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J&J製コロナワクチンの一時中断 「科学に従う」バイデン政権

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
まれな血栓でJ&Jのコロナワクチンは一時中断。利点も多いのでうまく使えれば。(写真:ロイター/アフロ)

100万回に1回以下のまれな血栓

 米国では、ワクチン接種により集団免疫を獲得することがコロナ収束のカギと考え、バイデン政権は4月末までに2億回の新型コロナワクチン接種という目標に掲げている。しかし昨年12月の段階では「すぐに接種したい」と言う人は34%で、「様子を見たい」、「接種したくない」と言う人が多数派だった。

 このためバイデン大統領は、コロナ対策は「政治ではなく、科学に従い」、可能な限りすべての情報を公開し「プロセスの透明性を高める」ことで、ワクチンに対する市民の信頼を高めていくと強調していた。実際、米国の公衆衛生当局は、ワクチン承認過程から、コロナ対策ガイドラインの変更、地域ごとの接種実績まで様々な詳細データをウェブサイトで公開してきた。(注1)

 そして3月から利用が始まったジョンソン・エンド・ジョンソン(以下J&J)製のワクチンで、まれな血栓症が6件報告された際も、政治に忖度することなく、米疾病対策センター(CDC)と米食品医療品局(FDA)が主導して、速やかな対応をとった。4月13日に両機関は「4月12日までに680万回以上のJ&J製のワクチン使用で、6件の血小板減少を伴う脳静脈洞血栓症(脳内の血栓症)という非常にまれな症状が報告された」という合同声明を発表。(注2)同社製ワクチンの一時中断を勧告した。

 このまれな血栓症は、J&J製のワクチンを接種した18歳から48歳の女性で、接種の6日後から13日後の間に発生した。発生件数は100万回に1回以下と非常にまれであり、ワクチンとの関連性が確定したわけではない。しかし一般的に血栓症の治療にはヘパリン(抗凝固薬)が使われるが、このまれな血栓症ではヘパリンで悪化する可能性が高いという。

 CDCは医療関係者に、J&J製ワクチンの接種を受け、血小板減少を伴う血栓が疑われる患者への対処法を周知するほか、接種後に現れる可能性のある症状や時期などの情報を提供している。(注3)

 一方、J&J製のワクチン接種は一時中断とし、翌14日にはCDCの予防接種諮問委員会(ACIP)の緊急会合を開催。この会合もワクチンの承認審査と同様に、CDCからの状況説明、J&J社からの説明、データ分析などに対する委員からの質疑応答、一般市民からの意見表明など、すべてがライブ配信で公開された。(注4)

ウイルスベクターワクチンに関連?

 J&J製ワクチンは、ファイザー製やモデルナ製のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンと異なるタイプ。風邪ウイルスの一種であるアデノウイルスを無害化したものに新型コロナのタンパク質の遺伝情報を組み込んだもので、ウイルスベクターワクチンと呼ばれる。英アストラゼネカ製のワクチン(米国では未承認)も同じウイルスベクターワクチンで、やはり脳内の血栓症を含むまれな血栓症が複数報告されている。mRNAワクチンでは、こうした血栓症は報告されていない。

 英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)と欧州医薬品庁(EMA)は4月7日、アストラゼネカ製ワクチンと非常にまれに発症する血栓が「関連している可能性がある」という見解を示した。この血栓症は若年層で報告されているため、英政府の独立委員会は「30歳未満の成人には可能な限り代替ワクチンを推奨」している。EMAはすべての年齢層でアストラゼネカ製ワクチンの継続接種を勧告しているものの、ベルギーは55歳以上、スペイン、イタリアは60歳以上を対象にするなど、他国も高齢者対象に限定する考えのようだ。一方で、デンマーク政府は4月14日、全面的にアストラゼネカ製のワクチン接種中止を発表している。

安全性とリスク&ベネフィット

 米国では、臨床試験の結果にもとづき、2月末にJ&J製ワクチンの緊急使用を承認した。1回接種ですみ、通常の冷蔵で3カ月保管可能という利点があり、遠隔地や2回接種が難しい住環境にいる人にとっては、有用なワクチンである。実際、筆者の住むテキサス州ダラス市でも、外出が難しい健康状態の高齢者向けに、1回で済む同社製のワクチンを利用して訪問接種を開始する寸前だった。

 一時的とはいえ今回の中断により、各州やすでに接種予約をしていた市民は急な変更を強いられた。月末までに2億回の接種目標を達成したいバイデン政権にとっても、ワクチン接種をスピードダウンさせるような混乱は避けたいはずである。しかし「科学に従う」という方針通り、バイデン大統領は黙ってCDCやFDAの専門家に対応を委ねている。

 米国では4月15日現在で、すでに18歳以上の約48%が少なくとも1回のワクチンを接種しているが、住環境や移動手段の問題でワクチン接種から取り残されている高齢者、受刑者、ホームレスなども多い。ワクチンを接種できずに、コロナ感染症に罹患して血栓症を起こす率の方が、今回のまれな血栓症の率よりはるかに高い。また中断が長引けば、それだけで過度に危険な印象や誤解を米国内外に与えかねないといった問題もある。ワクチンの安全性を考える際には、リスクとベネフィットを十分に勘案する必要がある。

 4月14日のACIPでは、J&J製ワクチン接種に向けて、年齢制限やリスク要因など当面の方針を勧告するだけの情報があるか、そうであれば、当面の接種条件をどう勧告するかが問われていた。

 ACIPの委員らは、現時点では年齢制限など具体的な勧告をまとめられるだけの十分な情報がないとして、この日は中断を続ける考えを示した。J&J製ワクチンの接種者で、血小板減少を伴う脳静脈洞血栓症が報告されたのは、接種の数日後から2週間後までの間。今後、さらなる症例が報告されないかどうかなどを確認した上で、近いうちに再度委員会を開いて判断する。

 全米では大規模ワクチン接種会場から高齢者施設、薬局など様々な場所で、複数のコロナワクチンの接種が行われてきた。それでもワクチンの副反応に対して、こうして機動的かつ組織的な対応がとれる点に、米国の公衆衛生組織の厚みを感じる。

参考リンク

注1 CDCのウェブサイト新型コロナ関連データページ(英文リンク)

注2 J&J製ワクチンの一時中断に関するCDCとFDAの共同声明(英文リンク)

注3 J&J製ワクチン取り扱いに対するCDCの推奨内容 (英文リンク)

注4 4月14日 ACIPの緊急会合 関連資料 (英文リンク)

 4月14日 ACIPの緊急会合動 (英語)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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