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ピルを飲むと「男性の好み」が変わる

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 哺乳類のオスメス有性生殖の場合、排卵の周期が重要になってくる。なぜなら、メスが排卵した後の卵子にオスの精子が受精して子が生まれるからだ。中にはネコ科の動物のように交尾という刺激が排卵を引き起こすタイプの種もいるが、排卵の周期がわからなければ交尾のタイミングもわからず、受精する確率は低くなるだろう。

ヒトは発情期を隠す

 我々ヒトもそうだが、排卵に交尾刺激が必要ではないタイプの動物を自然排卵動物と呼ぶ。この種の動物は、メスがオスに対して発情というメッセージを送り、受精して妊娠する確率の高い時期を知らせる。

 発情の種類は動物によって多種多様だ。マウスの発情期間は約1日で約1週間の周期で繰り返され、イヌ科の動物の場合、発情期間は約1週間で年に一回か数回程度の頻度で現れる。発情期以外、普通この種の動物は交尾しない。しても無駄だからだが、発情期間が長い動物の場合、その期間内に受精する確率が低い期間が含まれる場合もある(※1)。

 だが、我々ヒトの女性は、排卵周期を隠したり発情期がはっきりしていなかったりする。生理の周期が不安定な場合、自分でも正確にそれらがわからない女性も多い。だが、生理の周期があることは確かだ。

 一般的にヒトの女性の生理周期では、月経(3〜7日)、卵胞期(月経後から7日前後)、排卵期(卵胞期後から5日前後)、黄体期(排卵期後から10日前後)というサイクルになる。この期間では、排卵日の2日〜1日前が最も受精しやすいとされている。排卵日は次の月経開始日から14日±2日前になるから、排卵周期が安定していない場合や体調変化などで次の月経開始日が正確にわからない以上、いつ受精しやすいかどうかわからない、ということになる。

 一方、ヒトの男女は、妊娠の可能性が高い受精可能な期間に異性の好みが変わることがわかっている(※2)。例えば、排卵期間中の女性は「男性的」で「顔が整い」「遺伝的に遠い」タイプの男性を好むようだ。また、女性の好む男性の声質も排卵期間中に変化するらしい(※3)。男性も排卵期間中の女性に惹かれる傾向があり、ヒトにも排卵の周期が影響した一種の発情期のようなものがあるのだろう。

ピルを飲むと好みが変わる

 ところで、排卵を抑制する低用量ピル(経口避妊薬)を服用している女性の場合、こうした男性の好みが変化が少なくなったり、むしろ好まなくなったりするようだ。つまり、女性の性的な異性の選択に、生理を調整している低用量ピルが影響を与える可能性がある、ということになる。

 ヒトの顔の好みを研究している英国スコットランドのスターリング大学などの研究グループは、低用量ピルを使用してもらった18人(18歳から24歳)、そしてピルを服用しない37人(18歳から25歳)の女性を比較し、男性の好みを調査した(※4)。彼女たちはニューキャッスル大学の大学生や大学事務員で、全員がボランティアとして自分の意志で参加した。どちらの群もテスト前の3ヵ月間はピルを服用していない。

 全ての参加者にはテスト開始後の3ヵ月間に2回のテストが行われた。ピルを服用してもらう群には、ピル服用前の1回目のテストを妊娠の可能性が高い月経周期の10〜14日目で行い、その後、次の卵胞期が始まる際に用意された低用量ピルを服用してもらい、3巡目のサイクルの時点で2回目のテストをした。一方、ピルを服用しない対照群では、2回とも妊娠の可能性が高い期間にテストした。

 1回目のテストでは、参加者の女性たちにそれぞれ男女20人ずつの顔写真を合成して造られた顔の変化を見てもらい、男性の顔の場合は一夜限りの相手か長期的な関係を望む相手かという質問、女性の顔の場合は魅力的と思える顔という質問に回答し、ピル服用群と比較群とで好みの違いを評価した。顔はモーフィングによって女性的と男性的な要素の間で変わり、参加者はマウスの操作でインタラクティブに顔を変化させ、その中から好みの顔を選ぶ。質問に該当する顔に変化したらマウスをクリックして止める、というわけだ。

画像

左の4枚の写真は、上が男性で下が女性、それぞれ女性的(左)と男性的(右)になっている。右の棒グラフは、縦軸が好みの評価、異性(Opposite-sex)と女性(同性、Same-sex)の違いを表す。茶色がピルを服用している群、青色が比較群で、異性の好みの評価(男性的な顔を好むかどうか)が茶色のピル服用群で低くなっていることがわかる。Via:Anthony C. Little, et al., "Oral contraceptive use in women changes preferences for male facial masculinity and is associated with partner facial masculinity." Psychoneuroendocrinology, 2013

 この研究では3ヵ月間の2回のテストでの差を評価しているが、男性に対してピル服用群の女性で男性的な顔を魅力的と判断する割合が低くなった。一方、短期的か長期的かという関係の違いは顔の好みと相関せず、両群間で女性の顔の好みでも大きな違いはなかったようだ。

ヒトが発情期を隠す理由

 研究グループは、さらに科学展示会場に来場していた異性愛者の170組の男女カップル(18歳から73歳、平均35.8歳)を対象に対面式のアンケート調査を実施した。実生活でのピルの影響を調べるためだ。

 これらカップルを低用量ピルを使用している群とそうでない群に分け、最初のテストの男性の顔などの画像データを用い、魅力的に感じる顔を選んでもらった。すると、ピルを使用していない群で男性的な顔に高い評価を与える傾向がみられた、という。

 避妊薬として使われているピルは、含まれるホルモン量の少ない低用量ピルだ。認可されて15年以上が経った日本では市販薬でなく、処方には医師の処方箋が必要となる。また、生理の安定や生理痛軽減のために同じような低用量ピルや超低用量ピルが使用されるケースも多い。こうした場合の低用量ピルは、月経困難症の治療目的に保険適用されることになっている。

 いずれも副作用が出るなど、使用に適さない人がいるので、医師の適切な診断を受けた上、自身の身体の状態や体調などをよく考えながら処方してもらうことが重要だ。もちろん、望まない妊娠を避けるためにも低用量ピルは上手に使うべきだろう。

 ところで、女性は「優秀」と思われる遺伝子、例えば生命力に富んでいたり病気に強い遺伝子を持つ男性に惹かれる傾向にあると考えられるが、そうした男性は数が少ない上、必ずしも子育てに向いているとは限らない。ヒトの子どもは手がかかり成長に時間がかかる。優秀そうな遺伝子を持ち、かつ子育てに協力的な男性を探すことで、女性は自分の子どもの生存確率を高めようとするだろう。

 一方、つがいを形成する生物を共通して観察した結果、一定の割合でパートナー以外が父親の子どもが生まれることが知られている。もし女性が男性パートナーの目を盗んで不倫をしていたら、生まれた子どもの父親がそのパートナーかそうではないか、母親である女性にもわからない(もっとも現在は、遺伝子検査などで確認は可能だ)。

 不倫の疑いがあれば男性は女性への不審をぬぐいきれないが、女性の排卵周期や発情期がわからない以上、確かめる方法はない。つまり、排卵周期や発情期を隠すことで、女性はパートナーの男性に対し、自分が生まれた子どもの父親だと思わせることができる、というわけだ。

 実際、ヒトと同じように一夫一婦で子育てをするテナガザルのメスも、自分の発情期をオスに隠すことが知られている。ヒトの女性が排卵周期を隠したり発情期がない理由は、一夫一婦のつがいを形成して男性に子育てを助けさせるための戦略かもしれない。

 紹介した研究は、低用量ピルを飲んでいる女性の男性の好みが変わる、という内容だったが、そもそもヒトの行動や生態は複雑だ。その影響がいったいどんな形で我々の実社会に表れるのか、予想はかなり難しいだろう。

※1:河田雅圭、「哺乳類における発情の進化─雌個体にとっての有利性─」、哺乳類科学、第45号:7-27、1983

※2:A C. Little, B C. Jones, "Variation in facial masculinity and symmetry preferences across the menstrual cycle is moderated by relationship context." Psychoneuroendocrinology, Vol.37, Issue7, 999-1008, 2012

※3:D R. Feinberg, B C. Jones, M J. Law Smith, F R. Moore, L M. DeBruine, R E. Cornwell, S G. Hillier, D I. Perrett, "Menstrual cycle, trait estrogen level, and masculinity preferences in the human voice." Hormones and Behavior, Vol.49, Issue2, 2006

※4:Anthony C. Little, Robert P. Burriss, Marion Petrie, Benedict C. Jones, S. Craig Roberts, "Oral contraceptive use in women changes preferences for male facial masculinity and is associated with partner facial masculinity." Psychoneuroendocrinology, Vol.38, 1777-1785, 2013

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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