角松敏生 過去作品にも妥協を許さず「落とし前」をつける 全ては「次」のために
前作の"落とし前"リメイクアルバム『SEA IS A LADY 2017』がインストアルバムとしては異例のヒット
角松敏生が昨年に5月にリリースした『SEA IS A LADY 2017』は、インストゥルメンタルアルバムとしては異例の、アルバムランキングの4位に入るヒットになり『第32回日本ゴールドディスク大賞“インストゥルメンタル・アルバム・オブ・ザ・イヤー”』を受賞した。この作品は1987年に発売した同アルバムのリメイクで、角松曰く「落とし前をつけたかった」作品のひとつだった。昨年のインタビューでは、当時の事を振り返り「歌手がただギターを弾いているだけ」と、自身のスキルとアルバムの完成度に納得がいっていなかった。しかし『~2017』は「30年に渡るギター探求の総決算というか、僕なりの集大成」と言っているように、ようやく納得のいくものを作り上げる事ができた。そして次の“落とし前シリーズ”の制作にとりかかった。それが、4月25日に発売された、ビッグバンドとのコラボレーションに挑んだアルバム『Breath From The Season 2018~Tribute to Tokyo Ensemble Lab~』だ。改めて角松にインタビューし、このアルバムについて、そして待たれるオリジナルアルバムについても聞いた。
Tokyo Ensemble Labへ敬意を表して
遡る事30年前。当時角松がプロデュースを手がけた、トランペッター数原晋率いる、一流のスタジオミュージシャンで結成された「Tokyo Ensemble Lab」のアルバムが『Breath From The Season』(1987年7月)だ。ビッグバンドジャズの醍醐味をミックスさせた、このPOPインストアルバムは、当時のジャズフュージョンというジャンルの盛り上がりにも乗り、ヒットした。『~2018』は、そのカバーではなく、ビッグバンドスタイルをベーシックにして、過去の角松の楽曲のリメイクを中心としたアルバムだ。当時、角松は『Breath~』に関しては、トータルプロデュース的な関わり方で、実質は数原とミュージシャン、アレンジャーの力によるところが大きかったという。それがずっと心にひっかかていた角松は、やはり“落とし前”を付けたくなった。それはこのアルバムだけではなく、ジャズというものに対してもだ。
「ジャズが面白くなってきた。今ビッグバンドジャズの作品を出しても、ファンの人も面白がってくれると思った」
「ジャズが、全てのポップスのメソッドの源流にあるという事を知らずにやって来て、そういう事って後からわかってくるんですよね。それでだんだん面白くなっていく。僕も当時はジャズは高尚でスノッブで難解だから、その難解さを知っている人が偉いみたいな、そんなイメージがありました。でもジャズをやっている人達が、クロスオーバー化して、今度は自分達がわかりやすくどんどんしていって。そうなってくると聴きやすくて、いいなと思ってきました。あるアーティストなんて、最終的にはヒップホップをやったり、でもジャズのミュージシャンがそういう風に変わっていくのは自然な事だと思う。自分がプロのミュージシャンになって思いましたが、そうやって自分のベースになるものから変化させて、新しいものに挑戦したくなってやってみて、最後はまた元に戻るみたいな感じ。ミュージシャンってそういうところがあると思うので、だからジャズを聴いていてもそう思えるようになってきて、僕も面白いと思っているから、たぶん僕のファンも聴いたら面白がってくれるんじゃないかなと思い、このアルバムを出そうと」。
老舗ビッグバンド・アロージャズオーケストラとのセッションで、再びジャズと対峙。今回の"落とし前"へと繋がる
角松のジャズへの考え方と想いは、『~2018』に封入されている、角松の手による詳細で濃厚なセルフライナーに記されているので、そちらに任せるが、「長年の目標だったJAZZ的であるものへ再挑戦するという課題に対してのモチベーション」が徐々に高まったのは、4年ほど前からスタートした、今年結成60周年を迎える老舗ビッグバンド、アロージャズオーケストラ(以後AJO)とのコラボレーションだ。「AJOから「角松さんスウィングジャズやりませんか?」と声をかけていただいて、最初は実験的にやっていましたが、やっぱりすごくカッコよくて。今年4年目になるAJOとのライヴが、先日終わったばかりですが、僕の楽曲をビッグバンドアレンジした作品がもう20曲くらいあって、それを世に出さなければもったいないという思いが、『Breath From The Season』の“落とし前”と繋がったんです」。
「定番曲も別の魅力、色々な方向性を見つける事で、さらに良くなる」
『~2018』には、当時も収録されていた「Lady Ocean」や「Morning After Lady」はリアレンジされ、また、「Nica’s Dream」( Horace Silverのカバー)では、角松プロデュースでデビューし、今やミュージカル女優として押しも押されぬ存在になった吉沢梨絵と、「A Night in New York」(Elbow Bones & The Racketeersのカバー)では、ポップユニット・コアラモード.のANNUとデュエットしている。さらに角松のファンにはおなじみの「TAKE YOU TO THE SKY HIGH」も、原曲とはガラッと変わってサルサアレンジが施されている。「長年やっていると、飽きるというよりも、楽曲の別の魅力、色々な方向性が見えてくる。だからこの曲、こっちのアレンジやったら面白いかも、という発想が出てきて、その中で「TAKE~」はラテン、サルサアレンジが合うのではと、前から考えていました。ただラテンというジャンルも、聴きかじりではやりたくなかったのでしっかり勉強して、ここ数年、自分でもパーカッションとか色々な楽器にチャレンジもしました」。
「今やっている事は"点"。全てが次のオリジナルアルバムへと繋がっている」
『SEA IS A LADY 2017』についてのインタビューの時も言っていたが、角松が“落とし前シリーズ”を続けるのは、現在の音楽シーン、ユーザーの音楽の聴き方の変化の影響が大きい。「今はCDとライヴの関係が逆転している。昔は作品のプロモーションがライヴだった。今はCDが売れたから、ライヴに行く人が増えるという構図ではないですよね。でもツアーの起爆剤としてCDを作った方がいいという考え方です。でもそんな中でコストをかけて、納得がいく、新しい歌モノのオリジナルアルバムを作る勇気がなかったというのも、事実。でも今回のブラスサウンドもジャズ的アプローチも、『SEA IS A LADY 2017』でのインストとしてのギターの表現も、『SEA BREEZE 2016』での、納得のいくボーカル表現もそうですし、全部が次=オリジナルへ繋がる、“点”になっています。ファンの方には言っている事ですが、毎年色々やっている事も、みなさんどうなるんだろうと思っているかもしれませんが、これは全部ひとつの“点”なので、最終的に線で繋がって、「ああ、ここにきたのか」と思ってもらえるようにやっています」。
5月20日大阪・オリックス劇場を皮切りに、このアルバムを引っ提げての全国ツアー『TOSHIKI KADOMATSU Performance 2018 “BREATH from THE SEASON”』がスタートする。角松と凄腕ミュージシャン達が、ブラスサウンドとスウィングジャズで全国のファンを唸らせ、楽しませてくれるはずだ。妥協を許さないスタンスとクオリティで音楽シーンを走り続け37年。ミュージカルや役者、映画音楽にもチャレンジし続け、常に新しい“次”の事を考える事がモチベーションの原点になる。毎年提示してくれている“点”がつながり、完成するであろうオリジナルアルバムを、『Breath From The Season 2018~Tribute to Tokyo Ensemble Lab~』を聴きながら、待ちたい。