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えーっ、蜘蛛(クモ)って交尾しないの。交接って何それ。

天野和利時事通信社・昆虫記者
手のような触肢で雌の腹部に精子を注入するワカバグモの雄

 蜘蛛(クモ)の生殖行動は、人間から見るとまるで人工授精のようで、ちょっと変わっている。クモは一般的に虫(ムシ)として扱われることも多い(昆虫に擬態するクモもいる)が、昆虫ではないので、生活様式が昆虫と大きく異なっても不思議はない。

 昆虫はたいてい、雄と雌が互いの交尾器を接触させて交尾する(トンボのようにワンクッション置いた間接の交尾もあるが)。しかし、クモの雄は、腹部から出した精子を、頭部近くにある触肢(歩くための8本の脚とは違う手のように見えるもの)の中にあらかじめ吸い込んでおいて、その触肢を雌の腹部の生殖口に差し込んで精子を注入する。注射器を使った人工授精のような雰囲気だ。

 これを便宜的に「交尾」と表現することもあるが、厳密には「交接」と呼ぶようだ。先日久々にこの「交接」を野外で観察できた。昆虫の交尾とは全く違って、神秘的な儀式のようでもあり、しばし見とれてしまった。

糸でぶら下がった状態でのワカバグモの交接姿勢は空中ブランコのようだ
糸でぶら下がった状態でのワカバグモの交接姿勢は空中ブランコのようだ

ワカバグモの交接を雄の背中側から見た様子
ワカバグモの交接を雄の背中側から見た様子

ワカバグモの交接を雌の背中側から見た様子。8本の脚が絡み合って阿修羅像のようだ。
ワカバグモの交接を雌の背中側から見た様子。8本の脚が絡み合って阿修羅像のようだ。

クモの雄は雌よりすっと小さケースが多い。写真はオオトリノフンダマシというクモ。上の小さいのが雄。
クモの雄は雌よりすっと小さケースが多い。写真はオオトリノフンダマシというクモ。上の小さいのが雄。

 「そんな手作業のような生殖行動の何が楽しいのか」、などと人間感覚で判断してはいけない。クモの生殖行動は、子孫を残すための命がけの仕事であり、愛だの恋だの言っていられないのだ。

 クモの雄は、通常雌よりかなり小さい。種類によっては体重が何十分の一とか、百分の一とかいうこともある。そして、交接の際に雌に食べられて、栄養になってしまうこともある。「子孫を残すためなら、食べられても本望」という雄もいるだろうか、命が惜しいとか、他の雌とも交接したいとか思う雄もいるだろう。

 触肢で交接していれば、雌に襲われる危険を感じたらすぐに逃げ出せるかもしれない。クモの雄はそれ以外にも、雌に食べられる確率を減らすため、さまざまな工夫をしているらしい。脱皮して成体になった直後で食欲のない雌を選ぶとか、餌を食べた直後の満腹の雌を選ぶとか、種類によっては、交接の前に雌に餌をプレゼントする雄さえいるという。それを思えば、人間の雄の求愛など楽なもの(個人の感想です)と言えるかもしれない。

(写真は特記しない限りすべて筆者撮影)

時事通信社・昆虫記者

天野和利(あまのかずとし)。時事通信社ロンドン特派員、シンガポール特派員、外国経済部部長を経て現在は国際メディアサービス班シニアエディター、昆虫記者。加盟紙向けの昆虫関連記事を執筆するとともに、時事ドットコムで「昆虫記者のなるほど探訪」を連載中。著書に「昆虫記者のなるほど探訪」(時事通信社)。ブログ、ツイッターでも昆虫情報を発信。

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