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滅びゆく文化と人の営みに想いを寄せて。新鋭、瀬浪歌央監督「この作品は大切な第一歩」

水上賢治映画ライター
「雨の方舟」の瀬浪歌央監督  筆者撮影

 まったく別世界にも思えるけど、なんだか懐かしい。人類が脈々と受け継いできたことと、確実に変わりゆくもの。この世にも思えれば、あの世にも感じられる。そんな不思議な感触が残るのが、瀬浪歌央監督の初長編映画「雨の方舟」といっていいかもしれない。

 降りしきる雨の中、森をさまよい、行き倒れた主人公・塔子が、4人の男女が共同生活を送る家にたどり着いたところから、ある種のサバイバルであり、ある種の人間の営みのドラマが展開していく本作は、いったいどういった思考から生まれたのか?瀬浪監督に訊く。(全四回)

中学生のときからドラマや映画を見ることが唯一の楽しみだった

 ここまでは作品について訊いてきたが、最終回となる今回はここまでのプロフィールについての話を。

 まず映画監督を目指すきっかけはなんだったのだろうか?

「いろいろとうまくいかないことがあり、中学生のときからドラマや映画を見ることが唯一の楽しみだったんです。

 当時リアルタイムでやっていたものでは足りず、レンタルショップに通い、気づけばテレビドラマは1990年代ぐらいまでさかのぼり、見るものがなくなるぐらいまで見ていました(苦笑)。

 一番最初にハマったのは『木更津キャッツアイ』。

 ただ、当時は宮藤官九郎さんの脚本と知る由もなかったです。

 のちのち知ることになり、それから宮藤さんの脚本のドラマをむさぼるように見ました。

 特に1990年代のテレビドラマが好きで、たとえば『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』とか、『ビーチボーイズ』『ロング・ラブレター〜漂流教室』『ひとつ屋根の下』などは大好きでした。

 で、中学時代で見られるテレビドラマはほぼ見尽くした。

 もう見るドラマがないということで、高校に入ってからは映画を見るようになりました。

 この中学、高校時代のわたしの心の支えになってくれたのは間違いなく映画とテレビドラマでした。

 そして、高校で進路を決めなければならなくなったとき、自分の心の支えになってくれたような映画やドラマを、自分も作ることができたらすごく素敵だなという思いと、どこか恩返しがしたいという思いで、映画の道に進みたいと思いました。

 ただ、その時点では、映画やドラマがどう作られているかまったくわからない。はっきり言ってしまうと、監督がどういう作業をしているかも認識していなかったです。

 それで、きちんと映画を学びたいと思って京都造形芸術大学(現京都芸術大学)の映画学科に進むことにしました」

鈴木卓爾監督との出会い、学んだこと

 その大学時代には、劇場公開された鈴木卓爾監督『嵐電』の助監督を経験している。

「2回生のときに経験させていただきました。

 鈴木卓爾監督は大学の教授でもあって1年間、この助監督経験も含めていろいろと教えていただきました。

 演出法も、脚本作りも、ここまで考え抜かないといけないのかと、映画作りの基本を鈴木監督からは多く学ばせていただきました」

「雨の方舟」より
「雨の方舟」より

3回生のときに発表した短編「パンにジャムをぬること」について

 その翌年、3回生のときには短編「パンにジャムをぬること」を発表する。

 同作は海外でも上映されるなど評価を得た。

「作品は、耳が聞こえない女の子が耳の聞こえる女の子と親しくなるといったストーリーです。

 主演を務めてもらった同期の瀬戸さくらがろう者で。

 あるとき、彼女が『耳の聞こえない子が頑張らない映画を作りたい』ということをわたしに話してくれたのがきっかけで、そこから出発しました。

 わたしは聞いたんです。『その頑張らない映画ってどういうものなの』と。

 すると、彼女は『耳の聞こえない主人公の映画やドラマがあるけど、普通に何事もないように1対1でセリフのキャッチボールがされる。それは台本があるから当たり前なのだけれど、でも、実際はまったく違う』と話してくれました。

 確かにさくらと話すときは『もう一回いって』とか、言い間違いを聞き直したりするんですよね。

 それで、彼女は『そのつっかえのようなやりとりがないのは、映画の中で耳の聞こえない人が頑張らされている気がする』と言う。

 そのことを聞いた時、じゃあ、耳の聞こえない人の感覚を完全に再現はできない、けれども、観てくれた人が耳の聞こえない人の世界を想像してもらえるような、そういう作品を作ろうと思って作ったのが『パンにジャムをぬること』でした。

 さくらにインタビューをしたり、そのほかにもろう学校にお話を聞きに行ったり、スタッフ総出で体験などもさせていただいたりして、脚本を書きました。

 わたしとしてはいままでまったく知らなかったろうの世界が、少しですけど想像することができるようになった。

 また、ろうの世界を知ることで映画における音の表現について考える機会にもなり、ろう者であるさくらがいてくれたことで俳優にどう意図を伝えるかや、演出、現場の雰囲気の作り方についてもより深く考えることができる機会にもなりました。

 ここでの経験が『雨の方舟』に確実につながっていきました」

大塚菜々穂とは映画を志す『同志』みたいな関係

 『パンにジャムをぬること』には『雨の方舟』で主演とプロデューサーを務める大塚菜々穂も出演している。

 大塚とはどうやって出会ったのだろうか?

「実は、大塚には大学に入る前に出会っていて。

 大学のオープンキャンパスで最初に出会っているんですよ。

 でも、そのことを大塚はまったく覚えていない!

 しかも、そのとき、わたしに声をかけてきたのは大塚なんです。それなのに覚えていない(笑)。

 わたしは話しかけてこられたから、すごくよく覚えているのに。

 でお互い無事入学したのですが、1、2回生のときはあまり話すこともありませんでした。

 3回生のとき、まさに『パンにジャムをぬること』で親しくなった感じです。

 ただ、はじまりは最悪だったというか。

 『パンにジャムをぬること』の制作に入る段階で、大塚と大ゲンカになったんですよ。

 言葉の足らないところでの誤解だったんですけど、大塚のあるひと言にわたしがカチンときて、そのときは正直『この人とは絶対に一緒にやれない』と思った。

 でも、その後、誤解は無事に解け、気づけば映画を志す『同志』みたいな関係になっていました」

お互い切磋琢磨してステップアップしていけたら

 瀬浪にとって大塚はどんな存在なのだろうか?

「いまのわたしにとって一番頼れる存在で一番の味方で、良き理解者ではないかと思っています。

 大塚はけっこう白黒がはっきりしている。だから、たとえばわたしが脚本を書いて読んでもらっても忖度しない。おもしろくないなら、『いまいち』、おもしろかったら、『すごくいい』とはっきり言ってくれるんです。だから、信頼できる。

 監督と俳優という立ち位置で、これからも一緒に映画を作っていきたいですし、お互い切磋琢磨してステップアップしていきたい。

 『雨の方舟』はその大切な第一歩。今回の公開でいろいろなところへ届けて、お互いの今後へつなげられたらと思っています」

【「雨の方舟」瀬浪歌央監督第一回インタビューはこちら】

【「雨の方舟」瀬浪歌央監督第二回インタビューはこちら】

【「雨の方舟」瀬浪歌央監督第三回インタビューはこちら】

「雨の方舟」ポスタービジュアルより
「雨の方舟」ポスタービジュアルより

「雨の方舟」

監督・編集:瀬浪歌央

出演:大塚菜々穂 松㟢翔平 川島千京 上原優人 池田きくの 中田茉奈実

プロデューサー:大塚菜々穂 脚本:松本笑佳

撮影・照明:藤野昭輝 録音:植原美月 大森円華  

助監督:東祐作 中田侑杏 美術:村山侑紀奈 中原怜瑠  

衣装:柴田隼希 瀬戸さくら 大谷彪祐 音楽:瀬浪歌央 近藤晴香

タイトル・フライヤーデザイン:山岡奈々海

名古屋シネマスコーレにて10/28(金)まで連日19:00〜上映

場面写真およびポスタービジュアルは(C)2019年度京都造形芸術大学映画学科卒業制作瀬浪組

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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