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「地下出版」と占星術 武力弾圧下、ミャンマー市民の心の支えが国軍を怖がらせる

舟越美夏ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表
「地下出版」の「モロトフ」を手にする人々(Facebookより筆者作成)

 ミャンマー国軍に殺害された市民は700人を超えた。国軍は地方都市で弾圧を強め、中でも最大都市ヤンゴン近郊の町バゴーで9日に実行した重火器を使った攻撃では、抗議する80人以上の市民を殺害した。現場で苦しむ多数の負傷者の救出を国軍は許さず、犠牲者の総数は明確ではない。国連ミャンマー事務所は翌日、「負傷者の手当てをさせるよう治安部隊に呼びかける」と英語でツイートしたが、市民からは「国連は平和と人権に貢献する能力があるのか」と失望の声が上がった。国連安全保障理事会はロシアや中国の反対で強い姿勢を打ち出せない。内政不干渉を原則とする東南アジア諸国連合(ASEAN)が緊急首脳会議開催に漕ぎ着けたとしても、事態の好転に結びつく策を打ち出せそうにない。

 怒りと悲しみに満ちた息が詰まるような日々の中で、市民の心を支え続けているものがある。同時にそれは、密かに国軍が恐れるものでもあるようだ。

インターネットが遮断されても「地下出版」がある

 市民を鼓舞しているのは、10代と20代の若者たちが次々に打ち出す抵抗戦略だ。新たに始まったのはメディアやインターネットの規制に対抗した「地下出版」。4月1日に創刊された週刊ニュースレター「MOLOTOV(モロトフ、「火炎瓶」の意)」は、プリント版と、携帯電話でも読めるインターネット版の二本立てだ。「モロトフは抗議運動と市民を繋ぎ、運動の戦術を共有するために創刊された」と表紙で宣言している。

 巻頭を飾っているのは流血の武力弾圧を描いた詩「死者たちの放送局」(作者名不明)だ。

 「ラジオから鮮明な銃声が聞こえる/・・・通りから彼らは撃つ/家に押し入り/英雄たちの葬儀に集まった人々を/父の膝に座る子供を/寝台に横たわる年老いた者たちを撃つ/父と母を/叔父や叔母を/兄弟姉妹を/あらゆる人を彼らは撃つ/叫びは彼らの標的になる/・・・鈍くこもった死の音は、静寂の中でこだまする」

 狩猟用簡易銃で国軍の攻撃に応戦した北部チン州の市民やゲリラ戦術を取り上げた記事に続き、国軍の銃撃に倒れた抗議デモ参加者たちの最後の言葉を紹介した。

 「無事に帰ってこられる保証のない旅に出なければならない。どうか許して欲しい」

 「撃ちたいのなら、子どもではなく私を撃て」

 いずれもフェイスブックに書き込まれたり、友人が耳にしたりした言葉という。

 第2号も発行され、若者たちがSNS上で拡散しているほか、ダウンロードして印刷しインターネットにアクセスできない人々や地方に住む人々に配られている。モロトフ編集者によると、これまでに7000回以上がダウンロードされ、第2の都市マンダレーでは印刷された3000部が密かに出回っている。

配布されるプリント版「モロトフ」(Facebookより筆者作成)
配布されるプリント版「モロトフ」(Facebookより筆者作成)

 モロトフはフェイスブックで、けが人への対処方法の動画や、新たにスタートしたFMラジオ局についての情報など、抗議運動で役立つ情報をアップし、国軍をラップで痛烈に批判したミュージックビデオ「Rap Against Junta」も紹介した。

 「重要な情報源になるし、みんなを元気付ける」と50代のジャーナリストは評価する。

「モロトフ」が紹介したミュージックビデオ

香港紙も掲載、国軍は警戒

 中国寄りともいわれる香港の高級英字紙「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト」は、AFP通信が配信したモロトフの記事と編集者のインタビュー動画を自社のウェブサイトとフェイスブックに掲載した。

 「捕まれば十年以上の禁固刑だろう。しかし国軍がインターネットを遮断しても情報が人々に届くように、我々はモロトフを出し続ける。もし私たちのうち誰かが逮捕されても、若い世代の誰かが引き継ぐ。誰かが殺されたとしても、別の誰かが現れ、この革命が成功するまでモロトフは続いていくだろう」。 仮面で素顔を隠した編集者は動画でそう語っている。

https://www.facebook.com/scmp/videos/3881326335268066/

 国軍は、モロトフに敏感に反応した。ミャンマー・ラジオ・アンド・テレビジョン(MRTV)など国営のテレビや新聞は13日、「モロトフは違法である。モロトフを支持したり出版を助ける者には法的措置を取る」との警告を報じた。このテレビニュースの動画をアップしたモロトフのフェイスブックには、「国軍は怖がっている」「無料でモロトフを宣伝してくれているのか?」など多くのコメントが寄せられた。

自衛する市民

 「怖がっている」ー。このコメントは当たっているかもしれない。国軍は武力弾圧をエスカレートさせるに連れ、市民に対する警戒を強めているようだ。地区を回り拡声器を使って「家にある武器を引き渡せ」と命じ始めた。

 国軍が言う「武器」とは、市民が自衛のために準備し始めたナイフやスリングショット、スリングショットで飛ばす鉄製の矢などだ。アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)議員らが設立した連邦議会代表委員会(CRPH)は「市民は、国軍の攻撃から身を守る権利を有する」と、「自衛の権利」を認めている。若者の中には、YouTubeの動画を見ながらプラスチックのパイプとガスシリンダーを組み合わせた銃をつくった者もいる。北部の町カレーの住民の一部は、先祖から伝わる手製の狩猟用銃を持つ。いずれにしろ市民の手製の武器は、国軍の自動小銃やロケット弾などとは比べものにならない貧弱なものだ。それにもかかわらず、国軍は神経を尖らせている。

占星術師の言葉でストレス解消

 武力弾圧と抵抗の日々が、市民の心身に与える負担は察するに余りある。ただでさえ新型コロナ感染拡大で経済が打撃を受けていた時期にクーデターが発生し、ミャンマーの経済は麻痺状態だ。ヤンゴン市内の随所にある質屋は、現金を確保したい市民で混み合っている。だが食料はまだ大丈夫そうだ。野菜などを乗せた複数の「助け合い屋台」が町を巡回しており、食料に余裕がある人は寄付をしたり、必要な人は屋台から受け取ったりして助け合っている。「ヤンゴンではコメはまだ不足していないが地方は物価が上がり大変だろう」と、30代の男性は心配する。

 こんな時に人々の頼りになるのが占星術師の言葉だ。ミャンマーでは占星術など占いが盛んで、日常生活だけでなく、ビジネスや政治の場でも何かと使われている。

 「4月半ばに始まるビルマ暦の最初の月から、事態が好転する。市民運動は良い結果をもたらす。市民の希望は叶い、多数の人々が参加する慈善活動が起きる」

 占星術に基づき発表される新年の予測に、多くの市民が希望を抱いた。

 「クーデターが起きた時は絶望的な気分になったけど、占いで元気になった」。ヤンゴン近郊の町バゴーで茶屋を営む女性、ドー・チョーさんは言う。茶屋の顧客の一人は、占星術師の妻を持ち、来る度に妻の見方を伝えてくれる。「『市民が勝利するだろう』と聞くたびに、胸のつかえが少し取れた気がする。希望が持てる占いの予測を見つけたら、フェイスブックでシェアするの。他の人たちにも元気になって欲しいから」

 この町に住む70代の占星術師は「3月3日以降に流血の大惨事が起きる」とフェイスブックで注意を呼び掛けていた。国軍がこの町で80人以上を殺害したのは4月9日だった。現在の彼の予測はこうだ。

 「ミャンマー正月が明けた後に、事態は正常に向かう。市民は勝利し、残虐な殺害を実行した者は打倒されるだろう」

 事態は悪化する一方に見えるが、占星術師たちの言葉は、苦しい日々を乗り越える力を人々に与えているようだ。著名な占星術師から教えられたという「ミャンマーに影響を与えている暗黒の星を明るく輝かせる方法」を口コミで広めている女性グループもいる。

 国軍トップは迷信深く、ことさら占星術を頼りにしていると言われる。彼らが手製の武器よりも恐れているのは、実は、運命を左右するとされる星の巡りと、それを読み解く占星術師なのかもしれない。

ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

元共同通信社記者。2000年代にプノンペン、ハノイ、マニラの各支局長を歴任し、その期間に西はアフガニスタン、東は米領グアムまでの各地で戦争、災害、枯葉剤問題、性的マイノリティーなどを取材。東京本社帰任後、ロシア、アフリカ、欧米に取材範囲を広げ、チェルノブイリ、エボラ出血熱、女性問題なども取材。著書「人はなぜ人を殺したのか ポル・ポト派語る」(毎日新聞社)、「愛を知ったのは処刑に駆り立てられる日々の後だった」(河出書房新社)、トルコ南東部クルド人虐殺「その虐殺は皆で見なかったことにした」(同)。朝日新聞withPlanetに参加中https://www.asahi.com/withplanet/

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