今から15年前の2009年に発表されたアジアの小さな作品ながら、ここ日本でまるで世代を超えて読み継がれる絵本のように愛され続けられている映画がある。

　51歳の若さでこの世を去ったヤスミン・アフマド監督の映画「タレンタイム～優しい歌」だ。

　マレーシアの女性監督で、アジア映画を牽引する存在だった彼女の残念ながら遺作となった同作は、日本で「タレンタイム～優しい歌」のタイトルで正式に全国ロードショー公開となったのは映画完成から実に8年後の2017年のこと。

　はじめは映画祭などの単発的な上映から始まり、全国公開、そして以後も、その都度アンコール上映が行われるという極めて稀なロング・スパンで上映が続いている。

　その間、着実に作品のファンの輪を広げ、多様な民族が暮らす街で、音楽コンクール「タレンタイム」に挑戦する高校生たちのかけがえのない青春を描いたこの作品を、俳優や監督といった日本の映画人で愛する人も少なくない。

　異例の大ヒットをしているわけではないが、上映される度に新たな作品を愛する人が生まれている映画「タレンタイム～優しい歌」。

　本作を全国公開へと結びつけた配給会社ムヴィオラ代表の武井みゆきさんに話を訊く。全三回／第一回

本人が亡くなったあと、これだけ愛される人も

これだけ愛される作品もそうあるものではない

　先で触れたように本作が日本で一般に全国公開されたのは2017年のこと。2009年に発表された作品が約8年後に公開されることになる。

　時を経て劇場初公開になる作品は珍しくはない。でも、大概は、たとえば監督が急逝して劇場未公開だった作品を急遽公開といったなにかしらのきっかけがある。

　ただ、「タレンタイム～優しい歌」に関してはすでに監督のヤスミン・アフマドは他界している。

　大きなトピックスのようなものはなかったと思うが、なぜ8年後に全国公開に至ったのか？

　その経緯について武井さんはこう語る。

「実のところ、残念ながらわたし自身はヤスミン・アフマド監督にお会いしたことはないんです。

　ただ、ヤスミンが亡くなった後も、定期的に自主上映会が開かれていることは知っていました。また、知り合いの映画関係者からヤスミンと彼女の作品のすばらしさは伝え聞いていたんです。

　亡くなったあとも、これだけ愛される人もこれだけ愛される作品もそうあるものではない。だから、ほんとうに惜しい人が亡くなられてしまったんだなと思っていました。

　そこから、なぜ配給して全国公開を目指したかというと、確か2014年に『タレンタイム』の上映会がまたあったんですね。そこにうちのスタッフが行ったんですけど、聞くと『満席だった』と。で、ほかの日も満席だったそうですとの報告を受けたんです。

　その時点で、ヤスミンが亡くなって4～5年は経っているんですけど、いまだに愛する人がいて、多くの人が足を運んでいる。『すばらしいな』と思いました。

　ただ、一方で、惜しいと思ったといいますか。

　上映会が開かれるのはほとんど東京中心であと大阪ぐらい。

　それほど愛してやまない人がいる映画ならば、全国でみていただける機会を作ったほうがいいんじゃないかと思ったんです。

　そこで本気で日本で配給して全国の劇場で公開できないかと考え始めました」

作品発表から8年の時を経て全国公開へ

　そこから動き始めたという。

「当時、コミュニティシネマセンターが、『タレンタイム』の自主上映の際の権利者の窓口になっていて、 マレーシアのセールス会社の連絡先を知っていたので教えていただいて。セールス会社に日本の劇場で全国公開したいとの旨の連絡をしました。2015年のことだったと思います。

　向こうの反応としてはびっくりしていましたね（笑）。

　2009年の作品ですから、6年ぐらい経っている。『こんなに時間が経っていて日本で劇場公開したいってどういうことだろう』とちょっと怪しんでいたかもしれません。

　まあ、ただ、『是非やりたいんです』とこちらの熱意を伝えたら、先方も受けとめてくださって話は問題なくまとまりました。

　それで晴れて2017年に日本で全国公開することになりました。

　2009年の映画ですし、最初は地方の劇場のブッキングにかなり苦戦しました。

　ただ、作品のすばらしさとヤスミン・アフマドという監督のすばらしさを丁寧に伝えていったら、賛同してくださる劇場さんが出てきてくださって、一応、全国の劇場での公開に漕ぎつけました。

　で、そのことをセールス会社に一応報告したんです。『日本のほぼ全国で公開が決まりましたよ』と。

　そうしたら、なんとマレーシアの新聞に大々的に取り上げられたんです。『日本の映画配給会社が「タレンタイム～優しい歌」を8年後に全国公開する』とほんとうに大きい記事で伝えられたんです。

　もう驚いたんですけど、それだけマレーシアの映画人、文化人にとってヤスミン・アフマドは大きなかけがえのない存在だった。

　そのことの裏返しだなと思って、そのことが感じられて、ちょっとチャレンジングなことではあったんですけど、日本で劇場公開してよかったなと思いました」

（※第二回に続く）

＜ヤスミン・アフマド没後15年記念アンコール『タレンタイム〜優しい歌』＞

「タレンタイム〜優しい歌」

監督・脚本：ヤスミン・アフマド

撮影：キョン・ロウ

音楽：ピート・テオ

出演：パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショールほか

特別上映「細い目」

監督・脚本：ヤスミン・アフマド　

撮影：キョン・ロウ　

出演：シャリファ・アマニ、ン・チューセン、ライナス・チャン、タン・メイ・リン、ハリス・イスカンダル、アイダ・ネリナ、アディバ・ヌール

詳しくは公式サイト　→　www.moviola.jp/15th_talentime

シアター・イメージフォーラムほか全国順次上映中

写真はすべて（C）Primeworks Studios Sdn Bhd