マーメイドSに臨む若手調教師が「横山典弘が勝ったダービー」で受けた刺激とは?
運だけでは勝ち続けられない
「すっごく可愛い子なんです」
白い鼻面を撫でながら満面の笑みでそう語るのは嘉藤貴行。1981年11月生まれで現在42歳。開業3年目の若き調教師だ。
「開業直後に運良くポンポン勝てた事もあり、その後『この厩舎なら』と預けてくれるオーナーも現れて、うまく回ってくれていると思います」
開業年にいきなり16勝。2年目となった昨年も15勝を挙げると、今年も6月9日現在で既に12勝。ジョージテソーロではドバイへも遠征した。
しかし、この嘉藤の言葉を鵜呑みにしてはいけない。運良く勝つ事は稀にあっても、運だけで勝ち続ける事は出来ないのが、競馬の世界の掟である。
運だけではない例として、レスポンスを見ながら馬との関係性を築くナチュラルホースマンシップを試す等、新しい試みも取り入れている。しかし、これについても嘉藤は次のように語る。
「そういうのもスタッフが納得して勉強しながらやってくれているので、機能しているかな?という事だと思います」
“笛吹けども踊らず”にならないのは、あくまでもスタッフのお陰だと指揮官はこうべを垂れるのだ。
マリネロをマーメイドSに
さて、そんな姿勢の中、今年に入りマリネロが1勝クラス、2勝クラスを連勝。3勝クラスの弥彦Sこそ敗れたが、今週末のマーメイドS(GⅢ)に駒を進める事になった。
「弥彦Sは道悪をこなすと思って内へ入れたけど、想定していた以上に悪い馬場で伸びを欠いたという事だと思います。実力で負けたわけではないので参考外でしょう」
怪我の功名か、その敗戦があったせいで今回のハンデは50キロにとどまった。過去にも軽ハンデ馬が度々穴を開ける傾向にあるレースだけに、今回のマリネロも侮れないだろう。
「とにかく大人しくて可愛い馬なので、なんとか大仕事をしてほしいですね」
ダービーで受けた刺激
最近では先日の日本ダービー(GⅠ)で改めて刺激を受けたという嘉藤が口を開く。
「ジョッキー時代に未練があるまま一度辞めようと考えた事がありました。その時に『辞めるのはいつでも出来るからやるだけやった方が良い』とアドバイスをくれたのが、ノリさん(横山典弘)でした。その言葉で翻意したお陰で、心置きなくやってから引退出来たし、現在があると思います」
そんな恩人といえる横山典弘が勝利したシーンに心が震えた。そして、自らがデビュー16年目にして初めて参戦出来た2015年の競馬の祭典を思い出した。
「コメートに騎乗して初めてダービーに乗れました。当日の大歓声も印象的だったけど、金曜日に調整ルームへ向かう車の中で『レースを壊すような騎乗をしたらどうしよう……』と考えて、無茶苦茶緊張したのをよく覚えています」
それでも競馬は大健闘。勝ったドゥラメンテから0秒7差、2着馬とは僅か0秒4差の5着。16番人気ながら掲示板を確保してみせた。
「皆さんに健闘と言ってもらえるのですが、自分としてはもっと出来たのではないか?と反省をしました」
だからこそ、現在1番勝ちたいレースは日本ダービーだと、旗幟鮮明に語る。
立場は変わったが、いつの日か、嘉藤がダービーでリベンジを果たす日を見てみたい。いや、今年のダービーは終わったばかり。先の話をするよりも、まずは今週末の京都競馬場の牝馬の重賞で、白い馬体が光り輝くか、注目しよう。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)