高校生に快適な自習空間を提供 輸送密度の数字だけでは見えない「鳥取県の若桜鉄道」が運行を続ける意義
鳥取県のJR因美線・郡家駅と若桜駅の19.2kmを結ぶ若桜鉄道若桜線は、1980年代の国鉄改革時に第1次特定地方交通線に選定され国鉄分割民営化後の1987年10月14日にJR西日本若桜線を第三セクター鉄道に転換した路線だ。筆者は9月のとある日、この若桜鉄道線を訪問したが、そこには輸送密度という数字だけからは見えない、地方鉄道が運行を続ける意義を感じ取ることができた。
約半数の列車が鳥取駅に直通
筆者は、この日、大阪駅から播但線経由で鳥取駅まで1日に1本だけ運行される特急はまかぜ号に乗車して鳥取駅を訪れたことは記事(1日1本だけ運行、大阪―鳥取間を約4時間半で結ぶ「はまかぜ号」 乗り通したら車販も自販機もなかった!)でも詳しく触れた。鳥取駅到着後は、同行の大阪在住の友人の意向で鳥取砂丘を観光。その後、鳥取駅を16時35分に発車する若桜行普通列車があったので、その列車に乗り若桜駅までを往復することにした。
若桜鉄道の列車は郡家―若桜間に14往復(土休日は13往復)の列車が運行されているが、そのうち6往復はJR因美線に乗り入れ鳥取駅まで直通運転を行っている。このため、鳥取県の県庁所在地である鳥取市から、若桜鉄道沿線へのアクセスは良い。筆者らが乗車する鳥取駅16時35分発の若桜行は、ちょうど高校生の帰宅時間帯に重なっており、若桜行が発車する鳥取駅のホームに行くと大勢の高校生が列車を待っていた。若桜鉄道の列車は1両編成で運行されることが多いが、この時間帯の列車は2両編成だ。
現在、若桜鉄道で使用されている車両は4両あり、このうちの3両(WT3000形)は1987年の会社発足時から主要機器の更新などを行いながら使用され続けている車両で、2018年から2020年にかけて工業デザイナーの水戸岡鋭治氏がデザインする観光車両としてリニューアルされ、車内のボックス席にはテーブルが設置されている。残りの1両(WT3300形)については、2001年に予備車確保やイベント対応を目的として導入された車両で、車内はオール転換クロスシートのとなっている。こうしたことから、現在、若桜鉄道で使用されている車両は、全てグレードの高い車両となっており、沿線から鳥取方面に通学する高校生や、沿線に観光に訪れる観光客に対して快適な移動空間を提供している。筆者が乗車した列車は、WT3300形を先頭にWT3000形「若桜号」の2両編成だった。
車内のテーブルで勉強に励む高校生
列車は鳥取駅を発車すると郡家駅までの3駅分、10.3kmはJR因美線を走行する。因美線の各駅前は宅地化されており、郡家駅までの間に約半数の乗客が降りて行った。そして、郡家駅を発車すると列車はいよいよ若桜鉄道線へと入る。郡家駅では、若桜鉄道の乗務員に交代し車掌も乗務した。若桜鉄道線内を2両編成で運行する際には原則として車掌が乗務するようだ。
2両目に連結されたWT3000形「若桜号」は、全てのボックス席に大型のテーブルが備え付けられていることから、そのテーブルで勉強をしている高校生の姿も見受けられた。この高校生は鳥取駅から乗車し若桜駅で下車したようだったが、毎日、往復2時間近い乗車時間を車内の快適空間で勉強に充てることができれば、その3年間の積み重ねはかなり大きいものとなりそうだ。
若桜鉄道の輸送密度は、近年は300~400人台程度という話を聞くが、こうした通学時の快適な自習空間の提供はバスやタクシーでは決して実現できないもので、若桜鉄道は沿線住民の生活の質の向上に寄与しているともいえる。
さらに、若桜鉄道が存在することにより、鉄道そのものが観光客を呼び寄せる一定の要因となっていることも事実であることから、こうした質の高い交通インフラの沿線住民のほか沿線外からの来訪者への提供が地域の活力に結び付くといっても過言ではない。
2009年より公設民営型上下分離方式を採用
若桜鉄道は、2009年より公設民営型の上下分離方式を採用し、線路や駅施設は若桜町と八頭町が第三種鉄道事業者として保有管理。列車の運行を若桜鉄道が第二種鉄道事業者として行う方式となった。その後、2020年3月のダイヤ改正では八東駅に交換設備が新設され、列車の増発がなされるなど鉄道の維持・活性化に向けて積極的な印象も受ける。
若桜鉄道の、維持管理に向けての行政側の支援額は年間1億円程度という話も聞くが、若桜鉄道が運行を続けることによる高校生への快適な通学手段の提供や、地域プロモーションの効果を考えると決して高い支出ではないだろう。なお、鳥取県の年間の一般会計予算約3600億円で、この予算規模との比較においては若桜鉄道の予算額はわずか0.03%程度となる。
(了)