色むらある方がおいしい?「葉とらずりんご」捨てる作業に75%費やす農家の労働生産性と甘みをアップ
6月28日は「JAZZ(ジャズ)りんごの日」(注釈参照)。JAZZりんごが初めて輸入された2011年6月28日を記念して、ニュージーランド産りんごを扱うT&G Japan株式会社が制定した(1)。
JAZZりんごは、5月から8月ぐらいの時期に日本で販売される。果実は小ぶりで、切った瞬間から、シャキッ、サクっとしたいい音がする。噛んでみると、ほどよい酸味と甘味が感じられて美味しい。GI(グリセミック・インデックス)値が低い。GI値とは、100を基準として、数字が少ないほど、食べた後の血糖値の上昇が緩やかなことを示す。ビタミンCや食物繊維、抗酸化作用のある栄養素(ポリフェノール)を含むそうだ(1)。
この時期、筆者の近所のスーパーでは人気で、6月27日15時時点で3袋しか残っていなかった。JAZZりんごの輸入が始まったのが2011年だそうだが、ここ数年、美味しさが評価されて取り扱う店が増えてきているのを実感する。
JAZZりんごは、その販売量の多さから「日本で一番成功した輸入りんご」と言われているそうだ(1)。ここ数年のスーパーでの売れ行きを見ても、消費者がJAZZりんごを好んで購入していることは感じ取れる。
「りんご農家は捨てる作業に全労働時間の75%を費やす」
JAZZりんごのもう一つの特徴は、色むらがあることだ。赤い部分、黄色い部分が入り混じっている。
日本のりんご農家の多くは、この色むらをなくし、真っ赤に実らせるために、葉っぱを取る作業(葉とり)を行う。だが、この葉とり作業は、りんご農家がりんご栽培に費やす全労働時間のうち、20%以上を占めており、生産者に負担をかけている(3)。
100年以上続いている日本最古のりんご園、青森県弘前市の もりやま園へ取材した時には、この葉とり作業が、全労働時間のうちの30%にのぼると伺った(4)。
もりやま園の代表取締役、森山聡彦(としひこ)さんは、開発したアプリを使って、どの労働に何時間費やしているかを計測している。日本の職業の中でも労働生産性の低い農業、特に家族経営の多い小規模農家の労働生産性を上げるためだ。日本生産性本部の2019年データによれば、就業1時間あたりで見ても就業者1人あたりで見ても、農林水産業は最下位になっている。1時間あたりの労働生産性は1,390円で、全産業平均(4,800円)の29%程度だ。就業者1人あたりで見ると全産業平均の26%。
森山さんいわく、計測した結果、全労働時間の75%を、主に3つの「捨てる作業」に費やしているという。15%は枝の剪定(せんてい)、30%は摘果(てきか)、そして30%が葉とりだ。合計75%。海外のりんご農家を見渡してみると、誰も葉とりはやっていないので、森山さんは葉とり作業を止めた。
以下、森山さんへの取材の一部を引用する。
―持続可能な農業にするためには・・・。
森山:労働生産性を・・・。
―労働生産性を2~3倍に。
森山:2~3倍にしないといけない。人口減少を止められるだけの収入がないと、人がどんどん離れていっちゃうと思うんです。家族がちゃんと暮らせる収入や、家族と過ごせる時間。労働に忙殺されない。働くことで精一杯だと、家族と過ごす時間の余裕は生まれないと思ったんです。一般企業並みになれば、農業だってちゃんと続くだろうと。
この「Ad@m(アダム)」(開発アプリ)で測ったデータを見て、リンゴ作りを俯瞰(ふかん)してみると、年間75%の時間のうち、15%は剪定(せんてい)作業に使うんですよ。摘果作業に年間33%(約30%)。
―結構な割合ですね。
森山:90%の実を落とさないといけない。残り10%を成長させ収穫しているので、9割を機械で落とせるのならいいけど全部手作業なので。うちだと3,000時間です。残りの30%が色を付ける着色管理。葉っぱを取って、実を回して。表にしてやらないと(リンゴに)色が付かない。その作業に年間30%。
75%の時間は、ひたすら何かを捨てているんですよ。枝を摘み取り、リンゴを摘み取り、葉っぱを摘み取る。ごみを生み出すことに一番(時間を)使っているんだなと。収穫にかける時間は15%ですけど、75%の時間を15%で取り戻そうというのは無理があるじゃないかと。
この「捨てる作業に75%を費やしている」という話はインパクトがあった。2021年2月23日に民放で食品ロス特集が放映されるにあたり、企画を考えるためのオンライン相談に応じたところ、制作班は、この「日本の政府が出している食品ロスの推計値にカウントされていない一次産業で大量のロスが出ている」ことにフォーカスを当てて番組制作することになった(5)。
学術論文でも「葉とり」をやめることによる労働省力化と糖度上昇のデータが発表
葉とり作業をしないで収穫したりんごは、日本では「葉とらずりんご」などと呼ばれて販売されている。もりやま園と同じく、青森県弘前市でりんごを栽培しており、2010年の農林水産祭の園芸部門で内閣総理大臣賞を受賞した「せいの農園」は、葉とらずりんごのメリットをわかりやすく公式サイトで解説している(6)。
葉とりをしないことにより、りんご農家の労働時間が減少し、果実の糖度が上がることは、いくつかの論文でも発表されている。深井洋一氏と佐久間淳氏の論文(7)では、摘葉(葉とり)の省略は作業時間の省力効果が大きいこと、 果実の糖度が有意に高いなど、品質が向上する傾向を示すデータを発表している。
ただし、一方で、日射量が高い樹では糖度への影響が大きいが(8)、そうでない土地では栽培3年目で「葉とらずりんご」とそうでないりんごとに違いがなくなることも指摘(9)している。
りんご農家では、大きく実らせるために、摘果も行われている。果実のうち、90%を捨ててしまうのだ。一般の実に比べて、抗酸化作用のあるポリフェノールは10倍多いそうだ(4)。
森山さんは、この摘果を捨てないで活用し、世界初の「テキカカシードル」を3年がかりで商品化した
長野県のメーカー、マツザワは、以前は廃棄されていた摘果りんごを「りんご乙女」という薄焼き煎餅に活用し、夏に収入がゼロになるりんご農家の月収を20〜30万円に増やした(10)。
りんごは色むらがあっても小さくてもいいのでは?
昔は世帯人数が多く、大きなりんごを切って家族で分けて食べるというシーンがあったが、今は平均世帯人数が二人。りんごの実も、小ぶりな方が好まれる傾向もあるかもしれない。欧米では切らずに丸かじりする食文化があり、販売されているのも小さいサイズが多い。
「りんごは、色むらがなく、真っ赤で、大きくなければいけない」という固定観念がりんご農家の労働時間を圧迫させているのであれば、それを崩してもいいのではと考える。もりやま園の動画、1分50秒あたりから、「葉っぱや、枝や、実を捨てる作業に75%を使っている」説明があるので、見ていただきたい。
参考情報
注釈
「JAZZ Apple」:正式には、JAZZの右肩に商標登録を表す「TM」という小さい文字が入りますが、入力フォームに入らないため、ここでは「TM」を省略し、「JAZZりんご」とさせていただきました。
1) JAZZりんごの日(6月28日 記念日)(雑学ネタ帳)
3)小野浩司『リンゴの「葉とらず栽培」における樹体構成法と樹相診断技術』農業および園芸, 82(2) p245~251 (207)
4)世界初の摘果リンゴシードル 100年以上、日本で最も長い歴史誇るリンゴ園の「持続可能な農業」への挑戦(井出留美、2019年1月18日)
5)テレビ東京系列 ガイアの夜明け「モッタイナイ 2021 ~今これ どうにかしよう!~」(2021年2月23日放映)
7)深井洋一・佐久間淳『リンゴ‘秋映’の葉とらず栽培の優位性ならびに 果実の「柔さ」に関与する品質要因について』日本食品保蔵科学会誌 VOL.43 NO.3 2017
8)小野浩司・河田道子『葉とらずりんごにおける非破壊選果機利用技術』東北農業研究, 581, p153~ 154(205)
9)藤田知道『摘葉の有無および時期がリンゴ‘ふじ’の果実品質に及ぼす影響』園芸学研究, 13(別 1) p263 (2014)
10)国際コンテストで10年連続3つ星受賞!摘果りんごを捨てずに菓子活用 食品ロス削減と農家の収入増を達成(井出留美、2018年11月5日)