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【落合博満の視点vol.42】荒木雅博がひと言で表現した落合野球の本質とは

横尾弘一野球ジャーナリスト
荒木雅博は、2004年から6年連続で二塁手としてゴールデングラブ賞に輝いた。

 ある球団で、低迷からの復活を目指したベテランが力尽きて現役引退を表明した時、球団社長がこんなコメントをした。

「彼はプライドも捨てて、二軍で若手と一緒に必死で汗を流したが、復活はならなかった。練習も、時には噓をつくのだと残念な気持ちだ」

 それを話題にした時、落合博満はこう言った。

「いや、練習は絶対に嘘をつかない。その選手は致命的な故障を隠しながらやっていたか、やり方を間違えたんだろう。屁理屈と言われるかもしれないけど、私にとって練習の定義とは、それを反復すれば上手くなること。間違ったやり方で何時間、何日と体を動かしても上手くなる保証はない。そこを勘違いしてはいけないんだ。だからこそ、自分にとって何が必要なのかをしっかり考え、正しい練習をしなければいけない」

 例えば、野球を始めたばかりの小学生なら、落合は「ボールをよく見てバットを振りなさい」と教えるが、スイングの細かな点までは指摘しない。

「まだ体が成長していくし、何より楽しくバットを振ってくれればいい。極論すれば、基本に則っていないスイングでも構わない。どんなスイングをしても、バットを振る力はついていくんだから」

 だが、プロの若手やプロを目指す選手には、走攻守すべての面で基本に則った動きを徹底する。「プロだからできるはず」や「プロなら知っているだろう」で片づけず、落合が「できている」と認めるまで繰り返し練習させるのだ。

 2004年に中日で監督に就いた時、春季キャンプの初日から紅白戦を実施したのは周知の通りだが、その前に野手を集めるとこう確認した。

「いいか、内外野の間に上がったフライは外野手に優先権がある。左中間、右中間の打球はセンターに優先権があるんだぞ」

 選手たちは「そうだよな」という表情だったが、ケースノック、シート打撃、紅白戦をこなしていくうちに、フライを追った野手がぶつかりそうになったり、反対にお見合いしてしまう場面が見られる。落合監督は、その度にフライの優先権について口を酸っぱくして確認していた。

「見たことのない打球が飛んでこなかった」という強み

 そんな落合監督が、守り勝つ野球を実践しようとこだわったのが、全体練習を終えたあとの個人ノックだ。井端弘和、荒木雅博、森野将彦が来る日も来る日も、北谷公園野球場のサブグラウンドで落合監督のノックを受けた。

 プロのキャンプで見られる個人ノックと言えば、ノッカーと選手が喧嘩腰で声を張り、猛烈な打球に飛び込んでユニフォームは真っ黒という光景だ。しかし、落合のノックはまったく違う。まず、打球に飛び込むのはご法度とされた。

「足で追って捕れなければヒットだ。それよりも、投手が打ち取ったと感じた打球は確実にアウトにするんだ」

 ノックの打球も痛烈ではなく、中学生でも捕れる強さのゴロを捕れるか捕れないかという位置に打ち続ける。しかも、内野手は一塁へ送球しなければアウトにできないのだからと、1球ごとに一塁まで送球させる。足腰だけでなく、肩肘も悲鳴を上げる。

 井端は頭を使い、一塁で送球を受けるスタッフを二塁へ移動させたことがある。落合監督から「もう投げられないのか」と野次られれば、「ゲッツーもやっておこうと思います」と言い返す。そうやって、井端、荒木、森野の3人は落合監督のノックを完走し、鉄壁のディフェンス力を築いていく。

 そうして、2004年から6年連続で荒木は二塁手、井端は遊撃手でゴールデングラブ賞に選出され、「アライバ・コンビ」としてライバルチームの打者を泣かせたが、2004年にリードオフとして39盗塁をマークするなど優勝に貢献した荒木は、守備について聞かれるとこう語った。

「今シーズンは、見たことのない打球が飛んでこなかった。そう、全部が北谷のサブグラウンドで、監督のノックで見た打球だった」

 この言葉には鳥肌が立ったと落合に伝えると、穏やかな笑みを見せながら言った。

「それが、練習する本当の意味。そのことがわかれば強いぞ。今の位置から降りたくないから、自分から苦しいことにも飛び込めるようになる」

 落合監督の務めた8年間、荒木は唯一、規定打席をクリアし続けた。

(写真=K.D. Archive)

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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