ヘッジファンドのファンドは切れ味のいい包丁だ
ファンドというと、何か胡散臭いものが想像されそうですが、ファンドは多数の投資家の資金を合同運用するための法律上の器にすぎません。さて、なぜヘッジファンドはファンドなのか。
ファンドとは何か
多数の投資家の資金を合同して運用するには、資金を容れるための法律上の仕組みが必要ですが、そうした容器の一般的な総称として、ファンドという言葉が使われています。世界の各地に、その当地の根拠法に基づく多種多様なファンドが存在していて、日本にも、投資信託をはじめ、いくつかの法律上の仕組みのもとで、用途目的に応じて、様々な種類のファンドが利用されています。
ヘッジファンドというファンドはない
ヘッジファンドは、ファンドの種別ではなくて、ヘッジという手法を共有する投資戦略の総称ですから、ヘッジファンドという名前が定着しているものの、本来は、ヘッジ戦略と呼ばれるべきです。ヘッジとは、リスクのヘッジであって、等しいリスク特性をもつものについて、同金額の売り買いを両建てて、リスクを相殺して消去することです。
等しいリスク特性をもつものは、価格も等しいはずですが、市場の非効率といって、異なる価格がついていることがありますから、安いほうを買い、高いほうを空売りすれば、理論的には、リスクは消去されて、価格差だけが残ります。こうして、リスクをとらないで利益だけを得るのがヘッジファンドの戦略なのですが、当然のことながら、理論を実践するには、高度な取引技術を要するわけです。
リスク特性については、等しさという条件は厳格にすぎるので、実際には、等しさは、類似性、統計的な近似性へと拡張されていて、同金額の売り買い両建てという条件についても、金額の不一致は普通のことになっています。それでも、ヘッジファンドには、共通して、ヘッジによる理論的なリスク管理と、熟練を要する高度な取引技術という特色がみられます。
ヘッジファンドと投機
ヘッジファンドのヘッジ手段として使われるものは、手法としては空売りであり、道具としては、先物、オプション等のデリバティブであって、これらは投機の手段としても使われていますから、外貌上は、ヘッジファンドと単なる投機とは区別がつきません。
あるいは、ヘッジファンドに正面から投機に類した性格を認めてしまえば、ヘッジファンドは、高度に洗練されたリスク管理手法を伴う投機ともいえます。故に、ヘッジファンドから投機が連想されても、大きな間違いではないのですが、単なる投機は投機であり、高度に洗練された投機は立派な投資戦略であって、両者は、外貌は同じでも、本質は異なります。
なぜヘッジファンドなのか
元祖のヘッジ戦略は、超富裕層が高度な投資技術をもつ専門家を雇って自分の財産の一部を自由に運用させたことから、始まったのだと考えられます。つまり、ヘッジ戦略は、投資運用の世界のなかで、とり得るリスクの許容度が最も大きく、規制等の制約が最も少なく、運用者の技術が最大限に発揮できることを条件として発足したのであって、こうした条件が整っていたからこそ、成果をあげ得たわけです。
その後、ヘッジ戦略の運用者が独立し、投資運用業者として、顧客を受け入れるようになっても、顧客をリスク許容度の大きな投資家に限定し、規制等の制約の最も少ない環境を維持し、運用の自由度を確保しようとしたのは当然で、故に、顧客の資金を容れるファンドの設計において、運用者の都合が満たされるように工夫が凝らされたわけです。こうして、ヘッジ戦略は、ファンドの設計にも重要な意味が込められて、ヘッジファンドと呼ばれるようになったと考えられます。
ヘッジファンドのファンドの特色
ファンドは、設立地の法律等によって様々に規制されていますが、規制目的は、ファンドの受益者、即ち投資家の利益を保護することですから、投資家の知識や経験が異なれば、規制も異なります。例えば、日本の投資信託についても、投資の素人とされる一般個人向けの公募投資信託と、玄人とされる適格機関投資家向けの私募投資信託とでは、規制が違うわけです。
当然、投資経験が少なく、知識も乏しく、リスク許容度も小さいと考えられる一般個人向けのファンドは、どこの国でも、投資の対象や方法について最高度に規制されていて、そこでヘッジファンドの戦略を実行することは不可能です。故に、ヘッジファンドの戦略では、自由度を確保するために、玄人の投資家を対象とした規制の少ないファンドが選択されますから、結果として、オフショアの金融センターにあるファンドが多くなるのです。
ヘッジファンドと情報開示
ヘッジファンドの戦略には、基本的に、高度な秘匿性が求められます。しかし、秘匿性をもって利益源泉にするのではなく、戦略遂行の都合上、秘匿性が必要になるだけのことです。つまり、ヘッジファンドは、市場に隠れている非効率を発見し、それを利益化するものなので、運用内容を開示するにしても、非効率を発見した段階ではなく、利益化が終了した段階になるのは当然であって、秘匿性とはいっても、開示の遅れにすぎないわけです。
また、ヘッジファンドは、広く投資家を募るものではないので、社会一般に対して情報が開示される必要はなく、現に投資している顧客に対する情報提供だけで十分ですし、そもそも、顧客は情報開示の水準について納得して投資しています。つまり、特定少数を対象にするファンドと、不特定多数を対象とするファンドとの間には、情報開示において本質的な差異があってしかるべきなのです。
ヘッジファンドとレバレッジ
レバレッジは梃子ですが、投資の世界では、借入れによって運用資金額を増加させることです。調達費用と投資利益との差が追加利益となるので、調達額を増やすほど、梃子の原理が働いて、利益は大きくなりますが、損失がでるときは、損失も増幅されます。投資で損をするといっても、元本は減るだけで、なくなりませんが、過大なレバレッジを行えば、元本が消えて、借金が残り得るわけですから、危険な投機になります。
ところが、ヘッジファンドでは、多くの場合、レバレッジが使われていて、ヘッジファンドから投機が連想されやすい原因となっていますが、真のヘッジファンドにおいては、レバレッジは、決して投機的に使われることはなく、常に適正な水準に維持されるように厳格に管理されています。
レバレッジを使って、株式のような価格変動の大きなものに投資することは明らかに投機ですが、ヘッジファンドは、投資対象の価格変動をヘッジしているからこそ、ヘッジファンドであるわけで、レバレッジを使っても投機になりません。他方で、ヘッジファンドは、市場の非効率をつく戦略ですから、利益の得られる確度は高くても、期待される利益は大きくなく、レバレッジを使って、利益を増幅する必要があります。
つまり、ヘッジファンドにおいては、レバレッジは、投資戦略の本質として、使っても投機にならず、逆に、使うべき必然性があるからこそ、使われているのであって、株式に投資するためのレバレッジのような投機とは、根本的に異なるのです。
よく切れる包丁
ヘッジファンドは、投資戦略の本質として、投資の対象や手法における自由度の確保、情報の秘匿性、レバレッジの活用、運用者の利益誘因としての柔軟な成功報酬の設計などを要求します。故に、ファンドの設計は、それ自体がヘッジファンドの本質として、重要な意味をもつので、そこに高度な工夫がなされてきて、そうした工夫が可能になる根拠法のもとで、ヘッジファンドは設立されてきたのです。
なお、よく切れる包丁は、優秀な板前が使うのと、犯罪者が使うのとでは、全く異なる効果を生み得るように、自由度と秘匿性を備えたファンドの設計は、優秀な運用者が使うのと、不正な運用者が使うのとでは、全く異なる結果を生み得ますが、包丁とファンドに罪はありません。