【子育て罰の厳罰化】児童手当の特例給付を削って待機児童対策にあてる日本では、少子化解消しない
「児童手当の特例給付、廃止検討 待機児童解消の財源に」(産経新聞・11月6日報道)という報道に、多くの国民が怒りを感じています。
私のコメントへの「いいね!」は、1日で2万を越えました。
コメント欄を見れば、子どもの有無や、年代にかかわらず、子どものことを大切に考えてくださる方が多く、こんな政策で少子化が改善しないであろうという見方をしてくださっていること、心強く感じています。
子どもの貧困問題の改善に取り組んでいる私ですが、子育ての当事者として、大学生の経済問題にも関わる大学教員として、この国では貧困層でなくとも子どもを育てることがとても大変であることは、我がこととして痛感してきました。
もともと日本の子育て層は、所得にかかわらず税金・年金・社会保険料の負担が高齢者世代より高く、子どもまで育て社会に貢献しているのに、児童手当や授業料無償などの恩恵を受けられない子育て罰を受けている状況です。
今回報道された特例措置の廃止がされれば、子育て罰の厳罰化となってしまいます。
1.子育て罰の厳罰化で25%の家族が年12万円減収(子ども2人の場合)
今回の政府案は、簡単にいえば、現在の中高所得層に対する児童手当(中学生までの子ども1人あたり月額5000円)を削って、待機児童解消に充てようとするものです。
また、所得のカウントも共働きの場合には夫婦合算となり、より厳しい所得制限となります。
具体的には扶養親族が2名(親2人子2人の場合)で年収約900-1000万円以上が児童手当が廃止となります(自治体によって基準は少しずつ異なります)。
子育て層の約25%、4世帯に1世帯が該当します(国民生活基礎調査)。
中学生までの子どもが2人いる場合、来年度以降、家計の収入が月1万円・年12万円減ります。
子育て世帯の25%(4世帯に1世帯)の月5千円の児童手当を削って、待機児童解消のための保育園増設・保育士増員の財源ににするというその発想自体が、少子化を解消する気がない政権の姿勢の表れではないかと、不安を禁じえません。
「2015(平成27)年度少子化社会に関する国際意識調査報告書」では、「子どもを産み育てやすい国かどうか」について、日本では「そう思わない」(どちらかといえば+全くそう思わない)が52%と、調査対象となった日英仏スウェーデンの中で唯一、否定的回答が過半数となった国でした。
同じ設問について、イギリスは23.8%、フランスは25%、スウェーデンは15.2%にすぎなかった状況とは、対照的です。
菅総理は所信表明演説で「長年の課題である少子化対策に真正面から取り組む」と強調しました(東京新聞10月26日報道)。
しかし、子育て罰とも称される日本の子育て世帯に厳しい状況を、さらに加速させることで、どのように少子化解消が可能になるのでしょう?
菅政権が進めようとしているのは、少子化対策ではなく、子育て世代内での分断を進め、子育て世帯を追い詰める子育て罰の厳罰化なのではないでしょうか。
2.子育て罰とは
そもそも子育て罰とは、研究者によって指摘されてきた、子育て世帯にあまりに厳しい国である日本の状況を批判する概念です。
-桜井啓太,2019,「“子育て罰”を受ける国、日本のひとり親と貧困」(SYNODOS記事).
-大沢真理,2015,日本の社会政策は就業や育児を罰している(家族社会学研究,第27巻第1号).
もともとは、以下のように、子育てする保護者の賃金上の不利を示す社会学・労働経済学の用語であるチャイルド・ペナルティを和訳したものです。
しかし、それだけでなく、とくに低所得子育て世帯に対する所得再分配が「冷遇」とも呼べる厳しい状況であることを批判する視点が、桜井(2019),大沢(2015)に共通しているものです。
その主張のポイントは以下のようになります。
(かなり分かりやすく説明していますので、詳しく知りたい方は元の記事・論文をご確認ください。)
・日本では、所得再分配政策がもともと逆進的(とくに子育て中の就業低所得層に不利)である。
・とくにひとり親世帯への再分配は政策的に失敗している。
・そのため先進諸国において、日本はひとり親世帯の貧困率が突出して高く、シングルマザーに猛烈に厳しい国と言われている。
ここまでだと、子育て罰はひとり親(シングルマザー)の問題だと思われる方は多いでしょう。
しかし、子育て罰を受けているのは、ひとり親や低所得層だけでなく、年収800万円以上の中・高所得層も同様である、ということが、この記事で私が指摘しておきたい事実なのです。
内閣府が2015年に示した分析結果からは、年収800万円以上の子育て世帯では、税・保険料などの負担が受益を上回っていることがわかります。
この状態でさらに来年度から年12万円(子ども2人の場合)の受益が減少すると、子育て世帯はどうなるのでしょうか。
就労し、納税し、年金や社会保険料を支払っても、教育や保育でのメリットがない上に児童手当まで削減される。
子どもを産み育てるほどに生活が苦しくなっていく、低所得層やひとり親だけでなく、中高所得層まで追い詰められている状況こそが子育て罰大国・日本の実態なのです。
中高所得層の児童手当を削って待機児童対策にまわすことは、子育て世代内部での分断を深めていきます。
とくに現在小学生2年生以上の子どもを持つ世代は、幼児教育の無償化の恩恵をまったく受けていないため、純粋な負担増になる「はずれくじ世代」となってしまいます。
3.稼ぐほど切り捨てられる「子育て罰」で進学できなくなる若者が出てくる
中高所得層だからといって子育て世帯が楽な暮らしをしているかといえば、まったくそのようなことはないのです。
Yahoo!ニュースへのコメントの中でも、以下のような現役子育て世代の悲鳴があがっています。
そもそも年収910万円以上の相対的高所得層は、第二次安倍政権のもとで高校無償化の対象外となり、大学の貸与奨学金も借りられないなど、まったく支援の対象となっていません。
すなわち、日本の中高所得層にとっての「子育て罰」とは、稼げば稼ぐほど支援から切り捨てられていくことにほかならないのです。
だからこそ、こうした世帯では小中学校での児童手当を計画的に貯蓄し、高校や大学・専修学校等の進学費用に充ててきたのです。
そうしなければ、とくに高額な大学・専修学校の卒業までの費用は、奨学金利用ができない高所得者層ほど乗り切ることができないのです。
来年度から、突然この政策がなくなってしまうと、今の中学生までの世代の子供たちが、進学費用の不足のために、希望する進学先に進学できない可能性すら出てきます。
実際に大学生の経済的相談にも乗っている私ですが、保護者が高所得であるために、日本学生支援機構の貸与奨学金も利用できず、やむを得ず民間金融機関のローンを組んで授業料を払う例もありました。
また、高所得に見える世帯でも、家族の介護や、保護者のビジネスの運転資金のために家計にお金がなかったり、保護者や家族の誰かが病気の治療で多額の医療費がかかなるなど、決して楽ではない家族も少なくありません。
何が言いたいかというと、親の所得で子ども・若者が受けられる支援に線引きをすることで、切り捨てられてしまう子ども・若者もいる、ということです。
来年、児童手当を削ってしまうのであれば、少なくとも教育に関するすべての支援制度の所得制限を撤廃するべきです。
そうでなければ、進学機会を失う若者が出現し、わが国の人的資本育成にとってもマイナスです。
具体的には、高校就学支援制度の授業料無償化の所得制限撤廃、高校生等奨学給付金と大学・専修学校の無償化の所得制限の大幅緩和、日本学生支援機構奨学金の貸与奨学金の所得制限撤廃、です。
そもそも、親の所得で、子ども・若者への支援を「差別」することは許されることなのでしょうか?
専門用語でいうと、選別主義(低所得世帯など、厳しい世帯の子ども若者にだけ支援をする)、普遍主義(すべての子ども・若者を支援する)、どちらが良いのかという課題です。
子どもの権利の視点からは、親とは関係なく、子どもを独立した権利主体と見なします。
親の所得によって子どもを差別することはあってはならないことなのです、だからこそ普遍主義の子ども・若者支援策が重要になります。
現在の日本は、児童手当と幼児教育の無償化でベースラインで普遍主義を保ちながら、低所得世帯により手厚い選別主義的支援が行われている状態です(児童手当の低所得加算・児童扶養手当、高校無償化、大学無償化)。
しかし、児童手当の特例給付の廃止は、普遍主義のベースラインを切り崩し、「親の所得による子どもの差別」を強める方向に作用します。
もちろん低所得層に手厚い支援は子どもの貧困対策の基本です。
しかし、だからといって中高所得層の子ども・若者を切り捨てていい理由にはなりません。
このまま子育て罰の厳罰化を見逃していいのでしょうか?
それで日本の少子化は解消し、子育てしやすい国になるのでしょうか?
その2、では普遍主義・選別主義をどのように組み合わせれば、少子化解消につながっていくのか、これまでの先行研究や、海外の事例、日本の自治体の取り組みなどを参考にしながら、考えてみたいと思います。
(その2は今週中に配信する予定です)