選挙ポスターで「共産の手から守ります」はアリなのか?
私は以前、NHK社会部記者時代に東京・目黒区に住んでいたことがある。今、暮らしている大阪に関係する用件で、けさ17日、目黒区を訪れたら選挙ポスターが貼ってあった。それで初めて目黒区長選挙が行われていることを知った。3人が立候補しているようだ。
まず目に付いたのは女性候補のポスター。「3姉妹の母」と書いてある。子育てをしてきた母親だということを強調したい気持ちはわかるが、選挙で「母」を全面に出すのはあまり好みではない。
その下のポスターは東大医学部卒のお医者さんらしい。学歴とともに「コロナと戦う」と書いてある。しかし、この方の専門分野を調べると消化器と出てくる。専門外のコロナに便乗している印象を受ける。
最後に女性候補の左のポスターに目を向けた。「目黒区長」とあるから現職だ。そして顔のすぐ左横の目立つ場所に書いてあるのが「何としても共産の手から守ります。」という言葉。「共産」は赤地に白抜き文字で強調してある。うん?誰のことを指しているんだ?
共産系じゃないのに「共産の手から守る」?
お医者さんは「日本維新の会」と書いてあるから違う。女性候補は「立憲民主党・日本共産党・社民党・生活者ネット 推薦」と書いてあるから、この候補を指しているのだろう。だが、いわゆる野党共闘候補であって共産単独候補ではない。それに経歴を調べると去年の目黒区議選では立憲民主党の公認で立候補し、ダントツの5202票を獲得しトップ当選している。つまり共産系とも言えないだろう。共産党も推薦に加わっているからといって、この方を想定して「共産の手から守る」というのは事実に反する。
「●●の手から守る」に感じる「排除の論理」と「不寛容さ」
それにそもそも、特定の団体をターゲットに「●●の手から守る」というのは不穏当だと感じる。このポスターの主は現職の目黒区長だ。目黒区民すべてを代表する立場だ。目黒区には(どこでもそうだが)いろんな主義主張の方が暮らしているだろう。自民支持の方も共産支持の方も。目黒区議会には共産の議員が5人いるようだから、それだけ支持者がいるということだ。「共産の手から守る」というのは、目黒区民の一部を一方的に敵視しているように見える。
念のため申し添えると、私は共産党員でも共産党支持者でもない。森友事件や生活保護の取材で知り合った、たつみコータローさん、宮本たけしさんのように、取材でお付き合いのある共産党の議員・元議員は何人かいるが、そういう議員は自民にも公明にも維新にも立憲民主にも国民民主にもいる。特定の党派を支援してきたわけではなく、共産党に肩入れしてもいない。ただ、このポスターの言葉が「排除の論理」「不寛容さ」の現れだと感じられて気になった。
目黒区選管は「申し上げることはない」
そこでまず目黒区選挙管理委員会に電話してみた。
相澤)選挙ポスターに「共産の手から守ります」と書いてありますが、これは公職選挙法に抵触しませんか?
選管)ポスターの内容について審査していません。
相澤)いや、審査したかどうかじゃなくて、ポスターにそう書いてあることはご存じですよね?その言葉が公選法に触れないかどうか見解を尋ねているんです。
選管)実際に行われている行為については判断できません。警察に問い合わせてください。
相澤)そうじゃないでしょう?取り締まるかどうかを尋ねているんじゃありません。この言葉を選挙ポスターに表記するのが公選法上問題あるのかないのか、見解を尋ねているんです。こういう場合は選管が一定の見解を示すものじゃないですか?
選管)…上役と相談して回答するということでもよろしいですか?
相澤)はい、お願いします。
その後、3時間近くがたって、選管から返答があった。「ポスターの表記に規制はなく、選管が申し上げることはありません」との見解だった。
現職陣営事務所は「わかりません」
次は当のポスターを掲示している候補の陣営の事務所だ。電話して同じようにポスターの言葉について見解を尋ねた。すると電話口の相手は「私は留守番の者ですので選対の者じゃないと詳しいことはわかりません」と言う。そこで、2つの点について選対の人に確認して電話を折り返してほしいと頼んだ。
1)「共産の手から守ります」という言葉をポスターに載せるのは公職選挙法に抵触しないのか?
これは選管への質問と同じだが、もう一点。
2)区民を代表する区長がこういう言葉を掲げるのは、問題があるのではないか?
電話でコメントをお願いして3時間がたったが返答はない。選挙戦のさなかに選対の責任者が長々と席を空けるとも思えない。そこで返答を待たずにこの記事を出すことにした。もしも返答があったら、その時点で記事を差し替えることにする。
標的にされた候補は「こんな人が私たちの目黒区のリーダーだったのか」
選挙とは別のそもそもの用件を済ませた私はJR山手線の目黒駅から電車に乗ろうとした。するとたまたま、現職のポスターが標的にしたと見られる女性候補が街頭演説を行っていた。ご本人はどう思っているのだろう?あいさつをして、演説が終わった後にこの件でコメントを頂きたいとお願いした。
しばらくして届いたコメントは次の通りだ。
「描きたい目黒区の将来像や個別の政策は選挙で大いに論戦するにしても、コロナ対応で手を携えなければならないこの時に、不要な区民の分断を生み、不毛な対立を煽る時代錯誤の政治認識に強い怒りを覚えています。こんな人が私たちの目黒区のリーダーだったのかと。」
そう語るのは、目黒区長選挙で立候補届け出番号1番の山本ひろこ候補(43)無所属(立憲民主・共産・社民・生活者ネット推薦)。
届け出番号2番はたぶち正文候補(61)日本維新の会公認。
届け出番号3番が現職の青木英二候補(65)無所属(自民・公明・連合東京推薦)。推薦はすべてご本人のポスターによる。
区選管によると、期日前投票はきのう16日の時点で1万3382人。前回同時期は5489人だったというから相当伸びている。
目黒区長選挙の投票は、あさって19日に行われる。
【執筆・相澤冬樹】