高齢者はなぜ逃げおくれるのか:水害被害、岩手のグループホームで9人の遺体発見
水害は逃げ遅れやすい災害。さらに、高齢者などの災害弱者は、避難コストが大きい問題がある。
■岩手県岩泉町のグループホームで大きな水害被害
台風10号による浸水被害が起きた岩手県岩泉町。認知症のお年寄り向けグループホーム「楽ん楽ん」(らんらん)で、9名の遺体が発見されました(グループホームで9人の遺体確認 浸水被害の岩手・岩泉町:NHK・高齢者施設に9人の遺体、大雨で土砂流入 岩手・岩泉:朝日新聞)。
映像を見ると、建物に大量の流木が流れ着いていることがわかります。
■災害弱者を守る
高齢者は、「災害弱者」です。災害弱者とは、危険が迫っているのに、危険に気づく能力(危険察知能力)、危険情報を得る能力(情報入手能力)、迅速な行動をとる能力(行動能力)に、ハンディキャップをもつ人々です。
災害心理学の研究によると、たとえば煙が少しずつ室内に入って行った時に、若い人はすぐに気づき、素早く行動できます。ところが、高齢者はなかなか気づけません。感覚が鈍くなっているところがあるからです。
さらに、異常に気づいた後も、素早く適切な行動をとることができません。高齢者も、特別な病気などをしない限りは知的能力は下がらないとされていますが、それでも判断や行動のスピードが下がるのは仕方がありません。
このようにして、火事などで高齢者が犠牲になることが多いのです。自然災害であれば、さらに災害無線の声が聞こえないとか、スマホでリアルタイム情報を手に入れられないなどの問題もあるでしょう。
■水害は逃げ遅れやすい災害
洪水も、津波も、すぐそこに命の危険が迫っているのに、気づきにくい災害です。
<水害と逃げ遅れとパニックの災害心理学:命を守る行動を:正常性バイアスの心理>
火山の爆発などは、町のどこからも見ることができ、直感的にも危険を感じやすいのですが、水害は静かに危険が迫ります。人は一般に、きっと大丈夫だろうという気持ちになる「正常性バイアス」が働きます。危険が見えにくい水害は、逃げ遅れが出やすいのです。
さらに、避難するための心理的身体的コストの問題があります。
■高齢者は避難のコストが大きい
晴れている昼間に避難するのに比べて、雨風が激しい中の避難は、心理的にも肉体的にも大変です。ましてや、夜間であれば、危険性もあり、避難自体に不安もあるでしょう。
これが、まだ若者であれば、びしょ濡れになりながらも力強く避難できるでしょう。結果的に避難の必要がなく、自宅に戻ってくるのも、笑顔で元気に戻ってこられるでしょう。
しかし、高齢者になるほど、危険も、疲労も、不安も高くなります。高齢者ほど、避難への負担感、コストが大きくなるのです。
それは、高齢者を避難させる職員も同様です。若くて元気な人の避難誘導よりも、ずっと多くの困難があるでしょう。
■避難準備情報
だから、高齢者などの災害弱者、一人では避難できない「災害時要援護者」は、まだ一般の人が避難しない「避難準備情報」の段階で、避難を始めることになっています。念のために、まだ安全なうちに、ゆっくり避難しておこうというわけです。
<避難せよ:避難勧告・避難指示・避難命令・避難準備情報:私達の命を守るために>
■なぜ避難できなかったのか
今回の詳しい状況は分からず、検証もこれからです。おそらく一人では避難できないであろう高齢者の被害者が出てしまいました。責任は追及されるでしょう。しかし、誰かを責めるだけでは問題は解決しません。避難準備情報の段階なら簡単に避難できるかといえば、そうではないでしょう。
認知症のお年寄りたちの移動は大変でしょう。避難誘導に必要なスタッフをいつもそろえておくことは、現実的ではないかもしれません。避難先での生活にも、困難があるでしょう。
高齢者や体調が悪い人を無理に避難させてかえって状態が悪くなる、過剰避難の問題もあるでしょう。避難所等での障害者への支援の検討も始まったばかりです。
もしも、避難場所がとても快適な場所で、高齢者や障害を持った人が喜んで行けるようなところであれば、逃げ遅れは減るでしょう。ただ、現実はなかなかそうはいきません。
災害は忘れた頃にやってきて、忘れる前にもやってきます。今できることから、現実的対応を考えたいと思います。
追記(8/31,19:50):高齢者グループホーム「楽ん楽ん」のある地区に対し、町が避難勧告や指示を出していなかったことが報道されました(避難指示・勧告出さず=9人死亡の地区に―岩手・岩泉町時事通信 8月31日)。