【高齢飼い主】犬を抱えて転倒し頭から出血し救急車に 見知らぬ人の善意で救われた犬の命
待合室には、額に傷を負い目の周りを腫らした高齢の池田さん(仮名)と奥さんが座っていました。池田さんは、急いで動物病院に駆けつけたようで、手にはまだ血のあとがありました。
筆者はミニチュアダックスフンドのテルくん(仮名)を池田さんのところに連れていきました。なぜ、このような傷を負った飼い主が、診察室にいたのかを説明しましょう。
留守番電話に「下痢が止まらないので診察してほしい」
筆者が病院に着くと、スタッフが「初診の方で留守番電話に下痢の犬を見てほしいとありました」と言いました。スタッフは、留守番電話に録音されていた番号にかけて犬の状態を次のように教えてくれました。
テルくんは、3日前から下痢でだんだんとひどくなり血便まで出ているということ、それで今日は食べさせていないと池田さんは電話で話していたそうでした。
預かってきたのですが、と見知らぬ3人連れが
診察時間が始まってすぐに、見知らぬ女性Aさんとそのお連れさん2人が抱っこひもに犬を入れて来院しました。
その人たちは、建設現場から来たようすで、作業服で腕には腕章をつけていました。
「予約していたものですが...」とAさんは話しました。
たしか男性の飼い主が来るはずだったのに、違う人かと思っていると、Aさんは以下のように説明してくれました。
テルくんの犬の飼い主の池田さんは、建設現場の近くの道路で転倒してしまい、意識はしっかりしていたのですが、額に傷を負ったらしく血が止まらないので救急車を呼んだそうです。しかし、救急車に犬を乗せることができなかったので、Aさんはテルくんのことを引き受けて筆者の動物病院に運んだということでした。
初診で飼い主のいない子を診察してもいいの?
テルくんの目は白内障になっていたので、高齢の犬のようでした。テルくんはぐったりしている様子はありませんでした。その一方で、この待合室に誰も知っている人がいないので、不安げでした。
通院している犬なら、すぐにAさんから預かりましたが、飼い主が来ていないので、許可なく治療してもいいのか、もしかして、治療している最中にショック症状が起こる可能性があるかもしれません。警察に電話をしてみました。しかし、なんとも答えることができないといわれました。
弁護士の知り合いがいるので、電話で尋ねると以下のように教えてくれました。連れてきたAさんの住所などの連絡先を尋ねて、仮の飼い主として診察したらどうか、ということでした。
そして、獣医師には公衆衛生的な職業倫理もありますので、感染疑いや手遅れなどを予見できるなら最低限の治療はしておくべきと教えてくれました。
Aさんにそのことを説明すると、こころよく連絡先を書いてくれました。テルくんに何かあればすぐに連絡しますと伝えて、テルくんを預かりました。
池田さんから連絡が
テルくんを預かって、体温や体重や外から見える範囲で診察をして、下痢の治療をしました。血液検査などはしないで様子を見ていると、池田さんから電話がありました。
「そこに犬を預けている池田です。家内と連絡がついたので、家内が仕事を終わったら、テルを迎えにいきます」と池田さんは、はっきりと言いました。
「テルくんの治療はしています。血液検査などをさせてもらってもいいですか? 池田さんはいかがですか?」と筆者が尋ねました。
「額の血が止まりにくくて。テルにはできるだけのことはしてやってほしい」と言われました。
テルくんは大切に飼われていたようで、診察室に放しても自由に探検をしていました。もちろん、飼い主がいないし、飼い主と一緒に転倒したので怖い思いをしていたでしょう。しかし、筆者が近づいても逃げるわけではなく寄ってきて、人が好きなようでした。そのうえ、テルくんの胴輪や抱っこひもは、まだ新しく高価そうなものでした。
2時間ほどして、奥さんが先にテルくんを迎えにきて、そのあと、池田さんが動物病院に来ました。
まとめ
あのとき、テルくんが誰にも預かってもらえず、逃げてしまったら、と思うとぞっとします。池田さんが転倒したのはもちろん歩道ですが、すぐ横に大きな道路があり車が多く走っていて、往来が激しいです。
そんなアクシデントに仕事中にもかかわらず、Aさんはテルくんをこころよく引き受けて、仮の飼い主にまでなってくださいました。
犬や猫を飼う高齢の飼い主は数多くいます。高齢者で足元がふらつく飼い主が、犬や猫と一緒に動物病院に通うときに、このような事故に遭う可能性があります。池田さんは入院せずに済みましたが、そうじゃないこともあるのです。
高齢者が犬や猫を飼うことはいいのですが、このような事故がないように、動物病院に連れていってくれる人を見つけておくのも大切ですね。