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【落合博満の視点vol.77】落合博満も大切にした打者の“感性”とは

横尾弘一野球ジャーナリスト
イチロー氏が語った「野球の感性」は、落合博満も大切にしてきたことだ。(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 イチロー氏を追ったドキュメンタリー番組で語られた「野球の感性」が、放送後から話題になっている。野球界ではラプソードなど弾道測定器によって投球の回転数や回転軸が明らかにされ、スイングのスピードも数値化されている。それらは自分の特長はどこにあり、どんな選手を目指せばいいかという指標になる一方で、様々な要素を明らかにすることで見えない部分への関心を奪っているという意見がある。

 そうした感性を養うことの大切さは、落合博満も現役時代から熱心に説いている。中日で監督を務めていた頃はデータなどの進化を「時代の流れ」としながら、「それで感性を養わなくなったら本末転倒」と警鐘を鳴らしていた。では、落合が磨き上げた野球の感性には、どんなものがあったのだろう。

 最も知られているのは、レフト線、ライト線に打ち上げたフライがポール際で切れてファウルになってしまうのはもったいないと感じ、レフトにスライス(右に切れる)、ライトにはフック(左に切れる)する打球になるよう、投球をバットに当てる角度を考えたということだろう。実際、こういう打球を打ち返せるようになったが、それで本塁打を増やすことはできなかったというオチもついている。

 また、フリー・エージェント権を行使して巨人へ移籍した頃、「スコアラーから渡される相手投手の配球表は見ますか」と問うと、「せっかく調べてくれたものだから目は通すけれど、参考にはならない」と語った。

「例えば、2ストライク1ボールでは外にカーブを投げ込む確率が80%以上というデータがあるとしよう。それを信じて甘く来たら打とうと踏み込み、抜けたストレートが頭を目がけてきたらどうするの。データに頼り、野球生命が終わってしまったらシャレにもならないでしょう」

 加えて落合が指摘したのは、ひと口にカーブと言っても、相手投手のその日のコンディションや天候などで、変化する軌道は変わるということ。

「だから、参考にしたのは風向きや湿度。向かい風や湿度の高い日は変化が大きくなる。それは、実際に打席に立たなければわからないこと。その日に投げ込まれたボールを見て、どうやって打つか対策する。その時の引き出しになる感性を、大切にしなければいけないんだ」

落合の打撃指導で聞かれる「どうしてわかるんですか」という反応

 落合の打撃に関する感性は、後輩へアドバイスを送る際にも発揮された。ある小柄な選手から「打率を2割5分から2割8分くらいまで上げたいんです」と相談された時には、「ならば、インハイに手を出すのをやめてごらん」と即答した。

「上背のない選手には、大きいヤツには負けたくないという本能があるでしょう。それで、インハイを強く打ち返したくて手を出してしまう。あれが相手バッテリーの思う壺なんだ。だから、インハイに手を出すのをやめてごらん。それで1~2分は打率が上がるから」

 そう言われた選手が、「落合さんには、心の中をすべて読まれている気がする」と語ったように、落合に「おまえは気持ちよく引っ張りたくてしようがないよな」と言われた選手は、「どうしてわかるんですか」と返し、落合は「だってスイングがそう言っているもん」と笑う。自分の技術を高めようと、常に他の選手の動きを観察しているからこそ、多くの選手の特長と結果が頭に入っており、初見のアマチュア選手に対しても、「君はプロの○○のスイングを参考にしたらいい」と具体的にアドバイスしていた。

 このような感性に基づく技術面の対話は、傍らで聞いていても興味深い。だからこそ、落合はこう指摘する。

「せっかく野球を取り巻くデータが進化しているんだから、それを取り扱う選手も感性を養わなくちゃ。人任せ、データ任せなんて、野球に限らず、どんな仕事だっていい成果は上げられないだろう」

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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