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「個人」で仕事をする時代、「薄謝」とは一体いくらなのか? フリーランスの仕事、契約書ない経験が2割

中野円佳東京大学特任助教
個人で仕事を受ける機会が増えてはきたが…(写真:アフロ)

外部人材を使うことに慣れていない企業

「個人」で仕事を引き受ける人たちが増えています。クラウドソーシング大手のランサーズの調査によれば、副業なども含めた広義のフリーワーカーは日本で1064万人とも推計されています。米国では労働力人口の35%にあたる5500万人がフリーランスとして働いているというデータ(「Feelancing in America 2016」)もあります。

日本政府もフリーランスやネットワーカーの増加に伴い働き方について議論が必要と見ており、経済産業省「雇用関係によらない働き方」検討会には私も委員として参加しています。こちらの経産省検討会でも度々話題に上がるのが「企業側の発注能力」をいかにあげていくかについてです。

日本企業は職務を限定せずにジェネラリスト的な正社員に仕事を任せており、その評価と報酬は必ずしも明確でないことが多いわけです。そうすると、仕事を切り出す、その仕事に対する報酬を設定するということに慣れていません。そんな現状の中でどうやったら企業は外部人材を活用できるのか、また働き手を守るにはどのようなセーフティネットが必要かという議論が進んでいます。

経済産業省の検討会からは近々報告書が出る予定なのですが、その内容を紹介する前に、そもそも従来フリーランス人材が比較的活用されてきた業界でも、仕事と報酬の構造が非常に曖昧で、支払いについては「薄謝」としてぼかす慣習が残っている問題を指摘したいと思います。

「薄謝」とはいくらなのか

書く側、書かれる側としてマスコミにかかわってきて、常々疑問に思うのが、寄稿や出演をお願いするときに謝礼の金額(または金額の決まり方)を提示しない慣習です。相手の限られた時間を使う以上、初めにいくらかを提示したうえで仕事を依頼すべきだと思うのですが、「薄謝をお支払いします」というような表現でぼかし、掲載や講演が終わって振り込まれて初めて金額が分かるということも多いです。ちなみに私の経験では「薄謝」は5000円の場合もあれば、10万円の場合もあり大きく幅があります。

また、「薄謝」があるのかすら、明らかにされないこともあります。私自身、終わってみたら意外と振り込まれていたという経験もあれば、事前の打ち合わせなどにも大きく時間を割かれたにもかかわらず、交通費すら出ないイベント出演もありました。謝礼がなくても趣旨に共感して出演することは大いにあるので、このような場合は初めから「ボランティアでお願いしたい」と言ってもらったほうが親切です。

先日テレビに出させていただく機会があり、スタイリストさんとお話をしていたところ、ヘアメイクなどの業界でもこういうことはあるそうです。経済産業省「雇用関係によらない働き方」検討会が実施した調査でも、受注の仕方、業務委託契約の方法について「契約を結んでいない」を20%、「口頭で」を19%の人が経験していることがわかります。

影響力と謝礼の関係

元々、特に大手メディアの場合、有識者に謝礼を提示しない、それに対し引き受ける側がクレームを出さない背景には、その影響力の大きさがあると思われます。「謝礼がなくてもぜひ載せてほしい」「出演させてもらって有難い」という状況があり、メディア側がそれにあぐらをかいている面があると思います。

ただ、マスコミは結果的には寄稿や出演に対して、非常識でない程度の金額は支払っていると思います(なお、新聞やテレビが謝礼を支払うのはあくまでも寄稿や出演をお願いするときであって、インタビューや取材では謝礼は伴わないことも多いです)。これに対し、オウンドメディアやネットメディア、様々なイベントを誰でも立ち上げることができるようになった昨今、「薄謝」の表現はますます曖昧に、そしてときに少額になっている気がします。

メディア系の場合、引き受ける側からしてみれば、読者数、PVや視聴率など波及力が大きいほど金額が低くても引き受けたい。波及力が小さいほど金額が高くないと引き受けるメリットを感じにくい。一方で、メディア側の収益構造から考えれば、当然読者が多いメディアのほうがきちんとした金額を支払うことができるという構造になっている点も難しいところです。

個人で仕事を引き受ける時代

研究機関やシンクタンクに所属している有識者の場合など、報酬を受け取るのが所属先の法人であるため、引き受ける側も金額を気にしないというケースもあったかもしれません。またフリーランスでも人のツテで紹介されているとつないでくれた人に恥をかかせない、というような形でそれなりにまともな報酬が成り立っていたかもしれません。

でも、今やフリーランスや業務委託などが増えて個人が様々な相手と仕事をするようになる時代です。寄稿や講演の依頼を受けた時点で「謝礼はいくらですか」と聞くのはぶしつけで偉そうにとらえられるのですが、このような変化の中では当然の行動であるはずです。むしろ、報酬の有無、金額あるいは金額の決まり方はメディアやイベント主催側が最初に提示するのがこれからのルールになっていくのではないでしょうか。個人の側も交渉力を身に着けていく必要があります。

メディアの場合、会員数やPVをひた隠しにする企業もありますが、これも仕事を引き受けるかどうか判断する上で、できれば共有してほしい情報です。影響力でも金額でも勝負できないメディアは、別の形でのメリットや社会的意義を説明してほしいと感じます。お金やメリットの話を直接的にするのは日本の「礼儀」に反するのかもしれませんが、ビジネス上ではその方が誠意ある対応と言えるのではないでしょうか。

私も仕事を依頼する側になることもあり、週末のママコミュニティの勉強会で時には本当に交通費程度にしかならない「薄謝」でゲストスピーカーをお願いすることもあります。少額ではダメということではなく、きちんと具体的金額と、趣旨、熱意をお伝えしたうえでお引き受けいただけるかを尋ねるというプロセスを踏みたいものです。

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東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

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