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レイプ被害者のハリウッド女優「あなたは傷物ではない。あなたはひとりではない」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
トロント映画祭公式上映に出席したガブリエル・ユニオン(写真:REX FEATURES/アフロ)

ガブリエル・ユニオン(『バッドボーイズ2バッド』)は、10代の時、レイプ被害に遭っていた。43歳の今、彼女は、その悲劇を、あえて公に向けて語る。

話題作「The Birth of a Nation」で、主演、監督、脚本を手がけたネイト・パーカーが、大学時代、レイプ事件で逮捕されていた事実が論議を巻き起こす中(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160819-00061280/)、この映画で白人男性にレイプを受ける黒人奴隷を演じるユニオンが自らの過去を告白したことは、最近、大きな衝撃を呼んだ。トロント映画祭の記者会見で、本日、彼女はあらためて自分の受けた大きな傷を振り返り、ほかのレイプ被害者のためにも、このことについて語り続けるという意志を表明している。

安売り靴ショップで働いていた19歳のある日、店に強盗が入り、一連の騒動の中、ユニオンは銃を突きつけられ、強姦された。被害の後、長い期間にわたってセラピーを受けた彼女は、女優として活躍するようになってからも、レイプを受ける女性の役をことごとく断ってきたという。どんな役もあの体験に立ち戻るに値しない、またもや長期のセラピーを繰り返すことにはなりたくないと思ったからだ。

しかし、19世紀に奴隷の反乱を率いたナット・ターナーの実話を描く「The Birth of a Nation」は、その価値がある映画だと確信し、初めて自分の中のルール変更をする。その時、彼女は、パーカーの過去のレイプ疑惑について、まるで知らなかった。パーカー自身がとくに隠してきたわけでもない過去が、映画が注目されるに伴って浮上した時、彼女の心は大きく混乱したようだ。そして、ユニオンは、先週、Los Angeles Times紙の意見欄に、エッセイを投稿することにしたのである。

結果的にパーカーは無罪判決を受けたが、裁判の記録には、訴えた女性の生々しい証言の数々がある。700ページのおよぶその裁判記録を全部読んだというユニオンは、エッセイで、「17年前のその夜、ネイトは、相手の女性が同意していると思ったのかもしれない。でもネイト本人も認めるとおり、はっきりイエスとは聞いていなかった。もしも彼女がノーと言わなかったとしても、黙っていることは、同意したことにはならない」と綴った(訴えた女性は、事件当時、泥酔い状態だった。女性はその後自殺している)。それでも、この映画は性的暴力について話し合うきっかけを作る重要なものだという理由で、ユニオンは、人々に今作を見ることを促している。

そんな状況の元で行われる会見は、今年のトロント映画祭で最大の注目イベントのひとつだった。本当に記者会見をやるのだということ自体がまずは大きなニュースになり、その後も、「記者の前に実際に姿を現すことはせず、サテライト中継での会見になるのではないか」と噂が出たほどだ。だが、筆者も出席した本日の会見には、パーカーとユニオンを含む主要キャスト全員が登場。当初は司会者がひとりで事前に用意された質問を投げ続けたため、「記者からは質問を受けないですませるつもりか?」と危惧されたものの、後半は会場からの質問に移った。時にさりげなく、一度はずばりとパーカーが過去のレイプ疑惑について問われることもあったが、その都度、彼は「個人的な事柄に乗っ取られてしまって、映画について話す機会が奪われることにはなりたくない」などと言って、映画の話に戻している。一方、ユニオンは性暴力反対のメッセージを、この時とばかりに語った。Los Angeles Times紙にあのエッセイを投稿して以来、彼女は人々からの絶大な支持を感じているそうだ。昨夜出席したトロント映画祭でのパーティでも、中に入る前の入り口のところから、人に抱きしめられたり、声をかけられたりしたのだという。

「それだけじゃない。たとえば空港にいる時だって、見知らぬ人に『あの事柄について語ってくれて、ありがとうございます』なんて言われたりするわ。それ(レイプ)は、しょっちゅう起こっている。私だって、19歳で、安売りの靴ショップで働いている時だったのよ。それは、被害者の心理に、とても大きな影響をもたらす。その女性だけでなく、彼女の家族にも、恋愛関係にも。セレブリティという立場をもらえている今、私は、その影響力を、性暴力の残酷さを伝えることに使っていきたい。被害に遭った女性たちに私が伝えたいのは、『あなたは傷物になんかなっていない』ということ。事件の前より劣ってなんかいないの。それに、あなたはひとりではないのよということも、私は語り続けていく。この映画の後も、ずっとね。個人的に、それはもちろん苦しいことよ。でも、ほかの多くの女性たちのためなのだと思えば、なんてことないわ。」

無名俳優がほとんどを占めるこの映画で(この中で最も有名なのは、奴隷オーナー役のアーミー・ハマーだろう)、ユニオンは知名度があるほうだが、彼女の登場時間は12分しかなく、せりふはひとつもない。もともとはせりふがあったのだが、レイプ被害者が声を出せない現実を描く意味でも、言葉がないほうがよりパワフルだと思い、カットしたのだそうだ。「あれは人生で最高の12分だった」と、ユニオンは今作に出演した意義の深さを強調する。

パーカーの件はカナダでも報道されているはずだが、一昨日夜の公式上映では、10分のスタンディングオベーションがあり、再び作品の力が証明された。助演女優のひとりペネロペ・アン・ミラーも、会見で、「これは、ネイト・パーカーの物語ではなく、ナット・ターナーの物語。ひとりの俳優に対する個人的な意見のせいで、この映画を見ないという人がいるのだとしたら、残念よ」と、ユニオンに同調している。

1月のサンダンス映画祭で観客賞と審査員賞をダブル受賞して以来、映画はオスカー狙い作品と位置づけされており、北米公開日は、アワードシーズンにおいて理想的な時期と考えられる来月7日に設定されている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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