、東京:40〜59歳

※2-3:コホート(Cohort Study)研究:ある特定の生物(主に人間)の集団を一定期間、追跡して病気の発生率などを調べる観察的な調査研究のこと。コホートという言葉は、古代ローマ時代の歩兵大隊の単位(数百人)からきている。

※3:茨城、新潟、高知、長崎、沖縄(宮古)、大阪:40〜69歳

※4:Shoichiro Tsugane, et al., "The JPHC Study: Design and Some Findings on the Typical Japanese Diet." Japanese Journal of Clinical Oncology, Vol.44, Issue9, 777-782, 2014

※5-1:多変量解析(コックス比例ハザードモデル、Cox proportional hazard model):死亡リスク(ハザード比:Hazard ratios、HR):CI(信頼区間)95%:ハザード比とはある時点で何かのイベントが起きる確率のこと

※5-2:男性:脳血管疾患:HR0.83(CI:0.69-0.99)、男性:呼吸器疾患:HR0.84(CI:0.69-1.03)、男性:全てのがん:HR1.17(CI:1.07-1.28)、女性:脳血管疾患:HR0.84(CI:0.66-1.05)

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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