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「禁煙」すると「幸せ」になるのは本当か

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 タバコを吸う人は、タバコを吸う理由について「ストレス解消のため」とか「至福のひとときだから」などとよく表現する。だが、過去の科学的な調査研究によれば、喫煙者は現在の自分に満足できず、不幸を感じているという。では、禁煙した喫煙者は幸福になるのだろうか。

喫煙者の幸福度

 先日、国連の幸福度調査が発表された(※1)。これによれば、日本人の幸福度は世界各国の中で58位だそうだ。

 だが、健康寿命で日本は2位(1位はシンガポール、3位はスペイン)であり、ネガティブ・アフェクト(Negative Affect、悪影響、負の感情)で14位で比較的上位にいる。

 一方で、ラダー評価(Ladder、10段階のどのあたりに自分の生活があるか、Cantril Self-Anchoring Striving Scale)は全体と同じ58位だった。日本人は、健康寿命という客観的な指標が高いが、マイナスに考えがちで、謙虚だからか自分の生活はほどほどととらえているのかもしれない。

 そもそも、個々人の幸福度をどう評価するかは難しいが、それは単に幸福かどうかに限らず、生活の質、生活に対する満足度、その時どきの環境ごとに変化する感情によって違ってくるからだ。所得が高くても幸福度が高いとは必ずしもいえないというパラドックス(※2)があるが、これも幸福度を評価する尺度や観測対象、グローバルな比較、また所得の頭打ち感(飽和点)によって変わってくるという意見もあり(※3)、これらの差異は多様性の中に埋没してしまう。

 人間の思考や行動は複雑で変化に富み、大集団を定点でみてもなかなかその本質がわからないということのようだ。受動喫煙防止など、日本でもようやくタバコ対策が行われるようになっているが、こうした状況はタバコを吸う喫煙者の幸福度にどう影響するのだろうか。

 タバコを止められない喫煙者の多くが、タバコに含まれるニコチンという薬物による依存症になっているということはよく知られている。ニコチンが喫煙者の脳に作用し、タバコに対する依存性を高め、継続的習慣的にタバコを吸い続けてしまう。これは、アイコス(IQOS)など、ニコチンが入った加熱式タバコでも同じだ。

 また、発がんなど受動喫煙を含むタバコの健康への害はすでに明らかで、喫煙者がより有害性の低いタバコへシフトする傾向にあるのも健康を害することに対する懸念や恐怖心が背景にある。こうした心理がある上に、タバコへの課税は続けられ、価格は上がり続け、タバコ規制によって喫煙できる場所はどんどん狭められている。

 その一方、喫煙者は「喫煙することの楽しみ」を感じ、至福のひとときと称し、健康に害があることを知りつつ禁煙意志を胸に抱きながら、タバコの値段が多少上がっても吸える場所を探して喫煙を続ける。こうした喫煙者の矛盾した行動にも、ニコチンの薬物依存が強く作用しているというわけだ。

不幸な人ほどタバコを吸う

 タバコを吸うきっかけは様々だが、タバコを吸い続けてしまう理由には、ニコチン依存のほか、周囲の仲間からのピア効果や社会的な疎外感や不安があり、喫煙者は相対的に不幸を感じているという調査結果は多い(※4)。逆にいえば、自分の境遇に不満を持ち、不幸な人ほどタバコを吸うというわけだ。

 これらの調査研究によれば、喫煙者は禁煙すれば、タバコを吸わない人と同じ程度に幸福感が戻ることがわかっている。逆に、ニコチン依存度が強いほど戻りにくくタバコへの渇望感が長く残り、男女では男性のほうでより幸福度が低く、幸福度の低い国ほど喫煙率が高かった。

 タバコに含まれるニコチンは、脳の報酬系へ作用し、通常の刺激による快感物質の脳への放出を妨害し、ニコチン依存を強める。衣食住で味わうことのできる人生の楽しさより、タバコを吸うほうがより優先順位が高くなるのは、ギャンブルやゲーム、アルコール、違法薬物などの依存症と同じだ。

 愛する人と一緒にいたり、子どもができたり、美味しい食事を味わったり、レジャーを楽しんだりといったときに得られる快感物質が妨害され、タバコを吸ってニコチンを補充しなければ同じレベルの刺激を得られなくなる。それをタバコを吸うことを楽しいと感じたり、至福のひとときという満足感と勘違いしているというわけだ。

 禁煙後すぐはニコチン依存が残っていて不幸な感じがするかもしれない。だが禁煙して数日から数週間経てば、タバコを吸わない人と同じ程度の幸福感を得られる。

 日本でも今後、タバコを吸える環境はどんどん少なくなっていくだろう。毎年10月にはタバコも値上げされ続け、欧米などと同じようにコンビニなどでも買いにくくなっていくはずだ。タバコを吸うこと自体、幸福感を削いでいく。

 だが、禁煙すれば幸福感を取り戻せる。タバコを吸わない人と同じ生活を送ることで、喫煙所をうろうろ探す手間暇がなくなり、さらに幸福度は増すだろう。禁煙すれば幸せになれるのだ。

※1:「World Happiness Report 2019」(2019/04/15アクセス)

※2:イースタリン・パラドックス(Easterlin Paradox):Richard A. Easterlin, "Will raising the incomes of all increase the happiness of all?" Journal of Economic Behavior & Organization, Vol.27(1), 35-47, 1995

※3:Gil Hersch, "Ignoring Easterlin: Why Easterlin’s Correlation Findings Need Not Matter to Public Policy." Journal of Happiness Studies, Vol.19(8), 2225-2241, 2018

※4-1:亀坂安紀子ら、「ライフステージの変化と男女の幸福度」、行動経済学、第3巻、183-186、2010

※4-2:Lion Shahab, Robert West, "Differences in happiness between smokers, ex-smokers and never smokers: cross-sectional findings from a national household survey." Drug and Alcohol Dependence, Vol.121, 38-44, 2012

※4-3:Andrew Stickley, et al., "Smoking status, nicotine dependence and happiness

in nine countries of the former Soviet Union." Tobacco Control, Vol.24, 190-197, 2015

※4-4:Giuseppe La Torre, et al., "Smoke & Thriving: an ecological study." epidemiology biostatistics and public health, Vol.12, No.2, 2015

※4-5:J E. Drehmer, "Sex differences in the association between countries' smoking prevalence and happiness ratings." Public Health, Vol.160, 41-48, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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