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天皇賞を勝ったルメールと、大逃げして2着に粘った吉田豊がそのレース振り返る

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
天皇賞の直線。逃げるパンサラッサ(3番)と追い込んで来たイクイノックス(7番)

◆スタート

 「思っていた通り、出てくれました」

 そう語るのはクリストフ・ルメール。10月30日に行われた天皇賞(秋)(GⅠ)で、イクイノックスに騎乗していた。レース前には美浦の木村哲也厩舎を訪れ、調教に跨っていた。

 「3歳なので、春先と比べても成長を感じました。元々精神面は大人だけど、肉体面でゆるいところがあって、だからダービーもゆっくりのスタートになってしまいました。でも、調教に乗って、ゆるいところは随分となくなってきていると感じたのでスタートは出てくれると思っていたところ、やっぱり好スタートを切ってくれました」

パドックでのイクイノックスとルメール騎手
パドックでのイクイノックスとルメール騎手

 そんなルメール以上にホッとしていたのが吉田豊だった。騎乗したのは栗東・矢作芳人厩舎のパンサラッサ。「逃げてこそ」の馬だった。

 「ゲート裏までメンコ(耳覆い)を被せたここ2走、スタートが今ひとつでした。だから今回は少し気合いを入れるために馬場入り時点でメンコを取ろうと考えていたのですが、パドックで結構ピリッとしていたので、いつも通り結局ゲート裏で外しました。内枠(3番)なので出遅れたらアウトですからね。スタートだけは注意しました」

 すると、近2走と違いスンナリと出た。しかし、そのままスっとハナを奪えたわけではなかったので、押して主導権を奪いに行った。

 「ジャックドールの方が好発だったけど、藤岡(佑介)君が『先頭へ行ったら絡んで来るんでしょ?』という感じで無理に行かず、僕が行くのを待ってくれました」

 こうして先頭へ行けたと思えた次の刹那、ノースブリッジがかわしに来た。

 「バビットが来たと思ったらノースブリッジでした。でもノースブリッジも競り合いたくはなくて、僕の後ろを取りたかったようです。だからこちらがひく構えを見せなかったら下がっていきました」

 こうしてパンサラッサがハナへ。イクイノックスは中団でレースを進めた。

パドックでのパンサラッサと吉田豊騎手
パドックでのパンサラッサと吉田豊騎手

◆1000メートル通過

 57秒4。

 前半の通過ラップがターフビジョンに映されると、スタンドからどよめきが起きた。

 「数字的には速いかもしれませんが、パンサラッサは無理なく走れていました。同じ57秒台でもバビットとかジャックドールが絡んで来たらこっちもいっぱいになると思ったけど、パンサラッサがハイラップで行くのを皆も分かっているから下手について行けないですよね。お陰で道中は良い感じで行けました」

 同じく好手応えを感じていたのはルメールだ。

 「後からレースを見直して57秒台と知りました。でも、それはパンサラッサの時計です。自分のいる位置は決してハイペースではありませんでした。乗っていてもGⅠらしい良い流れだな、と思ったし、その間もイクイノックスの手応えは終始良かったです」

◆3〜4コーナー

 「変わらず良い感じで走ってくれていました」

 そう感じた吉田は、パンサラッサに合図を送り、後続との差を更に広げにかかった。

 「待って後ろを引きつけたら最後にまた突き放せるというタイプではありません。むしろリードを保ってどこまで我慢出来るか?という馬。だから差を広げに行きました」

 「そんな事になっているとは全く知りませんでした」

 ルメールはその時の状況をそう言い、更に述懐した。

 「良い感じで追走出来ていると感じました。ただ、中団の外側にいたので、インを逃げるパンサラッサとの間には何頭も挟まっていたから、どのくらい差が開いているかは見えませんでした」

パンサラッサが2番手以下を突き放して逃げた3~4コーナー
パンサラッサが2番手以下を突き放して逃げた3~4コーナー

◆4コーナー〜直線

 「理想的な感じで直線に入れた」

 そう感じた吉田は、直線に向いてからターフビジョンに目をやった。

 「後ろとの差がかなり開いているのが分かりました。まだ手応えはあるし、これなら粘り切れるかも?!と思いながらゴーサインを出しました」

 4コーナーを回る時、左前に馬群を捉えていたのがルメールだ。

 「シャフリヤールやアブレイズが近くにいました。それと、僕が強敵と考えていたジオグリフもいたのですが思ったほど手応えが良くないようなのでかわしに行こうと思いました」

 そこで馬群の外に出した。内にいるシャフリヤールやジオグリフ、アブレイズの外に出したその時、思わぬ光景が目に飛び込んだ。

 「そこで初めて15馬身くらい前にパンサラッサがいるのを知りました」

 さすがのルメールも驚いた。

 「パンサラッサは良い馬だし、イクイノックスはキタサンブラックの仔で大飛びだから瞬時に反応が出来ない。だから届かない可能性があると思い、慌てて追いました」

パンサラッサの独走かと思えた最後の直線
パンサラッサの独走かと思えた最後の直線

◆最後の直線

 しばらくするとイクイノックスのエンジンがかかった。前との距離はまだまだあったので、ルメールは更に追った。すると、相手の手応えも見える彼は、次のように感じた。

 「エンジンがかかってからは凄い伸びをしてくれたので、ラスト300メートルくらいでは捉えられると思いました」

 一方、後ろの様子は分からない吉田は、その時もまだ「粘れるのでは?!」と考えていた。

 「ラスト200メートルくらいまでは残れると思っていました。でも、そこから先が長かったです。ラスト100では完全に脚が上がってしまったので追っても追ってもゴールが近付いて来ませんでした」

ラスト300メートルで「勝てる!!」と思ったルメールのイクイノックス(7番)と、その時点では「粘れるのでは?!」と考えていた吉田豊のパンサラッサ(3番)
ラスト300メートルで「勝てる!!」と思ったルメールのイクイノックス(7番)と、その時点では「粘れるのでは?!」と考えていた吉田豊のパンサラッサ(3番)

◆ゴール

 粘るパンサラッサをイクイノックスだけが並ぶ間もなく抜き去った。2頭は内と外、離れてのゴールとなったが、ルメールも吉田も互いに勝敗を自覚していた。

 「あそこまで行ったら粘ってほしかったけど……」

 そう口を開いた吉田は更に続けた。

 「勝てなかったのは残念だけど、見せ場は作れたし、惨敗でもなかったですからね。パンサラッサは頑張って良く走ってくれました」

 一方、喜びを爆発させたのはルメールだ。

 「GⅠを勝てる力はあると思っていたけど、皐月賞、ダービーと連続して惜敗だったので、少しフラストレーションがありました。それが古馬を相手に初めて勝てたので、僕もとても嬉しかったです」

 ゴール後、吉田豊と何かしら言葉をかわしたのかを聞くと、かぶりを振って、答えた。

 「イクイノックスの末脚が凄かったので、ゴールした後はアッという間に差が開いてしまいました。だから話せませんでした。でも、パンサラッサは素晴らしい馬だし、吉田さんが完璧に手の内に入れているからこその結果だと思います。次に顔を合わせた時に健闘を讃え合いたいです」

 第166回天皇賞(秋)を制したのはイクイノックス。勝ち時計は1分57秒5。2着パンサラッサとの差は1馬身だった。

最後に差し切って勝利したイクイノックスとルメール
最後に差し切って勝利したイクイノックスとルメール

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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