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飲食業界に「サブスプリクション・モデル」は普及するのか?

山路力也フードジャーナリスト
レストランやカフェなどで増えている「サブスプリクション(定額制)」の未来は?(ペイレスイメージズ/アフロ)

「サブスプリクション」とは定額制のこと

 「サブスプリクション(subscription)」モデルのサービスが増えている。聞き慣れない言葉かも知れないが、誰もがそのサービスを受けているか、目にしたことがあるはずだ。subscriptionという言葉の本来の意味は「(予約)購読」「寄付」などだが、ビジネスの世界では「定額制」「継続課金制」と置換えてもほぼ間違いはないだろう。つまり、一ヶ月や年単位の定額でそのサービスを利用出来るシステムが「サブスプリクション」のビジネスモデルだ。

 サブスプリクションモデルのサービスの例を挙げると、まずパソコンのソフトウェアがある。「Illustrator」「Photoshop」などで知られる「アドビ」「Adobe Creative Cloud」がその先駆的存在だが、これまでのようにソフトをパッケージで買い切るのではなく、毎月利用料のような形で定額を支払うことで、常に最新型のソフトを利用することが出来る。買い切りだと高価でなかなか手が出せないソフトでも、お試し感覚で利用を開始することが出来るので、結果としてユーザー数は増えているという。

 今一番身近なサブスプリクションサービスといえば、やはり音楽配信や動画配信だろう。かつてはアルバムや楽曲を一枚いくら、一曲いくらで購入していた音楽は、今や月額定額制で聴き放題というスタイルが主流になっている。映画などの動画に関しても作品ごと、番組ごとに購入していたものがオンデマンドで見放題に。お店に行ってレンタルしていたのが遠い昔の話のようだ。業界最大手の「TSUTAYA」は、続々登場する動画配信サービスに対抗すべく、お店で何枚借りてもネットでどれだけ見ても定額という「TSUTAYAプレミアム」というサービスを始めた。これもサブスプリクションモデルである。

 ここ数年で一気に注目が集まった「サブスプリクションモデル」のサービスだが、その仕組み自体は決して新しいものではない。言葉の原義通り、新聞や雑誌の定期購読こそサブスクリプションビジネスの原型であり、会員なら何度でもいつでも利用出来るフィットネスジムやコワーキングスペースなども月額、継続課金という意味ではまったく同じ仕組みだ。フィットネスなどの使い放題は一見消費者側から見ればお得に感じるし、実際しっかりと使えば得になる。しかしサービス提供側からすると全てのユーザーがフル活用するとは考えておらず、ある一定の「ゴーストユーザー」がいることを想定して価格設定している。いわゆる「退蔵益」を見越したビジネスモデルでもあるのだ。

 ソフトウェアや音楽、映像データなどの場合はさらにシンプルで、デジタルデータをオンラインで供給する場合、その複製原価は実質ゼロと言っていい。新聞や雑誌などの場合は部数が増えれば増えるだけ製造原価や配送コストなどがかかるが、データ配信の場合は1万人が聴こうが100万人が聴こうが原価はさほど変わらないので、ある一定の会員数を超えたあとは利益だけが上がっていくビジネスモデルだ。

飲食業界で注目を集めるサブスクリプション

「ALPHA BETA COFFEE CLUB」(自由が丘)では月額7,500円で好きなだけコーヒーが飲める。(ALPHA BETA COFFEE CLUB)
「ALPHA BETA COFFEE CLUB」(自由が丘)では月額7,500円で好きなだけコーヒーが飲める。(ALPHA BETA COFFEE CLUB)

 そんな定額制の「サブスクリプション」ビジネスが、今飲食業界で注目を集めている。アメリカではいち早くカフェなどを中心に月額課金の会員を抱える飲食店が登場した。日本でも今年4月、自由が丘にオープンした「ALPHA BETA COFFEE CLUB」というカフェは、普通にカフェとして使えるだけでなく「サブスクリプション・オプション」というメンバーパスを導入。月額7,500円でコーヒーが飲み放題となる。コーヒーは一杯400円〜500円なので15杯飲めば元が取れる計算だ。創業者はGoogleでデジタルマーケティングの責任者を務めていた人物。2014年からコーヒー豆の定額会員制通信販売を始めており、そのシステムをリアルな店舗に落とし込んだ形だ。

 また、六本木にあるワインレストラン「Provision」では、10月よりサブスクリプションシステムを新たに導入した。月額は1名だと15,000円、4名までは30,000円という価格で、原則としてメニュー全品を注文することが出来るという(一部追加料金のかかるメニューあり)。

 WEBコンテンツを手掛ける「iXIT株式会社」は、10月より実店舗でのサブスクリプションサービスをスマートフォンアプリで実現する新サービス「ファーストパスポート」の提供を開始した。このシステムを利用して、11月より「株式会社フードリヴァンプ」の手掛ける「野郎ラーメン」では18歳から38歳までの年齢制限はあるものの、月額8,600円でラーメンが食べ放題となるサービス「野郎ラーメン生活」を開始。780円のラーメンの場合だと12杯で元を取ることが出来る。

飲食でのサブスクリプションを成功させるには

 飲食業界で今後も拡大していくであろうサブスクリプションサービス。しかし従来のITサービスなどのサブスクリプションサービスとは異なり、飲食店の場合は来客があるなしに関わらず料理などの準備が必要になるほか、来客数が多ければ多いほど原価や人件費もかかる。まだ過渡期である現在の飲食業界では、サブスクリプションユーザーとスポットユーザーを両方抱えることが重要だ。ヘビーユーザーをサブスクリプションサービスで囲い込み、さらに従来のように都度払いの一般ユーザーも集めてヘビーユーザーへと誘導していく必要があるだろう。

 さらに利用者側の視点で考えれば、頻繁に利用する機会がなければサブスクリプションにする意味がないため、サービス側は利用機会やスタイルを提案することも必須となってくるだろう。カフェなど日常的に使う業態はさておき、ラーメンやレストランなど嗜好的要素も強い業態の場合、どこまで利用価値を感じてもらえるか。例えば同じラーメンを毎日食べられることにメリットを感じられる客がどれだけいるか。その場合、いかに飽きずに毎日でも利用したくなる仕組みを考えていかなければならない。

 ソフトウェアや音楽などで「モノ(所有)」から「コト(体験)」へと消費行動が変わっていったように、飲食業界でもイノベーティヴ・フュージョンなどの流行をはじめ、料理に対する意識よりも体験に対する意識が高まっているのは事実だ。サブスクリプションはサービスや体験への対価として考えると親和性は非常に高くなる。いずれにせよ飲食業界でのサブスクリプションサービスは始まったばかりだ。店側にとっても客側にとってもお互いに利点のある仕組みをいかに構築出来るか。これからの動向を注目していきたい。

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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