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「去年の翼からは考えられないゴルフ」と梶谷翼の母。コロナ禍を乗り越えオーガスタで初Vできた理由

金明昱スポーツライター
昨年10月にインタビューしたときの梶谷翼選手と母の真意さん(筆者撮影)

「去年や今年1月末ごろの翼からは考えられないゴルフでした」

 梶谷翼選手の母・真意(まい)さんからラインでメッセージが届いた。娘の快挙にただただ、驚きを隠せないでいた。

 オーガスタナショナル女子アマチュア(3月31日~4月3日、オーガスタナショナルGC)に出場した梶谷翼選手(滝川第二高)が、エミリア・ミリアッチョ(米国)とのプレーオフを制して優勝した。

 日本人の大会制覇は初めてということもあり、渋野日向子やタイガー・ウッズまでもがコメントを寄せたことでも、反響の大きさがうかがえる。

 そんな梶谷翼選手と母の真意(まい)さんに取材する機会に恵まれたのは、昨年10月だった。

 滝川第二高校ゴルフ部の練習を終えた梶谷選手と母、そして同校ゴルフ部・角谷真吾監督の同席のもと、コロナ禍で工夫をこらしながら練習し、目標に向けて戦う親子の話をたくさん聞かせてもらった。

 現在、日本アマチュアゴルフランキング1位の梶谷選手は、日本ゴルフ協会(JGA)ナショナルチームメンバーでもある実力者だ。

 ただ、昨年10月にインタビューしたときの梶谷選手は、自分のゴルフに自信を持てなくなっていた。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、アマチュアの大会が次々と中止となり、モチベーションが低下していたからだ。

 2020年2月の「アジアパシフィック女子アマチュア選手権(タイ)」の延期の知らせを聞いたときは、「ショックで熱を出して寝込んでいた」と明かしていた。

 さらに最も楽しみにしていた「オーガスタナショナル女子アマチュア」も中止となり、何のためにゴルフをしているのかさえも、分からなくなっていた。

 そんな中で母の真意さんが心配していたのが、コロナ禍という制限のなかで練習をどのように確保するのか――。

 昨年はほとんどが自宅近くの練習場での調整で、十分な練習ができたとは言えなかった。

「翼には(練習を)『やってほしいな』と言っていましたけれど、本人はそこまで深刻に受け止めていなかったみたいです」(真意さん)

 また梶谷選手も当時、「目に見える目標がないとどこに意欲を向けていいのかが分からなくて、なかなか実践できなかった」と苦悩を吐露している。

 こうして自分に厳しく接しながら、練習する日々を過ごしていた。昨年に中止となった2021年のオーガスタ女子アマへの出場が決まった。

ナショナルチームで活躍する梶谷。今年はプロテストが控えている(写真提供・日本ゴルフ協会)
ナショナルチームで活躍する梶谷。今年はプロテストが控えている(写真提供・日本ゴルフ協会)

明確な目標ができモチベーションが高まる

 今回、梶谷選手が優勝できたのは、自身の努力の賜物であるが、要因の一つとしてモチベーションの高まりが大きいと感じる。

 憧れの舞台、オーガスタGCでプレーできるチャンスが訪れたからには、そこで結果を残すという明確な目標ができた。

 それに角谷真吾監督は「試合に出続けることで、実戦のなかで成長し、意欲的にモチベーションを上げていくタイプ」とも話していた。

 昨年、話を聞いたとき梶谷選手は「できれば早い段階からアメリカでプレーしたい」と目を輝かせていたが、すでに目は世界に向いている。

「スコットランドにある”ゴルフの聖地”、セント・アンドリュースでラウンドしたときの楽しさが、今も忘れられない」と興奮気味に語る梶谷選手の表情を見た時には、日本よりも世界が向いていると感じたものだった。

「日本のコースと違って、高い球を打って、フェアウェイに置いてというゴルフはやっぱり通用しないんです。風やフェアウェイの形状をよく知る必要がありますし、ピンを狙うだけではなくて、その奥のコブにいったん当ててから戻したほうが寄るとか。とにかく頭を使うんです。海外のコースはバリーションが多くて、そのほうが好きです」

 緊張した面持ちのインタビューから、ゴルフの話になった途端、饒舌になった。今回のオーガスタ女子アマでのプレーも、緊張感の中でも試合を楽しんでいたのかが想像できるものだった。

 確かにオーガスタナショナル女子アマで優勝を決めた後の中継局インタビューでも「すごく緊張していたけど、最後まで何があっても楽しむと決めて、それが良い結果となってメッチャうれしいです」と答えていた。

 今大会の優勝で、6月の全米女子オープン(米カリフォルニア州)、8月のAIG全英女子オープン(スコットランド)の出場権を獲得したが、梶谷選手にとっては楽しみで仕方がないだろう。

 ぜひとも次は世界が注目する海外メジャーで、もうひと暴れしてもらいたいものだ。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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