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努力は必ず報われるか:池江璃花子選手の言葉と心の力の心理学

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
2021 競泳 日本選手権 女子 100m バタフライ 決勝 池江が復活の優勝(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

<「努力は必ず報われる」。それは、特別な才能の持ち主だけのことか。普通の人にとってはきれいごとに過ぎないのか。そんなことはない。現代心理学は、努力の力と意味を科学的に実証している。>

■池江璃花子選手、復活の優勝:2021 競泳 日本選手権 女子 100m バタフライ

4月4日行われた競泳の日本選手権女子100メートルバタフライ決勝で、白血病から復帰した池江璃花子が優勝しました。東京オリンピックのリレーメンバーとして日本代表に内定です。

それは、医師や専門家らも驚くほどの、感動の復活劇でした。世界が称賛しています。

IOC国際オリンピック委員会のトーマス・バッハ会長も、「オリンピアンたちは決して諦めない。池江は白血病と診断されてから、わずか2年で東京五輪への出場権を得た」と祝意を示しています。

会長が一選手に祝意を表するのは、異例のことです。

■「努力は必ず報われる」

報道によると、優勝後のインタビューで、池江選手は次のように語っています。

「100メートルで優勝できると思っていなかった。何番でもここにいられることに幸せを感じようと思ってやってきた。自分が勝てるのはずっと先のことだと思っていたけれど、勝つための練習もしっかりやってきたし、努力は必ず報われるんだなと思った」

池江選手は、努力や困難に関して、これまでも様々なことを語って来ました。

「私は、神様は乗り越えられない試練は与えない、自分に乗り越えられない壁はないと思っています。もちろん、私にとって競泳人生は大切なものです。ですがいまは、完治を目指し、焦らず、周りの方々に支えて頂きながら戦っていきたいと思います」(白血病の闘病中の言葉)

私には限界はない。同じ人間だから世界記録にいけないわけがない。

目標をしっかり持って努力すれば、きっと報われる」(リオオリンピック後のスランプの時の言葉:NHKクローズアップ現代)。

普通の人が言葉だけを真似しても上滑りしそうですが、池江選手が語ると説得力があります。

けれども、これは池江選手のように特別な才能に恵まれた人の話でしょうか。

■努力は必ず報われるのか

努力をすれば、全ての人がオリンピックの選手になれる。そんなことはありません。努力をすれば、みんなが金メダルを取れる。そんなことはありません。

オリンピックに出られるのも、メダルが取れるのも、限られた少数の人だけです。そんなことは、池江選手をはじめ、誰にだってわかることです。

では、「努力は必ず報われる」とは、どういう意味なのでしょうか。少なくとも、池江選手は「努力は必ず報われる」と日ごろから信じているのでしょうし、今回の優勝を含めて、何どもそう実感できる体験を重ねてきたのでしょう。

このような信念や体験は、特別な才能の持ち主だけのものではありません。逆上がりに挑む子供も、就職活動に励む若者も、同じような信念と体験をしてきた人も多いはずです。

もしも、池江璃花子選手が白血病にならずにそのままオリンピックに出場していたら、有力なメダル候補だったでしょう。発病以前の、彼女の見事な記録、鍛え抜かれた肉体と、見事な復活とはいえ今の状態とを比べれば、落胆してもおかしくはありません。

しかし、彼女はそんなことはしません。現状の自分を受け入れ、そこからすさまじい努力を重ね、そして結果を得ています。そして、努力は必ず報われると信じ続けています。

今回の優勝は劇的でしたが、もしも最大限の努力の結果として優勝できなかったとしても、池江選手は「努力したが報われなかった」とは語らなかったでしょう。努力は報われ記録は伸び、次のオリンピックを目指して、さらに努力すると、彼女は語っていたことでしょう。

■努力は報われると信じる心の力

スポーツでも、受験でも、ビジネスでも、結果だけを見れば「努力は必ず報われる」のかどうかは、わかりません。努力した人が、みんな優勝し合格し出世するわけではないでしょう。

しかし、心理学的に言えるのは、「努力は必ず報われる」と信じている人の方が努力は報われやすいうことです。

社会心理学の研究によると、人は「外的統制型」「内的統制型」に分けることができます。

外的統制型とは、自分の人生は自分以外の外側のことによってコントロールされていると感じている人々です。

自分の学力、就職、結婚、健康、寿命、幸せ。これらのものは、家庭環境とか時代とか運命によって決まってしまっている、だから努力は無駄だと感じるのが、外的統制型です。

一方、内的統制型は、人生の様々なことは自分自身の努力によって左右することができると感じています。努力はきっと報われると信じているのが、内的統制型です。

そして、内的統制型の方が、人生の様々な事柄が実際に上手くいきやすいことがわかっています。

■努力の力

努力は大切。そんなことは、小学校の道徳の時間の話だと感じる人もいるでしょう。

たしかに、研究によっても、人生の大成功のためには、努力だけでは不十分であることがわかっています。オリンピックに出たり、ビジネスで大成功を収めたりするためには、才能、努力、環境、そして幸運が必要だと言われています。

しかし、普通の成功のためには、特に高い才能も特に恵まれた環境や幸運も必要なく、物事をやり抜く力(グリット)や、努力し続けることで十分だとも言われています。

また、大成功を収めた人に対して、私たちは過剰に才能のせいにしたがるとも言われています。才能だけでメダルが取れるほど、世の中は甘くないでしょう。

■努力の意味

全国大会など出られるっわけがないのに、オリンピックなど夢のまた夢なのに、努力を続けるなど、愚かなことでしょうか。

全国大会を目指せるような子供達だけが、競技に取り組めばよいでしょうか。けれども、全国大会には行けなかったけれども、また結局卒業までレギュラーにはなれなかったけれども、素晴らしい部活やスポーツの体験をした人も、きっと数多くいるでしょう。

ポジティブ心理学の研究によれば、人は目標を達成して幸せになるのではなく、目標に向かうことによって幸せになります。また、熱中できる活動を持っている人の幸福感も高くなります。

どうせ甲子園なんか出られるわけがないと、だらだら練習しているチームと、甲子園を目指して白球を懸命に追いかけているチームと、どちらが幸せでしょうか。

病気で健康を失って、リハビリなどしても無意味だと何もしない人と、回復を信じてリハビリに懸命に取り組む人と、どちらが健康的な心の持ち主でしょうか。

仕事でも、趣味でも、部活でも、闘病生活やリハビリでも、「目標をしっかり持って努力すれば、きっと報われる」という池江璃花子選手の言葉は、やはり真実なのです。

池江選手は、身をもって示してくれました。誰もが辛く無気力になることもありますが、「努力は報われる」と信じる力を持ち続けたいと思います。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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