初の女性首相、わずか10カ月で辞意 スウェーデン市民に聞く、どう見たか?
9月11日、スウェーデンで国政・統一地方選挙が同時開催された。注目を集めたのは、2021年11月に就任した同国初の女性首相マグダレナ・アンデションへの評価だった。政権誕生から約10ヶ月を迎えての初選挙で、首相は続投となるか、極右政党は議席数を拡大するか、中道右派への政権交代となるか。欧州全体でも大きな関心事項だった。
筆者は同選挙を取材すべく、ノルウェーからスウェーデンの首都ストックホルムへと飛んだ。市民の声をできるだけ多く聞きたかったからだ。
なお現地では意外なことに、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟、コロナ禍での政府対応は選挙の焦点としては話題に上がっていなかった。
今回の選挙で焦点となったのは、国内での暴動悪化による「法と治安」、高騰する物価や光熱費対策とエネルギー政策、健康などだった。
北欧諸国の選挙では焦点ともなりやすい環境・気候問題も、今回は一転して関心度が低め。ストックホルムの国会前でストライキを続ける活動家グレタ・トゥーンベリさんたちの言動は、前回選挙の4年前と比較して注目度も薄れている印象を受けた。
選挙の結果は、僅差ではあるが中道右派連合が勝利。アンデション首相はこの結果を受け、9月14日に辞意を表明。現在は政権交代に向けて各党の交渉が進んでいる(アンデション首相はそれまで暫定政権を率いている)。
北欧で唯一「女性首相が誕生していなかった国」
アンデション首相就任前、北欧諸国の中で唯一スウェーデンだけが女性首相が誕生していない国だった。ジェンダーギャップ指数の調査報告書でも「まだ女性首相が誕生していない」とチクチク言われ続けるなど、課題事項でもあった。それでもスウェーデン政府は、女性閣僚などを増やすことで「フェミニスト政権だ」と言い続けてきた経緯がある。
北欧諸国の中でもスウェーデンは最も急進的、相反するのがデンマークというのが一般的な位置付けだが、さまざまな政策や価値観で、北欧の中で特に急進的とされるはずのスウェーデンでずっと女性首相が誕生しなかった。
そんなスウェーデン初の女性首相の政権は、結局約10カ月と短命で終わりを迎えることになる。スウェーデン市民が「初の女性首相」の活動を見守った期間が1年にも満たなかったことは、ジェンダー平等やフェミニズムの観点では残念ともいえるかもしれない。
子どもは女性首相の仕事をどれほどの期間見てきたか、もポイント
北欧他国を見ると女性首相はすでに2人以上は誕生しており、1年以上は首相として政権運営を担っている。一方スウェーデンでは次期首相は男性となり、連立する政党党首の顔触れも男性が多いことになりそうだ。
もちろんアンデション政権が続いたほうが良かったという単純な話ではないが、女性首相が働く姿を見る期間がより長いほうが、子どもや市民は女性首相によって起きる社会の変化を長く体験することになる。その意味では、在任期間が長いほうが、女性リーダーに対する考え方にも変化が起きやすかったと思われる。
なぜ女性首相が誕生してこなかったのか
実はスウェーデンでは「ある事件」さえ起きなければ、もっと早くに女性首相が誕生していたと見られている。それは2003年、スウェーデン初の女性首相になれるかもしれないと言われた政治家であり、当時外務大臣だったアンナ・リンド氏が、デパートで買い物中にナイフを持った男に襲われ暗殺された事件だ。
かつて彼女が、そして現在アンデション首相が所属する社会民主主義政党は、北欧政治の歴史を中心的に担ってきた政党である。同時に、歴史や伝統が強い分、規模も大きく、結果として内部対立やリーダーの座を狙っての足の引っ張り合いや競争も激しい傾向にある。こうした党内のカルチャーや勢力争いは、女性リーダーの誕生を難しくさせてきた一因だと筆者は考えている。リンド氏やアンデション首相が登場するまで、結党から100年以上待たなければならなかったのだ。
リンド氏が死亡したのは9月11日。奇しくも今回の選挙日と同日の19年前の出来事だった。アンデション首相は選挙日当日、姉妹政党であるノルウェー、フィンランド、デンマーク、スウェーデンの青年部の若者と共に、まず初めにリンド氏のお墓をお参りしている。
市民に聞く「なぜ女性首相がいなかったのか、わからない」
では現地の市民たちは、「なぜ女性首相が誕生してこなかったのか」についてどう考え、「女性首相の誕生、そして彼女の手腕をどう評価している」のだろうか。
50人以上に聞いてみた結果、驚くことに9割を超える人が「なぜ今まで女性首相がいなかったのか。なんでだろう、わからない」と答えた。一方で、首相の政治色に関係なく、「女性首相が誕生してよかった、もうそういう頃合いだった」というのが共通する空気でもあった。
投票日前日、アンデション首相が最後の演説場所として選んだのは、首都の郊外にある小さな駅前だった。党支持者が圧倒的に多い地域で、駅周辺には小さな飲食店しかない。現場には地元の市民が1時間前から次々と集まり始め、賑わっていた。
ソフィアさんはアンデション首相の名前「マグダ」が書かれたキャップ帽子をかぶって、娘と一緒に応援に来ていた。
女性首相についてソフィアさんは「マグダレナ(=アンデション)首相のことが大好き。首相が女性であることで、国はいい方向に変わっていると思います。娘が女性首相のロールモデルを見て育つことができるのは大きな意味を持ちます。『あなたはなりたいものになれるのよ』というメッセージを送ることにもなります」と話す。
スウェーデンに多くの女性議員がいることがあなたの日常に影響を与えていると思うか、という問いかけにも、「そう感じます。フェミニスト政策も増えるし、女の子たちも政界で女性が代表者となることができるのだと見ることができますから」と答えてくれた。
中学生の4人はほぼ全ての政党スタンドを訪問して、党員にフェミニズム政策と妊娠中絶政策について質問していた。
ノヴァさん「初の女性首相が誕生して、すごく嬉しいです。女の子たちにも『なりたいものに、なれるんだよ』っていうメッセージを送るから」
アイリスさん「もっと早く誕生してほしかったね」
エヴァさん「女性議員がたくさんいたほうが、投票しようと思う機会も増えるし」
「女性議員が多いと、意識したことがなかった」
投票直後のキャロラインさんは、女性議員が多い国に住んでいることが、自分の生活にどう影響を与えているかと聞かれて考え込んでいた。
「女性議員が多いこと自体、気にしたことがありませんでした。それ自体がもう典型的なスウェーデンなのかもしれませんね。高齢の男性議員ばかりの議会だったら、違う社会になっていたかもしれない。初の女性首相誕生は社会を奮起させる出来事で、もうそういうタイミングだったとも感じています」
トップの女性議員が増えることで社会は変わるか
今回は国政選挙とあわせ、統一地方選挙も同時開催された。首都ストックホルムの議員・元市長でもあり、市長候補として改めて立候補していたカーリン・ヴァンゴールさん(社会民主党)に話を聞いた。
「女性議員として孤独だとはこの国では感じませんね。首相も、私も、対抗する今の市長も保守派政党の女性です。女性議員が増えれば、議員みんなの働き方も変わります。女性議員が多い年が長くなるごとに、子どもを持ちながら政治に携わりやすくなっています。母親でも議員として活動しやすくなるためには、多様な経験の議員と女性リーダーが増える必要があります」
「育児をしながら政治の仕事をすることに難しさを感じることもありますよ。夕方も週末もたくさん働きますから。私はいつもその敷居を飛び越えて、これからの女性議員が働きやすい環境づくりを意識しています」
ジェンダー平等の先進国でも女性議員が受ける嫌がらせや脅迫は深刻
一方、スウェーデンでも未だに「女性議員のほうがストーカー被害を受けやすく、外見や発言で評価され、男性はどのような判断をしたかで評価される傾向がある」とヴァンゴールさんは話す。
実は北欧では、女性の政治家はヘイトスピーチなどの対象にあいやすいことが以前から問題となっている。リーダー職、年齢、移民・マイノリティ背景などの別の要素が重なると、さらなる脅迫を受けやすい。近年ではSNSやインターネットの普及により、それが一層深刻化している。
また北欧各国で支持率を伸ばしている極右政党には女性やマイノリティを軽視する傾向が強いとされており、支持者には白人男性が多い。女性議員が感じている問題と極右政党のマスキュリニティ(男性性・男らしさ)には相関があるだろう。
中央党のルーフ党首は、選挙で連立する現政権が敗北したことを受け、党首辞任を発表。辞任背景には以前から脅迫を受けることが多いからだと、本人は記者会見で打ち明けている。今回の選挙前に行われたイベントでも、ルーフ党首を暗殺目的とした男が別の女性を暗殺するという事件が起き、北欧諸国でも大きなニュースとなっていた。
日本で政治家を目指す女性にエール
ヴァンゴールさんは「もし日本で女性議員として難しさを感じている人がいたら、ぜひスウェーデンを参考にして、私たちにも連絡をして相談をしてほしいです」とも話してくれた。
「これから日本で女性政治家になる人には強くお願いしたいです。『次にトップ議員になりたい女性が増えるために今の状況をぜひ変えて』と。例えば、早朝のミーティングや出張する必要があるカンファレンスの参加を減らすこと、子どもがいたら幼稚園の送り迎えがありますからね」
政権交代となるスウェーデンは、これから政治の常識も変わっていくだろう。議席を大幅に伸ばし、議会第二政党となった極右「スウェーデン民主党」は、連立によって初めて与党となる見込みだ。分裂が際立つ中で、この国の目指す多様性や平等は、どのように変化していくのだろう。
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