春の地区大会にも注目して!
1年の高校野球シーズンでみれば、神宮大会終了後から春のオープン戦が解禁になる3月8日までのオフ期間を除けば、今が最も静かなときである。しかし、選手の能力とチーム力はこの時期、格段に伸びる。新チーム結成直後の秋の地区大会はセンバツ選考に直結するため、極めて重要な大会であることは言うまでもない。地区大会は春にもある。やり方は地区それぞれであるが、時期や開催方法はまちまちで、緊張感は秋と比べるべくもない。「お祭り」の域を出ないと言ったら言い過ぎだろうか。
春の地区大会は南から
九州、四国はゴールデンウイーク前後に終了し、九州は沖縄尚学が秋に続いて制覇した。センバツ8強は物足りない成績だろうが、同校に実力があることははっきりしている。九州は無条件で出られるセンバツ出場校に加え、各県の春の大会上位校が出場する。参加校が多い福岡が3校、鹿児島が2校で残りの県は1校。開催県からは4校の出場で、大会の盛り上げにひと役買うことになる。ちなみに熊本で開催された今大会は鎮西がセンバツに出たため、5校が地元代表として出場した。今年はセンバツに6校が選ばれた九州は例年よりも2校、多くの出場校があった。四国も県大会の上位校がセンバツ出場校と順位決定戦を行う。先述のように、徳島では春の県大会優勝の鳴門渦潮とセンバツ出場の池田が「チャレンジマッチ」で対戦し、池田が勝って徳島1位で四国大会に進出した。センバツ出場校がなかった香川は県の1、2位校が出場するし、昨年の高知のように2校がセンバツに出た場合は、センバツ校同士で代表決定戦を行い、その勝者が県1位と順位決定戦を行う。九州と違って出場校が「8」で固定されている四国は、センバツに出たからといって必ずしも地区大会に出られるとは限らない。四国は明徳義塾(高知)が段違いの強さを発揮して優勝した。センバツ校を優先的に出場させるのは、九州、四国とも、県大会がセンバツ本大会と重なって始まるための措置である。秋は北海道から始まるが、春は気候が良くなるのを待つためか、北海道、東北、北信越の開催時期が遅くなるのが一般的。センバツが懸かる秋は、選考委員の日程調整も難しいほど一気に行われることを考えれば、実にのんびりしたものである。
東京も参加する関東は盛り上がる
春の地区大会で最も面白いのは関東だろう。秋の関東は東京を除いて行われるため、東京勢も顔を揃える春の大会は豪華だ。開催県(東京は開催しない)が4校で、あとは2校。センバツで4強以上に進出すればこちらも無条件で出場できるようである。今大会も佐野日大(栃木)が推薦出場となっていた。秋に参加しない東京勢との力関係がはっきりするし、他地区と比較しても熱戦が多い。昨年、開催時期の関東出張でスポーツ紙を目にしたが、桐光学園(神奈川)の松井裕樹投手(楽天)が出ていたこともあり大きな扱いで驚いた。ただ、今大会から導入された「タイブレーク」は感心しない。これは進行を優先させるための措置で、試合そのものに向き合っているとは思えないからだ。ドラマ性を否定してしまうこの制度は、高校野球には相容れない。もっとも、神宮大会ではすでに導入されているから、関係者に驚きはなかったようである。甲子園に関係ない試合なので目をつぶるが、神宮大会でも導入を続けるならセンバツの「神宮枠」は潔く返上すべきと考える。
今大会は山梨学院大付が決勝で向上(神奈川)に快勝して関東大会初優勝。山梨勢としては、30年ぶりの春季関東優勝となった。初戦が難敵の浦和学院(埼玉)で、昨センバツ優勝投手の小島和哉(3年)相手にサヨナラ勝ちして勢いに乗った。センバツでは初日に不本意な内容であっさり敗れた同校は、先述の「センバツショック」をまったく感じさせず、夏に弾みがついたはずだ。
近畿は小規模に
他の地区も5月下旬から6月にかけて行われる。近畿は8校の出場で、秋の16校の半分。開催地のみ3校であとは優勝校が顔を並べる小規模な大会だ。ただ、センバツ近畿勢決勝の余韻があったからか、例年以上に実力校が揃っている。大阪以外はシード権が懸かるため予選も激しく、熱戦が相次いだ。私も5月25日、何年かぶりに春の近畿を観戦した。この日の1試合目は、センバツ出場の報徳学園(兵庫)が北大津(滋賀)と。報徳の永田裕治監督(50)と北大津の宮崎裕也監督(52)が中京大の先輩後輩だったことから、この両校はたびたび練習試合をしている。「何で近畿まで来て、永田とやらなあかんねん」と苦笑いした宮崎監督。やさしい先輩は後輩に花を持たせて?報徳が6-1で快勝。北大津も2年生の杉原竜希が本塁打を放つなど、「下級生にいい選手が出てきて、活気はあります」と宮崎監督は手応えを感じているようだった。第2試合は智弁和歌山と龍谷大平安の対戦。秋の近畿大会の決勝再現となった。両校期待の2年生左腕、平安の高橋奎ニ、智弁和歌山の斎藤祐太の投げ合いとなり、機動力と守備力に一日の長があった平安が今回も勝った。地元開催で満員に膨れ上がった西京極(わかさスタジアム)の平安ファンも満足したことだろう。試合内容は私のアナウンサーブログを参照いただきたい。
時期とモチベーションがいまいち?
ところで、今春の近畿には経験豊富なベテラン監督が率いる名門が数多く出場していたので、春の公式戦の意義や狙いを尋ねてみた。府県予選は「夏のシードが懸かっているため(大阪はシードがない)、簡単に負けられない」。このスタンスはどの指導者も一致している。ただいまひとつ盛り上がらない近畿大会のとらえ方は少し違っている。
「時期がよくない」というのは甲子園最多63勝の智弁和歌山・高嶋仁監督(68)だ。「ひとつ勝つと6月に掛かってくるでしょう。6月になると夏のメンバーを決めないといけないし、厳しい練習もしなければなりません。負けていいとは言いませんが、もう少し早い時期なら目いっぱい勝ちにいけるんですけどね。九州ぐらい早いと(5月上旬)一番いい」という。「勝ち負けを抜きにして楽しみにしていた」という平安戦は、秋と比べれば明らかに表情も違っていた。モチベーションを指摘するのは北大津の宮崎監督。
「今年は名門が揃いましたが、甲子園が懸かってないと盛り上がりませんね。『地区優勝校は夏の予選免除!』みたいにすれば目の色が変わると思います」というのはファンも納得できる意見。ただ宮崎監督は「進路を決めないといけない時期なので、ウチのような公立にとって近畿出場という実績は大きいです。ですから、少しでも進学に有利なように極力、3年生をメンバーに入れています」とも話し、指導者としての親心を覗かせる。報徳の永田監督も同様の話をしたことがあった。
4年前の春に、当時新入生だった田村伊知郎(立教大)の活躍で近畿を制した同校は、「秋から実績がまったくなかったので、3年生のために勝ちにいきました」(永田監督)。勢いをつけたこのチームは夏の甲子園でも4強入りし、興南(沖縄)の春夏連覇を阻止する寸前まで追い詰めた。その永田監督は、「春は夏に向けての試し」と断言する。レベルが高く、難敵が多い兵庫を勝ち抜くのは容易でない。「今のままじゃ絶対勝てません。夏に勝つため、どの選手が使えるかを見極めます。1年生の期待できる選手もいますからどこまで通用するか、試してみたい」と夏を見据える。
リセットして夏をめざしたい平安
センバツ優勝で古都のファンを熱狂させた平安の原田英彦監督(54)はセンバツに出た時とそうでない時とで少し違うと話す。「出てないときは冬の練習の成果を見ます。どれだけ伸びているか。センバツに出た時は、センバツの反省を踏まえ、現状を見て、夏にどう活かすかを考えます」。今回は後者に当たる。それも最高の結果を得ている。
「最近でも優勝関連の行事があって、まだまだ引きずっているんですよね。優勝を忘れて、早くリセットしたいんです。この前の週末にも香川の招待試合で負けたりして、このままじゃダメだとわかっているんですが」と苦しい胸の内を明かした。先述の「センバツショック」ではないが、後遺症のようなモヤモヤは拭い去れていないようである。「近畿でコテンパンにやられたらいいんです」(原田監督)と臨んだ試合は、地元開催で奮起した選手の頑張りで智弁和歌山に快勝。「ゼロからやり直したいのに戻せなかった」とは贅沢な悩みではあるまいか。地元で平安ファンが納得する試合をしてこそ、名門としての矜持は保たれる。リセットせずに夏の甲子園まで突き進んだらいい、と言ったら門外漢として無責任だろうか。