社員に「在宅スルー」される会社の特徴
■なぜ会社が推奨するのに「在宅スルー」?
「去年の緊急事態宣言のときは在宅勤務したけど、もうやらない。どんなに会社に言われてもスルーする」
そう言い切るベテラン営業に、私は「なぜ」と質問した。その答えは、
「在宅勤務なんてしてたら仕事の生産性が落ちる。仕事は会社でやるもんだ」
このように返ってきた。
若い人でも「在宅スルー」する人は多い。「会社は在宅勤務を推奨しているけれど、上司がオフィスに出ているから」とか「オフィスに行かないと仕事をする環境が整っていないから」といった消極的な意見ではない。
「オフィスのほうが仕事がはかどると思います」
と、積極的にオフィス勤務を選ぶ。こういう人は実に多い。
新型コロナウイルス感染症の影響で、在宅でテレワークする人が急増した。しかしいっぽうで、積極的にオフィス勤務を選択する人もいまだ多い。
会社から推奨されてもスルーして、オフィス勤務を続ける人たちだ。2021年1月8日から1都3県で緊急事態宣言が発出された。宣言は再延長され、今でも首都圏は解除されていない。それでも「在宅スルー」する人たちは多くいる。
毎朝の通勤電車を見れば明らかだ。
■嫌だから「オフィス勤務」に、は通用しない
「在宅スルー」する人のほとんどが、オフィスで働いたほうが「生産性が高い」「仕事がはかどる」と口にする。家に幼子がいたり、住宅事情で在宅勤務が困難なわけではない。やろうと思えばできるのだが、
「何となく」
という理由でオフィス勤務を選ぶのだ。そのほうが絶対に効率よく仕事ができると信じているからだろう。
現在は多様性の時代だ。
価値観が同質的な「同質集団」よりも、いろいろな価値観、考え方のメンバーが集う組織のほうが成果を出す時代である。
であるから、在宅勤務をして生産性が高まる人は在宅でもいいだろうし、オフィスのほうが仕事に集中できるというのであれば、オフィス勤務でもいいだろう。
業務の性質上、どちらを選択しても問題がないのであれば、個人に任せてもいいと私は考えている。
ただBCP(事業継続計画)の観点からしたら、どうか。BCPとは、危機的状況に陥ったときでも、事業が継続できるようにする方策のことだ。
感染症や災害のみならず、テロやシステム障害といった、想定外のことが起きたときでも滞りなく業務を遂行できる環境を整えておくことは、現代においては会社の使命の一つ。
つまり、ふだんはオフィス勤務であっても、いざとなったら在宅勤務でも同じパフォーマンスで仕事ができるようにする。それが現代の従業員に求められる意識、スキルだろう。
単に在宅勤務が嫌だからオフィス勤務に、という考えはこれからの時代、通用しない。
■会社の制度や通信環境が理由ではない
興味深い例がある。
昨年8月に転職したAさんの話だ。Aさんは前職で度重なる会社の呼びかけにも応じず「在宅スルー」を続けた。
4月に緊急事態宣言が発出されたときは2週間ほど在宅でテレワークした。しかし、途中からオフィス勤務に切り替えた。同僚の大半も在宅勤務をやめて出社するようになった。
本社の管理本部からは、
「コロナとは関係がなく、働き方改革の一環として、これを機会に在宅勤務制度を導入する」
と通達があり、円滑に在宅勤務ができるよう環境整備のための特別手当なども支給された。会社の対応はとても速かった。
しかし、Aさんがいたこの会社で在宅勤務をしたがる人はほとんどいなかった。
「通勤時間が長いだろう。これからはそんなストレスから解放される。積極的に在宅勤務制度を活用してほしい」
と上司に言われ、
「ありがとうございます」とは答えた。それでも、Aさんは「在宅スルー」を続けた。
そんなAさんも昨年の8月に転職。会社に不満があったわけではなく、あくまでも家の事情が転職の理由だった。そして現在の職場に移ったのだが、なんと新しい職場ではフルタイムで在宅勤務しているという。
前職のほうが規模の大きな会社で、制度もキッチリと整備されていた。現在の職場は小さな町工場。その事務職に就いたAさんだが、社長夫婦から「在宅でもいいよ」と言われて、それを受け入れた。
なぜAさんは新しい職場で「在宅スルー」しなかったのか?
その答えは、組織の「心理的安全性」にある。
給与や制度、あらゆる面で待遇は前職のほうがよかった。しかし個人と個人の心の距離が遠かった。
「オフィスに出ないと、激しい孤独感に苛まされるからだと思います。よくわからないんですけど、ずっと在宅勤務していると、もう仕事が割り当てられないんじゃないかという恐怖すら感じるのです」
このように「在宅スルー」する人は決して不真面目ではない。それどころか、会社に貢献したいという気持ちがある。
しかし上司や同僚が「仕事」にばかり意識をフォーカスしていると、「人」に関心を寄せられない。オフィスで顔を見せたりして、自分の存在感をあえて意識させないと、声をかけられなくなる、仕事を割り当てられなくなる、という気持ちになるそうだ。
いっぽうAさんの転職先はどうだったか。
従業員30人程度の小さな工場だ。待遇などは前職よりも見劣るが、社長夫婦のフレンドリーな性格もあり、まるで家族のような雰囲気の会社だ。Aさんはすぐに打ち解けた。在宅であっても、上司はもちろんのこと、社長からも連絡がある。
「毎日オンラインの朝礼とか夕礼があって、すごく声をかけてくれるんです。社長みずからが私の名前を呼んで話しかけてくれるのが嬉しい」
毎日1~2回は社長やその奥様の専務から声がかかると言う。アットホームな雰囲気で、オンラインのランチ会や飲み会も頻繁に実施される。強制ではないが、Aさんは時間がある限り、積極的に参加するのだと言う。
「前の職場では、いろいろな理由をつけて飲み会を断っていました。決して職場の人が嫌いだったわけじゃないんですが」
■「在宅スルー」される会社の特徴
心理的安全性の高い組織は、リーダーたちの「人」に対する意識が高い。どちらかというと「設定型」でメンバーと関わろうとする。
いっぽう心理的安全性の低い組織は反対に「発生型」だ。どういうことか?
「設定型」というのは、つまり”事前に決めておく”というスタイルである。リーダーがメンバーに声をかける、労いの言葉をかける、そういう行動を事前に決めておき、率先して関わろうとする。
いっぽう「発生型」は、”たられば”のスタイルだ。
メンバーから声をかければ応じるし、オフィスで顔を見れば声をかける。だから、メンバーが在宅勤務だと、声をかけるタイミングが「発生」しない。そのため、どんどん組織内コミュニケーションの量が減っていくのだ。
だから在宅勤務をしていると、孤独感を覚えたり、よけいな思考ノイズが頭の中を乱反射する。
要するに、問題は「働き方」にあるのではなく、上司やリーダーたちの姿勢にあるのだ。
現状の働き方を変えたくないので「在宅スルー」する人もいるだろう。しかし、明確な理由もなく「在宅スルー」をする人が多い組織は要注意だ。心理的安全性が低く、組織に対する「エンゲージメント(愛着心)」のスコアが低いことが原因の可能性もある。
コロナとは関係なく、今後も外部環境はドラスティックに変化していくだろう。そのたびに組織の潜在的な問題があぶり出されるはずだ。そのタイミングでいかにはやくその問題をキャッチアップできるか。組織リーダーの、日ごろの姿勢にかかってくることは間違いない。