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副業解禁は企業のダイバーシティ推進のリトマス紙に?シニア社員の肩たたきか、企業の成長につなげられるか

中野円佳東京大学特任助教
多様な社員が集まり、能力を生かせることが企業にイノベーションをもたらす(写真:アフロ)

副業・兼業がにわかに話題に

多様な働き方が広がる中、副業・兼業についての議論が盛り上がっている。現状では、就業規則などで副業を禁止している企業は多い。「平成 26 年度兼業・副業に係る取組み実態調査事業報告書」によると、帝国データバンク郵送調査 4,513 社中、96%が兼業・副業を「不可」としている。

これに対し、私も参加していた厚生労働省の「働き方の未来2035」懇談会では、かねてから自社で副業を解禁しその効果を説いてきたサイボウズ青野慶久社長が就業規則での「副業禁止の禁止」を提案しており、報告書にも内容が反映されている。ロート製薬など大手企業の中にも副業を認めることを公言したり推奨したりする企業が出てきている。

政府も企業側の動きを背景に、政策面でできることを議論し始めた。前回記事では主にフリーランスについて書いたが、経産省の「雇用関係によらない働き方」に関する研究会で副業・兼業も議論されるほか、中小企業庁でも人材の活用策という意味で別途議論されるもようだ。

個人のセーフティネット?

どうして副業がホットなのか。個人のセーフティネットとして収入源やネットワークを増やすという観点もある。会社に頼らず、別のスキルや余生を楽しめる分野を身に着けておいてもらおうというわけだ。企業側も、実はシニア社員に対して、ほかの生きがいを確保してもらい、あわよくば早期退職を促したいという側面もある。

一方で、この議論を進めるうえで、企業が副業解禁をするのか、またどのように「活用」しようとしているかは、その企業のダイバーシティ推進に対する考え方をはかるリトマス試験紙になりそうだ。

副業=ダイバーシティを高める?

日本企業はここ数年ダイバーシティ、ダイバーシティと言って、主には「女性活躍」を進めてきた。しかし、ここ半年で急速に焦点は「女性」という属性の多様性から、イノベーションを起こすために「個をどう生かすか」というインクルージョンのほうに視点が移っている。

経営学では属性を増やすことよりも、経験や価値観の多様性がイノベーションにつながることが示されている(*1)。単に同質な日本人男性の集団に何人か女性や外国人を入れれば自動的に業績があがるということではなく、様々な視点や専門がある人たちがコミュニケーションをしてこそ、パフォーマンスにつながる。多様な人材の多様なアイデアを引き出し、生かしていくリーダーシップも求められている。

多様な人材がいると、暗黙的な常識が通用しないのでコミュニケーションにも時間がかかり、短期的にはコストにもなりえる。また、ハーバードビジネススクールのLee Fleming准教授による調査(*2)では、チームメンバーの専門領域が近いほうが平均的な価値は上げやすいことが示されている。ところが、ブレークスルーをもたらす革新的なアイデアは、多様性のあるチームからしか出てこない。多様な人材が集まったときのほうが、コストもかかるし失敗する確率も高いものの、少数の本物のイノベーションが起こる可能性も高いということだ。

「辞める社員がでてきてもいい」

ロート製薬が副業を解禁したことがたびたび取り上げられているが、増収増益の同社が副業を導入した理由がまさに「成長をうむためのダイバーシティ」だ。広報・CSV推進部副部長の矢倉芳夫氏は「今までやってきたことで業績を伸ばしていくだけでは、今はよくても20~50年後はない。世の中がどう変わっていっているのか、副業などを通じて視野を広げてもらえれば」と話す。

この制度自体を社員の提案からボトムアップで実現している点もユニークだ。とかく、企業が副業を認めると「優秀な人ほど離職につながるのでは」といった懸念がでてくるが、矢倉氏は「弊社は居心地がいいということで社員がほとんど辞めない。でも、イノベーションを起こすということを考えると少しくらい居心地が悪いくらいでもいい」「優秀な層が多少出て行ったとしても、またその先で組織のトップになりロート製薬とシナジーを起こしてくれるとなれば理想的」と言ってはばからない。

同社は社内で希望する部署を兼任する制度も導入しており、たとえば女性の働き方について問題意識を持った営業部門の男性が、人事部門と兼務するなどの事例が出ているという。社員運動会などで社内の部署間交流を図る企業も多いが、そういった取り組みもすでに実施したうえで「長期目線で他部署の視点を入れ、今までの働き方では出てこないアイデアがでてくるきっかけにしてほしい」(矢倉氏)という。

個人の中の多様性をどう高め、生かせるか

経済産業省の「競争戦略としてのダイバーシティ経営(ダイバーシティ2.0)の在り方に関する検討会」で、私は企業のダイバーシティフェーズと、次のステージに進むに超えていくべき4つの壁を提示した。

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(1)社会として、働き方の多様性を受け容れていくこと、(2)組織として、無意識の偏見の存在を認め、是正していくこと、(3)リーダーが、異なる意見が出てきやすい環境を作ること、(4)個人が、自分自身の中の多様な軸をはぐくむこと。

その4つめ、個人の中の多様な経験を増やすものが、副業や社外の活動というわけだ。この中には育児や介護、ボランティア活動など必ずしも収入を得ることではない経験の豊かさも入ってくる。こうした多様な活動は個人が渡り歩くスキルとして必要になってくるのと同時に、企業が、どれだけ社員にこうした経験をさせられるか、それを引き出し生かせるかを問われてくる内容でもある。

「他流試合」がホット

こうした中で、今、ホットなのは実は副業だけではない。最近の大手企業においては異業種合同のプログラムやNPOへの派遣などの関心が非常に高い。共通言語がない場でのリーダーシップを発揮するのは非常に骨の折れる作業だ。でも、新しいアイデアが生まれる可能性があり、マネジメント力も格段に身につく。

1つの会社に尽くしてきました、社長のYESマンです…ということを評価していた時代から、いかに多様な人材の多様な経験を受容し、伸ばし、生かしていけるかという世界に、企業は転換していくことができるのか。

副業の解禁は、実質的に終身雇用や給与維持が難しい中で社員に他の道を切り開く権利を認めることにつながり、広がっていくことは必須だろう。ただ、単に都合のいい肩たたきのためだけに使おうとする企業と、会社の成長のために個人に期待しようとする企業とで、価値を生む働き方改革をできるかの分岐点となる可能性がある。

企業にも個人にも、色々な副作用も効果もあろう。個人にとってもライフや収入源の充実につながれば望ましいが、前回記事で書いた働き手側の保護をどう確保していくかという点とともに、今後の動きを注視していきたい。

関連記事=「会社に雇われない」働き方の課題は  経産省が研究会設置 「小遣い稼ぎ」前提から転換必要

  • 1:“The Role Of Context In Work Team Diversity Research: A Meta-Analytic Review” Aparna Joshi and Hyuntak Roh University of Illinois at Urbana-Champaign (2009)、“The Effects of Team Diversity on Team Outcomes: A Meta-Analytic Review ofTeam Demography” Sujin K. Horwitz and Irwin B. Horwitz(2007)など
  • 2:Fleming Lee, Perfecting Cross-Pollination, HBR, September (2004)
東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

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