キッズライン事件後も進むシッター規制緩和、民間オンライン研修・都は夜間保育を検討…犯罪歴確認の議論を
国として子どもへの犯罪をどう防ぐのか
キッズラインの登録シッターが立て続けに2人、強制わいせつ容疑で逮捕された。子どもへの性犯罪は、保育所や学校等でも発生しており、毎月のように報道がされている。とりわけ恐ろしいのは、小児性犯罪は再犯率が高く、嗜癖行動のような形で繰り返されるという議論もあり、再び子育ての領域に加害者が戻って来る可能性があるということだ(斉藤章佳『小児性愛という病』など)。
国として子どもに関わる人達をきちんと審査する体制をどのように整えていくべきか。
キッズラインの事件を機に、ツイッター上では#StandByKids、#保育教育現場の性犯罪をゼロに というハッシュタグなどが立ち上がり、キッズライン社も5月末の著者の質問への回答や6月24日に送信された利用者へのアンケートで犯罪履歴を確認できるよう提言をしていく方針を明らかにしている。
しかし、にわかに議論が沸き上がる中、実はベビーシッターを巡る規制は緩和される方向に動いている。しかも、その規制緩和は、キッズライン経沢香保子社長自身が政府の会議に出席して要望していたものだった。
事件発覚後の今年3月に規制緩和を要望
時計の針を4カ月戻そう。2020年3月9日。キッズライン経沢香保子社長は、規制改革推進会議の雇用・人づくりワーキンググループに説明者(ゲスト)として出席している。2019年11月に橋本容疑者による被害が警察から報告され、その橋本容疑者が別件で2020年1月に逮捕された後であるが、キッズラインでの預かり中の容疑ではまだ逮捕されていない時期だ。
会議で紹介され、経沢社長は次のように述べている。
キッズラインの審査体制や研修の実態についてはこちらの記事を参照いただきたい。
・キッズライン、シッターわいせつ事件発覚後も拡大路線。選考の実態とは?
・【調査報道】シッター逮捕のキッズライン、レビューに浮上する深刻な疑惑
経沢社長は安全性をアピールしたうえで、次のように続ける。
この会議の議事概要や資料等によると、「認可外保育施設指導監督基準」でベビーシッター業ができる人材は、 保育士、看護師に加え、認定ベビーシッター資格保有者と、「都道府県知事が行う研修修了者 (都道府県知事がこれと同等以上の者と認める市町村長その他の機関が行う研修修了者を含む。)」だ。
資格保有者以外にもシッターになる道が開かれているのだが、それは現状では「都道府県知事が行う研修修了者」に限られる。しかし、この自治体による研修の開催頻度が少ないため、民間のキッズラインのような会社がおこなう研修でも認めてほしいという要望なのだ。
会議の議事概要を読む限り、厚労省の担当者は2014年に匿名掲示板を経由して預かった男児をシッターの男が殺害した事件を念頭に、比較的慎重な姿勢を取っている。
しかし、規制改革推進会議ではそもそもデジタル化や民営化の推進に前向きな議論がされている。シッターの担い手の研修は民間に任せていく方向で経沢社長が説明者として呼ばれたとみていいだろう。昨年7月に社会保障審議会児童部会「子どもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」ではeラーニングも活用する方向が示されており、民間でオンライン研修でも良しとする流れが醸成されつつある。
研修の回数が少ないこと自体は業界で問題意識が共有されている点ではあるが、どの事業者が研修を提供するのに適切かは慎重に審査が必要だろう。また実地での研修が非常に重要な領域であり、オンライン化の検討がされているのであればその範囲の設定などは吟味する必要がありそうだ。そして、議事概要を見る限り、犯罪歴データベースの話は一言も出ていない。
※その後、キッズラインで事件が相次いだことを受け、厚生労働省の検討会でデータベースの議論は進んでいます(2020年11月13日追記)
どうしたら犯罪を防げるか
キッズラインの登録シッターによるわいせつ容疑は、逮捕者が2人とも保育士資格を保有しており、また研修でこうした被害を防げるかどうかは疑問の余地がある。しかし国としてできる限り被害を防いでいくうえでは、今すべきは規制緩和ではなく強化のはずである。
実は2020年6月、「性犯罪・性暴力対策の強化のための方針」の中で、教員や保育士については一度わいせつ行為などで懲戒免職になった場合、資格を再取得できないようにするなどの対策が盛り込まれている。
保育事故などに詳しい寺町東子弁護士は「検察庁が管理している犯歴と、各種免許制度を連結させて、確実に欠格事由を反映させることも重要」と話す。
しかし、せっかくこうした環境整備が行われても、他方では資格がなくても働けるという方向に緩和されており、今後も研修まで民間・オンライン化し多くの人がシッターを担えるようになれば、資格をベースとした性犯罪防止策はほぼ骨抜きとなってしまう。
海外の制度も参考に
無資格者も含め、子どもへの性犯罪の再犯を防ぐにはどうしたらいいか。そこで、参考になるのが、海外の制度だ。
イギリスでは、DBS(Disclosure&Barring Service)という仕組みがある。英国に視察に行ったことのある前述の寺町弁護士によると、DBSというのは、事業者からの照会に応じて、犯罪歴がないことの証明書を発行してもらう仕組みだ。その証明書がないと、8歳未満の子どもに1日2時間以上接するサービスに関わるすべての人が義務付けられているOfsted(Office for Standards in Education=教育水準局)という政府機関への登録ができない。
また、米国でもCtoCで子どもの送迎のマッチングするサービスなどがあるが、通常の配車サービスより更に厳しく指紋、FBI(連邦捜査局)、DOJ(司法省)、DMV(自動車管理局)操作歴、性犯罪歴などのバックグラウンドをチェックしているようだ。
今回の事件を受けた国や自治体の対策
今回のキッズラインの事件を受け、国や自治体の動きはあるだろうか。
まず、所轄官庁である厚生労働省はマッチング型シッターについてガイドラインを出しているものの、今回の事件を踏まえてガイドラインそのものが適切だったかどうかなどの見解は何も発表していない。(7月1日18:45追記:6月30日付けの事務連絡に基づき「ベビーシッターなどを利用するときの留意点」サイトは更新していたことが分かった)
また、キッズラインは利用者が内閣府や東京都のベビーシッター事業で補助金を受けられる業者として認定されており、少なくとも2人目の逮捕者荒井容疑者はその両方の認定シッターだった。内閣府の「ベビーシッター割引制度」については、内閣府は今回の事件を受けて6月25日に静かにその要綱の内容を改正している。
認定を受けた業者が派遣したシッターが犯罪等を働いた場合、業者はベビーシッター派遣事業の事業実施主体として国から委託を受けている全国保育サービス協会に報告をする義務が追加された。また、それを受けて協会は業者の割引券に対する認定を停止できるようになるものだった。
内閣府は協会に判断を投げたような形だが、協会側は著者の取材に対し、「協会単体で決められるものでもない。役所の方針に沿って判断していきたい」と戸惑い気味だった。
東京都は夜間保育も検討
キッズラインは東京都が待機児童など向けに制度化した「ベビーシッター利用支援事業」の認定も受けていた。しかし、東京都でも事業者の認定について見直すなどの動きは今のところない。
それどころか、東京都のこの支援事業は、来年度から夜間帯(22時~翌朝7時)保育も対象に入れる検討を始めたもようで、現在事業者への実態調査を実施している。夜間保育は夜仕事をしているシングルマザーなどの需要があり、実施する重要性はある。
しかし、業界内からは「密室でのお泊り保育ということになると昼間や施設より更にリスクが高くなる」「犯罪歴チェックもできる仕組みではなく、東京都側が事業者の審査を十分にできているとは言えない中で、大丈夫なのか」と疑問の声が上がっている。
※その後、東京都は支援事業においてキッズラインについて新規利用の停止をしています(2020年11月13日追記)
根本的な保育の改善と犯罪歴確認制度を
子育て施策を手厚くしてもらうのは大歓迎であり、シッターの普及にも救われる保護者は多いはずだ。しかし、国や自治体は事業者が質を向上する用途に対する補助金を出すなど、質の担保をしたうえで利用者が安く使えるための制度設計をしてほしいのだ。
また、本来は保育士処遇をあげてきちんと人材を確保し、保育の質が確保された保育施設を確実に増やすことが国や自治体のすべきことである。待機児童が解消できないからと規制緩和を続け、特に質の管理をしないまま事業者を次々と認定していくことは適切だろうか。
政府は、規制緩和や幼保無償化などを進める反面で起こっている問題に自覚的になっていただきたい。日本の様々な業界には規制緩和が必要な領域もあるだろう。しかし、子ども関係領域で緩和をしていくのであれば、せめて、海外のように犯罪歴チェックができる制度を入れてほしい。
子どもへの性犯罪は学校現場や学童、民間のキャンプなどでも発生している。初犯を防げるものではないが、犯罪歴がある人物が、少なくとも子どもにかかわる領域に近づけないようにする制度の検討を。都知事選でも、国への働きかけをする、自治体として率先して取り組むなどの論点にしてほしい。
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