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受動喫煙でも高まる「女性のHPV感染リスク」

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 タバコは子宮頸がんの危険因子だ(※1)。そして子宮頸がんには、ヒトパピローマウイルス(Human Papilloma Virus、HPV)の感染の影響が強く、またタバコとHPVとの関係も疑われている(※2)。米国で受動喫煙も含め、タバコ煙によるHPV感染のリスクを調査した研究が発表された。HPV感染と発がんの予防にはワクチン接種が明らかに有効だ。この記事ではその議論はしないが、日本産科婦人科学会はHPVワクチンの積極的な接種を再開するよう求めていることを記しておく(※3)。

タバコは子宮頸がんのリスク因子

 子宮がんは、大きく子宮体がん(Endometrial Cancer)と子宮頸がん(Cervical Cancer、CC)に分けられる。子宮頸がんの主な原因としてまず挙げられるのが高リスクHPV(発がん性の高い遺伝子タイプ6型、11型、16型、18型など、※4)の感染で、特に20代、30代でこのタイプのHPV割合が多い。

 男女とも80%以上の人は、生涯に一度は高リスクHPVに感染し、その後の数年から10年以上かけて浸潤がんに変化する。このタイプのHPVに感染すると、子宮頸部、膣、陰茎、外陰部といった性器のがん、そして口腔・咽頭がんのリスクを高める。つまり、男性の陰茎がんの原因にもなるというわけだ。

 高リスクHPVの感染者は世界に約3億人、日本に約100万人いると推定され、前がん病変(Cervical Intraneoplasia、CIN)になった患者は日本で約10万人、子宮頸がんの患者は1万人以上いると考えられている(※5)。WHOによれば、毎年50万人以上が子宮頸がんにかかり、25万人が死亡しているという。

 HPV感染リスク要因は男女とも性的接触だが、タバコがHPV感染に影響を及ぼすようだ。性的接触による感染を避けるのは難しいが、タバコを吸うことでリスクが高くなるのならHPV感染を予防する意味でも喫煙を止めたほうがいい。

 1951年10月4日に子宮頸がんにより31歳という若さで亡くなったヘンリエッタ・ラックス(Henrietta Lacks)という米国人女性は、本人の同意なく取り出された腫瘍細胞が不死化した細胞種(Hera細胞)となり、その後の全世界のがん研究に役立てられた。バージニア州で生まれた彼女は、幼い頃からタバコ畑で働き、周囲の男性のほとんどは喫煙者だった。

 それが子宮頸がんの原因だったかどうかは今となってはわからない。だが、彼女とHera細胞について紹介した書籍には、タバコ畑での労働、そして結婚後に移住したメリーランド州ボルチモアの劣悪な大気汚染のことが繰り返し記述されている。

 タバコ煙は自分が吸っているもの以外の受動喫煙でも女性の高リスクHPV感染の危険性を高めるという研究結果が、米国の産科婦人科医のための医学雑誌『Obstetrics & Gynecology』に掲載された(※6)。喫煙とHPV感染リスクとの研究はあったが、受動喫煙について調べたものは少ない。

受動喫煙でも高リスクとなる

 米国の国立健康統計センター(National Center for Health Statistics、NCHS)が行っている国民健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey、NHANES)の2009〜2014年の成人女性(18〜59歳)を対象にし、HPV感染(HPVを37の遺伝子タイプによって分けた)のリスクとタバコ煙にさらされる3タイプ(タバコを吸わずほぼ受動喫煙にもさらされていない群、タバコは吸わないが受動喫煙にさらされている群、自身が喫煙する群)の関係を調べたという。高リスクを含むHPV感染は子宮頸部と膣からのHPVサンプル採取で評価し、タバコ煙の暴露の3タイプはニコチンの代謝物であるコチニンの濃度(カットオフ値:0.05ng/mL)を採血して評価した。

 合計5158人が調査に参加し、そのうちタバコを吸わず受動喫煙もほぼない群が2778人、受動喫煙にさらされている群が1109人、喫煙群が1271人だった。変数(人種、年齢、婚姻、教育、収入)を調整した結果、タバコ煙にさらされている度合いと性交渉の相手の人数で、高リスクHPV感染の間に相関関係があったという。

 HPV感染の割合では、受動喫煙がない群で29.9%、受動喫煙のある群で48.0%、喫煙群で58.0%となっており、これが高リスクのHPV感染になると受動喫煙がない群で15.1%、受動喫煙のある群で26.1%、喫煙群で32.1%とさらに高くなった(※7)。HPV感染をタバコも吸わず受動喫煙にもさらされていない群とオッズ比(OR、起こりやすさ、リスクの高さ)で比較すると、受動喫煙群で1.7倍、喫煙群で2.1倍となり、高リスクHPV感染では受動喫煙群で1.4倍、喫煙群で1.7倍となり、受動喫煙でも高リスクHPV感染にかかる危険性が明らかに高くなる(※8)。

画像

オッズ比(OR)を受動喫煙なしと受動喫煙あり、喫煙者とで比べた。Christpher M. Tarney, et al., "Tobacco Use and Prevalence of Human Papillomavirus in Self-Collected Cervicovaginal Swabs Between 2009 and 2014" Obstetrics & Gynecology, 2018から数値引用し、筆者がグラフ作成した

 では、なぜタバコ煙がHPV感染や子宮頸がんの発症に関係しているのだろうか。

 ニコチンとその代謝物である発がん性のあるニトロソアミン類(※9)は、脆弱な遺伝子に作用し、がんを発症させることがわかっている(※10)。

 ニコチンが後天的な遺伝子変異や遺伝子修飾(エピジェネティクス、Epigenetics)を引き起こし、その結果、発がんさせているのではないかと考えられるが、ニコチンの持つ受容体刺激が子宮頸がんを発症させるのではないか(※11)という研究もある。アイコス(IQOS)などの加熱式タバコにも従来の紙巻きタバコと同程度のニコチンが含まれているが、ニコチンの代謝物に発がん性があるのなら加熱式タバコも明らかに危険といえる。

 受動喫煙を含むタバコ煙と子宮頸がんに関する調査は女性を対象にしているが、タバコ煙の影響は男性にも及ぶと考えられる。HPV感染は陰茎がんの原因でもあるので、タバコを吸う男性も人ごとではないだろう。

※1:IARC, "Tobacco smoke and involuntary smoking." IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, Vol.83, Lyon, France, IARC, 2004

※2:International Collaboration of Epidemiological Studies of Cervical Cancer, et al., "Carcinoma of the cervix and tobacco smoking: collaborative reanalysis of individual data on 13,541 women with carcinoma of the cervix and 23,017 women without carcinoma of the cervix from 23 epidemiological studies." International Journal of Cancer, Vol.118, No.6, 1481-1495, 2006

※3:日本産科婦人科学会「子宮頸がんとHPV ワクチンに関する最新の知識と正しい理解のために」(PDF、2018/07/22アクセス)

※4:Harald zur Hausen, et al., "A new type of papillomavirus DNA, its presence in genital cancer biopsies and in cell lines derived from cervical cancer." The EMBO Journal, Vol.3, Issue5, 1151-1157, 1984

※5:川名敬ら、「ヒトパピローマウイルスと腫瘍性病変─Neoplastic Diseases associated with Human Papillomavirus Infection─」、化学療法の領域、第22巻、第10号、2006

※6:Christpher M. Tarney, et al., "Tobacco Use and Prevalence of Human Papillomavirus in Self-Collected Cervicovaginal Swabs Between 2009 and 2014" Obstetrics & Gynecology, Vol.132, Issue1, 45-51, 2018

※7:P<.001:HPV感染:受動喫煙がない群95%CI:27.2〜32.7%、受動喫煙のある群95%CI:44.5〜51.6%、喫煙群95%CI:54.5〜51.6%、高リスクHPV感染:受動喫煙がない群95%CI:15.1〜20.9%、受動喫煙のある群95%CI:22.7〜29.7%、喫煙群95%CI:29.6〜34.7%

※8:P<.001:HPV感染:受動喫煙のある群95%CI:1.3〜2.1、喫煙群95%CI:1.7〜2.7、高リスクHPV感染:受動喫煙のある群95%CI:1.1〜1.8、喫煙群95%CI:1.4〜2.2

※9:ニコチンが体内で代謝されるとコチニン、ノルニコチン、4-メチルアミノ-1-(3-ピリジル)-1-ブタノンに変わる。これらの物質が体内で反応すると発癌性のあるニトロソアミンN’-ニトロソノルニコチン(NNN)、4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)を発生させることがある

※10-1:Toshiya Soma, et al., "Nicotine induces the fragile histidine triad methylation in human esophageal squamous epithelial cells." International Journal of Cancer, Vol.119, Issue5, 1023-1027, 2006

※10-2:H Liu, et al., "Cigarette smoke induces demethylation of prometastatic oncogene synuclein-γ in lung cancer cells by downregulation of DNMT3B." nature, Oncogene, Vol.26, 5900-5910, 2007

※11:Itzel E. Calleja-Macias, et al., "Cholinergic signaling through nicotinic acetylcholine receptors stimulates the proliferation of cervical cancer cells: An explanation for the molecular role of tobacco smoking in cervical carcinogenesis?" International Journal of Cancer, Vol.124, Issue5, 1090-1096, 2009

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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