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A級順位戦、大混戦! 藤井聡太名人への挑戦権争いは豊島将之九段、永瀬拓矢九段、菅井竜也八段の3人に

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月31日。東京・将棋会館と大阪・関西将棋会館において、第82期順位戦A級8回戦の5局が一斉におこなわれました。結果は以下の通りです。

豊島将之九段(6勝2敗)●-○斎藤慎太郎八段(3勝5敗)

菅井竜也八段(5勝3敗)●-○佐藤 天彦九段(4勝4敗)

永瀬拓矢九段(5勝3敗)○-●佐々木勇気八段(3勝5敗)

渡辺 明九段(4勝4敗)●-○中村 太地八段(4勝4敗)

稲葉 陽八段(3勝5敗)●-○広瀬 章人九段(3勝5敗)

 名人挑戦権争いは6勝2敗の豊島九段、5勝3敗の永瀬九段、菅井八段の3人にしぼられました。残留争いは大混戦です。

菅井八段、敗れる

 大阪でおこなわれたのは▲豊島-△斎藤戦と▲佐藤-△菅井戦の2局。全5局を通じて、もっとも早く終わったのが後者で、もっとも遅く終わったのが前者でした。

 ▲佐藤-△菅井戦は、菅井八段の三間飛車。佐藤九段は角を換えてすぐに打ち、序盤から乱戦模様となりました。

 菅井八段は大駒2枚を切って攻め続けていきます。佐藤九段はきわどいところをしのぎ続け、優位に立ちました。

 佐藤九段が満を持して反撃に転じると、さすがの菅井八段も粘りが効かない状況に。19時57分、短手数の71手で佐藤九段の勝ちとなりました。

 佐藤九段はこれで4勝4敗。例年であればこれで残留確定でも不思議ではない星ですが、大混戦の今期、まだわずかに降級の可能性も残されています。

 菅井八段は5勝2敗。もし豊島九段に勝たれると、名人挑戦の可能性がなくなるところでした。

挑戦と残留をめぐる深夜のドラマ

 順位戦は全クラス、持ち時間各6時間です。B級1組以下は、すべての時間を加算するチェスクロック方式に変わりました。ただしA級だけは一分未満を切り捨てる、将棋界伝統のストップウォッチ形式です。そのため終局時間は遅くなることが多く、今節でも5局のうち4局は、日付が変わっての決着となりました。

 残留を争う▲広瀬-△稲葉戦は、広瀬九段が矢倉、稲葉八段が雁木という布陣に。相居飛車らしい、互いに縦から攻め合う進行となり、難しい中盤戦が続きました。

 終盤に入り、形勢の針は次第に広瀬九段よしへと傾いていきます。最後は広瀬九段が稲葉玉を詰ませ、0時0分、125手で終局。勝った広瀬九段、敗れた稲葉八段は、ともに3勝5敗で並びました。

 ▲中村-△渡辺戦は中村八段先手で相掛かりに。中村八段が2歩を得したのに対して、手得の渡辺九段は2枚の銀を手早く中段に進めていきました。

 盤面全体で戦いが起こりながらも、ずっと均衡が取れた形勢が続き、そのまま深夜の戦いに入りました。

 93手目。中村八段は飛車取りに桂を打ちます。残り時間は中村10分。渡辺1分。渡辺九段は初期位置二段目の飛車をどこに逃げるのか、難しいところです。

「50秒、1、2、3、4、5、6、7」

 記録係にそこまで読まれたところで、渡辺九段は飛車を三段目に浮きました。結果的には、ここで形勢に差がついたか。代わりに一段目に引いておけば守備力がキープされ、容易ではなかったようです。

 中村八段は着実に寄せの網をしぼり、勝勢を築きます。そこに110手目、渡辺九段から金をタダで捨てる鬼手が飛んできました。

「見えてなかったんじゃないの!? 太地さん」

「棋士中村太地将棋はじめch」で中村八段のパートナーである鈴木肇さん(元アマ名人)からはそんな悲鳴にも似た声が上がっていました。

 厳密には金を取っても勝ちのようです。しかし実戦で堂々とそう指せるか。中村八段はここで6分を残していたのが大きかった。慎重に4分を使い、当たりになっている飛車を逃げ、馬につないで、着実にゴールを目指しました。

 127手目。中村八段は歩を合わせて、渡辺玉に迫ります。渡辺九段はその手を見て投了。0時41分、熱戦にピリオドが打たれました。

 中村八段は4勝4敗で残留に大きく近づきました。しかし順位が最下位のため、4勝5敗でも降級してしまう可能性が少なからず残されています。

 渡辺九段も4勝4敗。藤井名人へのリターンマッチの可能性は、今期はここでなくなりました。

永瀬九段、激熱のライバル対決を制する

 ▲佐々木-△永瀬戦は佐々木八段先手で矢倉模様に。佐々木八段が仕掛けたところで永瀬九段も逆方向から動き、戦いが始まりました。

 87手目。佐々木八段はタダで取られるところに銀を打ち込みます。手ごたえありという場面だったか。対して永瀬九段は取れる銀を取らず、金をかわしてこらえました。

 佐々木八段は左右はさみうちで、永瀬玉をとらえる網をしぼりこんでいきます。しのぎ続ける永瀬九段。そしてついに、永瀬九段が一手勝ちの形へと持ち込みました。

 100手目、永瀬九段は佐々木陣の歩頭に角を打ちつけます。これが佐々木玉を追いつめる、鮮烈な決め手となりました。

 残り時間が少ない中、佐々木玉の近くで互いに金を打ち続ける順が生じます。すわ千日手か? そう思われたところで、永瀬九段は打開。押し切る形を作りました。

 118手目、永瀬九段は角を成ります。2枚目の馬を作られ、攻防ともに手段が尽きた佐々木八段。投了を告げ、0時41分、終局となりました。

 勝った永瀬九段はこれで5勝3敗。名人挑戦権争いに望みをつなぎました。

 敗れた佐々木八段は3勝5敗。苦しい星となりましたが、最終局で競争相手の斎藤八段に勝てば、他力ながら残留の可能性も残されています。

豊島-斎藤、深夜の劇的な結末

 ▲豊島-△斎藤戦は先手の豊島九段が矢倉囲いを組んだのに対して、斎藤八段は中住居(なかずまい)で一段飛車というバランス重視の陣形。斎藤八段が端1筋から動いたのを見て、豊島九段は斎藤玉に近い中央から駒をぶつけていきました。

 中盤から終盤にかけて、形勢は揺れ動いていきます。

 126手目。斎藤八段は飛車取りに歩を打ちます。残りは豊島11分、斎藤2分。

 コンピュータ将棋(AI)が示す評価値は豊島九段よし。しかし局面は難しい。打たれた歩を飛車で取るか、それとも香で相手の飛車を取って決めにいくか。あるいはほかの手段があるのか。豊島九段は刻々と時間を削られていきます。

記録係「これより一分将棋でお願いします」

 豊島九段はここで持ち時間を使い切りました。

「50秒、1、2、3、4、5、6、7、8」

 そこまで読まれて豊島九段の右手が伸び、斎藤玉すぐそばの飛車を取りました。考え抜いた末の選択でした。

 斎藤八段は豊島玉を左右はさみうちの形へと持ち込もうとします。132手目、斎藤八段もまた時間を使い切って、あとは両者ともに一分将棋。斎藤八段は「8」まで読まれ、自玉そばの角を飛び出して、相手玉に王手をかけました。

 他の対局はすべて終わり、残すは本局だけ。左手を口にあてて考える豊島九段。王手にどう応じるか。時間があれば、読み切れたかもしれません。しかし朝10時から日付が変わる深夜まで戦い続けた末に、一分未満で決断を迫られています。読みきれない場面で、指(ゆび)がいいところにいくかどうか。将棋界ではこうした状況を指運(ゆびうん)と言います。

「9」まで読まれた豊島九段。盤上の香を手にして、2ます上に移動させました。「移動合」と呼ばれる手段です。ここでまた、形勢は入れ替わりました。豊島玉には長手数ながら、詰みが生じたのです。

 コンピュータ将棋(AI)の判定によれば、代わりに角の移動合か、玉の右肩に歩を打っての合駒ならば詰みは逃れていた。深夜の順位戦であれば、指運(ゆびうん)だったというほかありません。

 豊島玉が詰むかどうかは、簡単ではありません。しかし詰将棋を作るのも解くのも名手の斎藤八段。その簡単ではない詰みを瞬時に読み切りました。

 134手目、王手で金を寄ったのが唯一の詰み筋。後ろ頭に手をやる豊島九段。斎藤八段は飛車を取りながら、その飛車を打って、豊島玉を寄せていきます。最後は遊んでいたようにも見えた、端の銀まで詰みの役に立ちました。

 142手目、斎藤八段は金を打って王手をかけます。豊島九段は冷たいお茶を飲み、正座にすわり直しました。

「50秒、1、2、3、4、5」

 そこまで読まれたあと、豊島九段は作法通り右手を駒台に添え、一礼をしながら、「負けました」と告げました。斎藤八段も一礼を返し、0時52分、A級「ラス前」8回戦、すべての対局が終わりました。

 斎藤八段はこれで3勝5敗。最終局で佐々木八段に勝てば、自力で残留を決める立場にまで浮上しました。

 豊島九段は6連勝のあとの2連敗。敗れた相手は広瀬九段、斎藤八段でした。名人挑戦の可能性がある棋士が、降級のピンチを抱えた棋士に敗れるのもまた、A級順位戦ならではのドラマです。

そして一番長い日へ

 A級最終9回戦は2月29日、静岡県静岡市・浮月楼でおこなわれます。

 対戦カードは以下の通りです。

△豊島 将之九段(6勝2敗)-▲菅井 竜也八段(5勝3敗)

▲永瀬 拓矢九段(5勝3敗)-△中村 太地八段(4勝4敗)

▲渡辺  明九段(4勝4敗)-△広瀬 章人九段(3勝5敗)

△佐藤 天彦九段(4勝4敗)-▲稲葉  陽八段(3勝5敗)

▲斎藤慎太郎八段(3勝5敗)-△佐々木勇気八段(3勝5敗)

 豊島-菅井戦は名人挑戦権を争う直接対決。豊島九段が勝てば挑戦決定。菅井八段が勝てば6勝3敗で並んでプレーオフに持ち込まれます。

 永瀬九段は中村八段に勝てば6勝3敗。豊島-菅井戦の結果次第では、3者によるプレーオフの可能性も残されています。

 4勝4敗の渡辺九段はただ一人、挑戦と降級、いずれの可能性もありません。他の4勝4敗以下の6人の棋士は、残留を目指しての戦いとなります。順位下位の場合は4勝5敗で降級する可能性も残されています。

「将棋界の一番長い日」と称されるA級順位戦最終局。はたしてどのような結末を迎えるのでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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