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『ABCお笑いGP』優勝・令和ロマンの「ネタ調整力」、本番と2日前のライブで見た勝負ネタの異なる印象

田辺ユウキ芸能ライター
令和ロマンの高比良くるま(左)、松井ケムリ(右)/写真提供:ABCテレビ

若手お笑い芸人の登竜門『第45回ABCお笑いグランプリ2024』(ABCテレビ)の決勝戦が7月7日に開催され、漫才コンビの令和ロマン(高比良くるま(※註1)、松井ケムリ)が第45代チャンピオンに輝いた。

※註1:高比良くるまの「高」は正しくは「はしごだか」

同大会は、芸歴10年目以内のお笑い芸人を対象としており、漫才、コント、ピン芸などのジャンルは不問とすることから「お笑い異種格闘技」と称されている。また、大阪のABCテレビが主催だが、出場するお笑い芸人たちの拠点は関西に限定せず全国であることから、毎年ハイレベルな争いが繰り広げられている。加えて今大会は、前年開催の『M-1グランプリ2023』王者である令和ロマンが参戦したことでさらに注目度が増した。

令和ロマンは、ファーストステージのブロック戦を、“猫の島”で巻き起こる奇怪な風習に松井ケムリが巻き込まれるネタで突破。ダウ90000、青色1号と争ったファイナルステージでは、松井ケムリが1年ぶりに実家へ帰ってみると、ダークファンタジーのような世界観へ様変わりしているというネタを披露し、2位の青色1号に4点差をつける459点で頂点に立った。

『M-1』王者が若手芸人向けのコンクールに出場するのは異例のこと。『ABCお笑いグランプリ』では、『M-1』王者の出場は大会史上初めての出来事だった。決勝に進出したほかの11組は当然“令和ロマン食い”を狙い、また番狂わせを期待するお笑いファンも少なくなかったのではないだろうか。それでもファーストステージでは、審査員の立川志らくから「王者の風格が漂っている。『M-1』の決勝ネタより今日の方がおもしろい」と絶賛されるなど、圧巻のパフォーマンスをみせた。

本番2日前、大阪の劇場で披露されていた令和ロマンの決勝ネタ「実家」

タイトルホルダーを含む若手実力者たちがそれぞれの得意分野を持ち寄って勝負する同大会でも勝利をおさめた、令和ロマン。筆者は、令和ロマンの強さの理由の一つとして「ネタ調整力」を挙げたい。

「ネタ調整」とは、『M-1』などの大きな大会を見据えて、劇場ライブなどで勝負ネタを何度もやってブラッシュアップする作業のこと。たとえば漫才であれば、台詞の文字数を削ったり、間を短くしたり、客の反応を確かめたりしながら、ネタを競技用へと仕上げていく。かつてとある漫才コンビにインタビューしたときに聞いた話だが、大会直前におこなわれる劇場ライブでは、本番を意識する芸人が多いことから、香盤表のネタ時間の枠には「4分」の文字がずらりと並ぶのだそうだ(『M-1』では準々決勝より「4分」となる)。

つまり大会直前のタイミングでおこなわれている劇場ライブでは、「寸分の狂いもなく」とは言わないまでも、本番にかなり近い状態のネタを見ることができる。

筆者は『第45回ABCお笑いグランプリ2024』の2日前、7月5日に大阪・森ノ宮よしもと漫才劇場で開かれたライブ『kiwami極森ネタライブ』に足を運んでいた。令和ロマンはその劇場ライブに出演しており、そこでファイナルステージで披露されたネタ「実家」を披露していた。タイミング的にも「ネタ調整」の位置付けだと推察できる。

ただ個人的には、2日前の劇場ライブで観た「実家」と、『ABCお笑いグランプリ』での同ネタはまったく別モノのように感じた。充実したネタであることに変わりはない。ただ、本番の「実家」の方が圧倒的に笑えたのだ。

大ウケのポイントが変わり、粗さやユルさがなくなっていた

まず、大ウケのポイントがまったく異なっていた。

本番の「実家」では、松井ケムリの妹・パイポが特殊能力を発動させてしまい、讃美歌が流れる(高比良くるまが口ずさむ)なか、実家にいる人々が粉々に消え去っていく様子をスローモーションで表現し、そこで観客から一番の爆笑が起きていた。

一方、劇場ライブでは、松井ケムリの父親が長く伸びた髭を頭上で結び、その結び目を切ったとき「とろーん」と垂れ下がる場面がハイライトとなっていた。令和ロマン自身、その描写をイチオシしている感じがした。だからなのか、劇場ライブでは「とろーん」を何回もやってみせていたのだ(なんなら何パターンもの髭の切り方も披露していた)。もしかすると比較的長尺な劇場ライブのネタ時間にあわせて、敢えてそのくだりを膨らませたのかもしれない。それでも、本番直前のタイミングで勝負ネタの“型”を崩すようなことを果たしてするだろうか。それであれば、ツカミに時間を費やし、本ネタは本番を意識した形にした方が安全である。

あと劇場ライブでは、高比良くるまが演じた父親などのキャラクター性に重きが置かれている感じだった。しかし本番では、それぞれのキャラクターのおもしろさはもちろんあったが、展開に起伏がしっかり感じられ、ストーリーのテンポ感も抜群に良かったので、ネタ自体が非常に見やすくなっていた。これも2日前の劇場ライブでは得られなかった実感だ。

一番のウケを狙うポイントを意図的に変えたのか。それともネタ時間の違いから自然に変わったのか。あと、ストーリー面や展開面で新たな要素を加えたのか。そのあたりの真相は分からないが、前述したように「実家」を見た印象はわずか2日でかなり変わった。もしかすると2日前は、本番直前にもかかわらずまだいろんな実験をおこなっていたのかもしれない。そうであれば、2日前は粗さやユルさすら感じられ、なんなら同じ劇場ライブに出ていた華山の漫才、さや香のコントに押し負けていたように見えた理由もうなずける。それでも2日後の本番では完璧に仕上がっていた。令和ロマンの「調整力」、恐るべしである。

「実家」は、省略を重ねても抑えきれないボリュームがある

そもそもネタ時間も、劇場ライブと本番では大幅に違っていた。ファイナルステージの「実家」のネタ時間は、「どうも、令和ロマンです」のあいさつの時点から「もういいよ、ありがとうございました」まで4分55秒ほどだった。しかし劇場ライブでは、計測はしていないが体感的にはその倍近くあった。前述したように、「ネタ調整」の期間では、本番を意識したネタ時間を組むことが多いことから、全然違うということはあまりない。

審査員の岩崎う大(かもめんたる)はネタ時間について興味深いコメントをしていた。それは「(ネタ時間の)分数がバラバラ。令和ロマンは長めで、青色1号は短め。ダウはぴったり。そこも審査で考慮したい」ということ。

『ABCお笑いグランプリ』のネタ時間は、基本的には4分。つまり令和ロマンは大きくオーバーしていたのだ。それでも、冒頭でいつもやっている高比良くるまによる松井ケムリいじりを封印して本題にすぐ入ったことから、ネタ時間についてはかなり考えていたのではないか。

劇場ライブでは何度も繰り返して笑わせようとした父親の長い髭のくだりも、本番では1回きり。2日前に見た“原型”を知っているだけに、いかに省略に省略を重ねてネタを洗練させたのかがよく分かった。ただ、それでも抑えきれないボリュームが「実家」にはあるのだ。

それにしてもあらためて、本番2日前という本来であれば完成形に近いものを見せるタイミングで、まだそこまで磨き上げが進んでおらず(進んでいないように見え)、その状況から優勝までよくたどり着いたものだ。心底、驚かされる。いったいどういう意識で、令和ロマンは「ネタ調整」をおこなっているのか。一つ言えるのは、取材などでよく聞く「ネタ調整」の仕方とはちょっと異なるということ。そして、「ネタ調整」の能力が高いということだ。

芸能ライター

大阪を拠点に芸能ライターとして活動。お笑い、テレビ、映像、音楽、アイドル、書籍などについて独自視点で取材&考察の記事を書いています。主な執筆メディアは、Yahoo!ニュース、Lmaga. jp、リアルサウンド、SPICE、ぴあ、大阪芸大公式、集英社オンライン、gooランキング、KEPオンライン、みよか、マガジンサミット、TOKYO TREND NEWS、お笑いファンほか多数。ご依頼は yuuking_3@yahoo.co.jp

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