心血管疾患の予防に「魚油サプリ」は効果的か
脂肪(脂肪酸)が我々の身体にとって必須の栄養素として知られるようになってから、まだ100年も経たない(※1)。その脂肪酸の中でオメガ3(ω-3)という脂肪酸の一種が注目され始めたのは、1978年にオランダの医学雑誌「LANCET」にEPA(eicosapentaenoic acid、エイコサペンタエン酸)についての論文(※2)が発表された頃だろう。
オメガ3脂肪酸の効果とは
EPAはオメガ3脂肪酸の一種で、この論文では極地に暮らすイヌイットに心筋梗塞が少なく、彼らの高レベルのEPAを含んだ食生活が血栓を防いでいるのではないかとしている。その後、EPAを含んだ魚食をするオランダ人の研究から、EPAが冠動脈性心疾患(虚血性心疾患)のリスクを軽減するのではないかという論文(※3)が米国の医学雑誌「The New England Journal of Medicine」に出たことでオメガ3脂肪酸が心血管疾患の予防に効果があるという仮説が広まった。
不飽和脂肪酸のオメガ3脂肪酸にはいくつか種類があるが、EPAのほかに魚介類にはDHA(docosapentaenoic acid、ドコサペンタエン酸)も豊富に含まれる。ある研究(※4)ではEPAよりもDHAのほうが肥満男性に対して血管拡張機能を高めて血圧を低く抑える機能があるとする。
また、DHAやEPAは心血管疾患以外にも、抗アレルギー効果や脳機能の向上、脂質代謝の改善といった多様な機能性が知られている。いずれにせよ、DHAやEPA(オメガ3脂肪酸)を含んだ魚介類や魚油を摂取することで高血圧や不整脈などによる心血管疾患のリスクを下げる効果があるとする研究は枚挙に暇がない(※5)。
ところで、オメガ3脂肪酸を摂取するため、魚介類由来の魚油などから作られた多種多様のサプリメントが販売されている。ある研究(※6)によると、魚油サプリメントを飲んだ狭心症の男性で死亡率が高くなったという矛盾する結果が出た。
この研究は英国のサウスウェールズの狭心症にかかっている70歳以下の男性3114人に対し、週に2切れ脂っこいサカナか毎日3カプセル魚油サプリメントを飲むように勧めた群が果物などの群より3〜9年後の心臓突然死を含む心血管疾患による死亡率が高かった(ハザード比1.26)という。もちろん選択バイアスや魚介類の環境汚染(※7)など、ほかの影響も考えられるが、魚油サプリメント、はてはオメガ3脂肪酸について懐疑的な研究が少なくない(※8)。
議論が続く魚油サプリメント
オメガ3や魚油由来のサプリメントについて、議論にはまだ決着がついていない。最近になって、魚油サプリメントと心血管疾患の発症リスクに関する総数7万7917人(平均年齢64.0歳、男性61.4%)が参加した10件の調査をまとめた研究(※9)が米国の医師会雑誌「JAMA(The Journal of the American Medical Association)」オンライン版に出たので紹介する。英国のオックスフォード大学などの研究グループによる論文で、グループにはドイツ、フランス、イタリア、カナダの大学や病院が含まれる国際的な布陣だ。
研究者がメタアナリシス研究で用いたのは、心血管疾患のリスクが高い群(既往歴などによる)をオメガ3魚油サプリメントの使用群とプラセボ群にランダムに割り付けて致死性と非致死性の心血管疾患発症リスクを比較検討した10件のランダム化比較試験(RCT)だ。
平均追跡期間の4.4年の間に6273人(2695人が心筋梗塞などの冠動脈疾患で亡くなり、2276人が非致死性の心筋梗塞を発症)に冠動脈心疾患イベントが起き、1万2001人に心筋梗塞や脳卒中といった深刻な心血管疾患イベントが起きていた。
この結果をオメガ3魚油サプリメントの使用群とプラセボ群とで比較したところ、サプリメントによる統計的に有意な違いはなかったという。とはいえ、サプリメント使用群では冠動脈疾患の死亡リスクが7%(レート比0.93)、非致死性の心筋梗塞リスクが3%(レート比0.97)、その他の冠動脈疾患で4%(レート比0.96)、それぞれ低下していた。
各国の心血管疾患系の学会などはガイドラインでオメガ3サプリメントの摂取を推奨しているが、研究者はその方針に対して議論を深める必要があるといっている。そもそも魚介類を食べることとサプリメントを摂取することは違い、サプリメントの過剰摂取にも危険が伴う。水銀やPCBなどによる魚介類の汚染影響も含め、今後より詳細な調査研究が必要だろう。
※1:A Spector, et al., "Discovery of Essential Fatty Acids." The Journal of Lipid Research, Vol.56, 11-21, 2015
※2:J Dyerberg, et al., "Eicosapentaenoic Acid and Prevention of Thrombosis and Atherosclerosis?” The LANCET, Vol.312, No.8081, 17-119, 1978
※3:Daan Kromhout, et al., "The Inverse Relation between Fish Consumption and 20-Year Mortality from Coronary Heart Disease." The New England Journal of Medicine, Vol.312, No.19, 1985
※4:Trevor A. Mori, et al., "Differential Effects of Eicosapentaenoic Acid and Docosahexaenoic Acid on Vascular Reactivity of the Forearm Microcirculation in Hyperlipidemic, Overawe Men." Circulation, Vol.102, 1264-1269, 2000
※5:Penny M. Kris-Etherton, et al., "Fish Consumption, Fish Oil, Omega-3 Fatty Acids, and Cardiovascular Disease." Circulation, Vol.106, 2747-2757, 2002
※6:M L. Burr, "Lack of Benefit of Dietary Advice to Men with Angina: Result of a Controlled Trial." Europiean Journal of Clinical Nutrition, Vol.57, 193-200, 2003
※7:Dariush Mozaffarian, et al., "Fish Intake, Contaminants, and Human Health- Evaluating the Risks and the Benefits." JAMA, Vol.296(15), 1885-1899, 2006
※8:William S. Harris, et al., "The Omega-3 Index: a new risk factor for death from coronary heart disease?" Preventive Medicine, Vol.39, Issue1, 212-220, 2004
※9:Theingi Aung, et al., "Associations of Omega-3 Fatty Acid Supplement Use With Cardiovascular Disease Risks: Meta-analysis of 10 Trials Involving 77917 Individuals." JAMA, doi:10.1001/jamacardio.2017.5205, 2018