Yahoo!ニュース

月曜ジャズ通信 2013年12月30日 ゆく年くる年押し詰まり号

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

もくじ

♪今週のスタンダード~アリス・イン・ワンダーランド

♪今週のヴォーカル~サラ・ヴォーン

♪今週の自画自賛~フィル・ウッズ、大西順子、ロン・カーター『クール・ウッズ』

♪今週の気になる1枚~村上“ポンタ”秀一『リズム・モンスター』

♪執筆後記

「月曜ジャズ通信」のサンプルは、無料公開の準備号(⇒月曜ジャズ通信<テスト版(無料)>2013年12月16日号)をご覧ください。

オスカー・ピーターソン『オスカー・ピーターソンの世界』
オスカー・ピーターソン『オスカー・ピーターソンの世界』

♪今週のスタンダード~アリス・イン・ワンダーランド

1951年にアメリカで公開されたディズニーのアニメーション映画「ふしぎの国のアリス」の主題曲(日本公開は1953年)。ルイス・キャロルの小説『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』をもとにミュージカル式のおとぎ話に仕立てられました。映画では、ボブ・ヒラード作詞/サミー・フェイン作曲のこの曲を混声コーラスで歌っています。

映画の印象が強いせいかヴォーカルものが少ないという噂は耳にしていましたが、探してみると本当に少ないようです。ただ、歌詞を確認してみると、うーん、確かに歌いにくいかも……。

一方で、ピアニストの名演は目白押し。

ということで、代表的な2曲と、ちょっと変わった1曲を紹介しましょう。

♪OSCAR PETERSON "ALICE IN WONDERLAND"

泣く子も“唸る”超絶プレイ炸裂のオスカー・ピーターソン動画。1983年にJ.A.T.P.で来日した際の映像ですね。J.A.T.P.はJazz At The Philharmonic(ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック)の略で、プロデューサーのノーマン・グランツが立ち上げたプロジェクト。全米から世界を回るコンサートを開催し、多くのライヴ盤も残っています。1983年はJ.A.T.P.のラスト・イヤーでもあったんですね。

♪Bill Evans Trio Alice In Wonderland

1961年6月25日の日曜日、ニューヨークのライヴハウス“ヴィレッジ・ヴァンガード”では歴史的なライヴが行なわれ、2枚のアルバムにその音源が収められました。そのうちの1曲がこれです。

原曲のムーディな曲調を排しながら、かといってワルツのリズムを強調しすぎず、絶妙のバランスでアンニュイな雰囲気を醸し出しているのは、さすがジャズ・ピアノの巨人と呼ばれたエヴァンスならではでしょう。

♪Lori Andrews, jazz harp ~ "Alice in Wonderland" live at Ford Amphitheatre

ジャズ・ハープ奏者のロリ・アンドリュースがオーケストラをバックに前のめりの演奏で魅せてくれる熱い熱い“アリス”です。

サラ・ヴォーン『枯葉』
サラ・ヴォーン『枯葉』

♪今週のヴォーカル~サラ・ヴォーン

前回のエラ・フィッツジェラルドと今回のサラ・ヴォーンがなにかと比較されるのは、どちらもハーレムのアポロ劇場のアマチュア・コンテスト優勝者という出自であることが関係しているようです。

エラが優勝したのは1934年で17歳、サラは1942年で18歳。振り返れば100年に1人という逸材が10年を置かずに現われてしまったのですから、それだけの隆盛を当時のジャズ・シーンが誇り、逸材を輩出するパワーがあったという証しにもなるわけです。

♪Sarah Vaughan September In The Rain

アフリカン・アメリカンの女性シンガーがエンタテインメント業界の前線で活躍するにはまだまだ困難がつきまとう1940年代にデビューしたサラでしたが、スターとして脚光を浴びる白人系シンガーを凌駕する歌唱によってその実力を認めさせたことが伝わってくるような、こぼれんばかりの情緒を湛えたバラードです。

♪Sarah Vaughan "Round Midnight" 1976

サラのデビューがエラよりも8年ほど遅かったのは、ラッキーと言えることかもしれません。なぜならば、1930年代はスウィング、40年代以降はビバップを主流とする“ジャズの潮流”に変化があり、サラはいち早くその先端に躍り出ることができたからです。

1944年にセロニアス・モンクが作曲した「ラウンド・ミッドナイト」の雰囲気をもっともよく表現できるのは、やはり同じ時代に頭角を現わした彼女ならでは――という解釈もまた楽しいのではないでしょうか。

フィル・ウッズ『クール・ウッズ』
フィル・ウッズ『クール・ウッズ』

♪今週の自画自賛~フィル・ウッズ、大西順子、ロン・カーター『クール・ウッズ』

3.11東日本大震災直後も予定通りに来日して“Mr.ダイジョウブ”と呼ばれたほど日本びいきのアルト・サックス奏者、フィル・ウッズが1999年に制作したスタジオ録音のアルバムです。

限定発売された最新の24bitリマスタリング盤のライナーノーツを富澤えいちが執筆しました。

フィル・ウッズは“チャーリー・パーカーの後継者”として注目のデビューを果たしましたが、一方でレニ・トリスターノ譲りの複雑な和声を駆使してクール・ジャズの急先鋒を担うなど、ひと言で“モダン・ジャズ”の枠に収められない振り幅の活動を展開していました。

ボクがフィル・ウッズを意識したのは大学に入って楽器をいじり始めたころのこと。先輩がウォークマン(もちろんカセット・テープのやつですよ)でなにかを聴きながらアルトの練習をしているのを見て、「なにを聴いているんスか?」と質問すると、「これ」と教えてもらったのがフィル・ウッズ&ヒズ・ヨーロピアン・リズム・マシーンの『アライヴ・アンド・ウェル・イン・パリス』で、その演奏の激しさと技術の高さにボクはそれを練習材料にしようとしている先輩を尊敬したと同時に、自分の才能のなさを自覚したという、想い出のアーティストなのです。

当のフィル・ウッズはデビュー時の衝撃ほどアメリカでは評価されず、1960年代後半から70年代前半にかけてヨーロッパに拠点を移し、前述のヨーロピアン・リズム・マシーンを結成して活動をしていました。同い年でライバル関係にいたジャッキー・マクリーンがブルーノートにどんどんリーダー作を吹き込んでいたのと比べると、アメリカのジャズ・シーンがフィル・ウッズの才能を理解できなかったか妬んだかして干していたのではと勘繰ってしまうほどです。

ブルーノートといえば、結局フィル・ウッズがこのレーベルに録音を残すのは本作の前年にジョニー・グリフィンと共演した『フィル・ウッズ・ミーツ・ジョニー(ザ・レヴ・アンド・アイ)』で、ようやく彼に貼られていた“ジャズでは異端”というレッテルも剥がされたことになります。

というのも、ジャズ以外のところでの評価は高く、たとえばビリー・ジョエルが1977年にリリースしたアルバム『ストレンジャー』収録のシングル第一弾「素顔のままで」の間奏と後奏で耳にするサックス・ソロはフィル・ウッズのもので、ビリー・ジョエル初のビルボード誌シングル・チャート・トップ10入りを果たす大ヒットとなっているほか、スティーリー・ダンなどのポップス・シーンで引っ張りだこの人気を博していました。

この作品のもう1つの注目点は、大西順子の先の活動休止直前の作品であるということです。大西には1996年にジャッキー・マクリーンとの共演作『ハット・トリック』、同年にジョー・ロヴァーノとの共演作『テナー・タイム』があり、いわば本作を含めてサックス・ジャイアンツ共演三部作をなしているわけなので、そのへんの聴き比べをしてみるのも一興です。

♪Phil Woods his European Rhythm Machine

ヨーロピアン・リズム・マシーンでの演奏です。バラードとは思えない手数の多さ(笑)。勝手に手と口が動いてしまうというので思い出すのはチャーリー・パーカーですが、もしかしたら生前のパーカーを悩ませていた負の評価を彼が受け継いでしまったのかもしれません。しかし、ヨーロッパでは評価が逆転、逆輸入というかたちで1970年代後半からはアメリカでも人気を博することになったわけです。その意味でもフィル・ウッズはジャズのエポック・メイキングな人物であると言えるでしょう。

村上“ポンタ“秀一『リズム・モンスター』
村上“ポンタ“秀一『リズム・モンスター』

♪今週の気になる1枚~村上“ポンタ”秀一『リズム・モンスター』

もう2つ寝ると、お正月ですね~。

音楽専門誌「ジャズライフ」で年末恒例のベスト・アルバムを選定する企画のために、気になっていたので棚に仕舞わずに机の周辺に積んであったCDの山のなかから10枚を選び、原稿を書き上げました。

実はその山のなかに、どこかで紹介したいなと思いながらなかなか取り上げられず、2012年12月リリースだったので2013年のベストに潜り込ませるのを躊躇してしまったアルバムがありました。

それが村上“ポンタ”秀一『リズム・モンスター』です。

「おめぇ~、この名作を忘れてたのかぁ~!」というポンタさんの怒号が聞こえてきそうですが(汗)、気を取り直して紹介したいと思います。

村上“ポンタ”秀一はデビュー40周年を迎えた、日本のポピュラー音楽シーンを支え続けるトップ・ドラマーです。

ジャズ・シーンにおいても、PONTA BOXをはじめとする革新的なユニットによって表現の可能性とセールスの限界を常に打ち破ってきました。

そんな彼が節目の40周年記念で制作したのが本作。

1曲ごとにゲストを組み替えて趣向をこらすという贅沢な内容ですが、それが決して“総花的”にならないのは、彼がジャズを4次元的に見ているからではないでしょうか。

そう、おそらく村上“ポンタ”秀一は音楽を現在進行形の3次元でとらえるのではなく、過去と未来の通過点というポジションを加味して見ているに違いありません。だから、古今の名曲のオリジナルを知らなければ、彼が意図していることの半分も理解することは難しく、かといって知っていてもまったく違うアプローチに戸惑ってしまう――。言ってみれば、固定観念を排すというワンランク上の条件を課せられるようなハードルが待ち受けているのです。

昨今は「ジャズは決して難しくないですよ~」「気楽に肩の力を抜いて聴いていいんですよ~」なんていう風潮が蔓延して、ボクもその片棒を担ぐようなポジションにいないとは言えないわけなのですが、上には上があるという“正しい奥深さ”に向かって怯まずに邁進している人がいて、なおかつトップ・アーティストとして八面六臂の活躍していることこそが、日本のジャズが誇るべきことなのです。

♪ホットハウス 伊太地山伝兵衛 村上"ポンタ"秀一 HOT HOUSE MUSIC LIVE 2012/10/17

高田馬場にある小さな小さなライヴハウスでのライヴ。よくドラムセットが入りましたね~(笑)。歌うように叩くとはこういうことだという見本のようなドラミングを堪能してください。

♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

♪執筆後記

“ジャズは決して難しくないんですよ~と騙す片棒を担いでいる”と自虐して気づきましたが、なぜそんなことが必要なのか、すなわち自分が必要とされている理由を振り返ってみると、ジャズは取扱注意であることがほかの音楽に比べても多く、下手をするとひどい目に遭って、二度と手を出したくなくなるほどのインパクトをもっている音楽だから――なのだと思います。

美しいバラには棘があり、美味しいトラフグには毒があるなどなど。

美を愛で、食を堪能するためには、手折ったり口に入れる勇気が必要になることもあります。

「ジャズって、こんなに美味しかったんだ~」と食わず嫌いの人に言ってもらえれば本望なのかもしれないと、初心を思い出して今年を締め括りましょうか。

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

富澤えいちの最近の記事