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「最近よく聞くGPUってなんなの?」観る将棋ファンのためのコンピュータ講座(2)

松本博文将棋ライター
(画像:いらすとや)

松本 では今回も講師に「水匠」開発者の杉村達也先生、ゲストに渡辺明名人を迎えて進めさせていただきます。第2回のテーマは「最近よく聞くGPUってなんなの?」です。

杉村 これもまた難しい質問ですが(笑)

渡辺 もちろん、わかりません(笑)

松本 ちょうどよかった。私もわかりません(笑)。多くの将棋ファンの方もわからないのではないでしょうか。

杉村 GPUとはGraphics Processing Unitのことで、主に3Dグラフィックを描画するためのパーツです。

松本 はい。本格的にゲームなどする人が重視するパーツというのが、私のざっくりした知識です。グラフィックボード(グラボ)とGPUは、ほぼ同義ですか?

杉村 ほぼ同義です。グラボの一部にGPUが付いています。

松本 なるほど。

杉村 よく言われるのはCPUは大学生。GPUは小学生がたくさん。

松本 といいますと・・・?

杉村 GPUだとコア数は10000コアを超えるものもあります。

松本 えーと、1万? CPUだと64コアで最高クラスなんですよね。

杉村 はい。大学生でも1人では単純な計算では小学生100人に勝てない。3Dグラフィック描画には膨大な座標の計算等があり、単純な計算が多いので・・・

渡辺 この説明では棋士は全くわからないと思います(笑)

松本 (笑)

杉村 失礼しました(笑)

渡辺 いえ、続けて下さい。

杉村 3D描写においては単純な計算が多いので、GPUが使われるということらしいです。さらに最近は3D描写に留まらず、ディープラーニング(DL)の分野でもGPUが使われるようになったとのことです。

松本 そこが現在のトピックですね。

杉村 それは、ディープラーニングの分野では、膨大な単純な計算をするので、CPUよりもGPUがその計算に向いている。そのため、ディープラーニング=GPUを使うみたいに思われているみたいですね。dlshogiという将棋ソフトは・・・

松本 「dlshogi」の読み方は「でぃーえるしょうぎ」でいいんですか?

杉村 合ってます! 開発者の山岡忠夫さんがそう言っているので。

松本 わかりました。

杉村 dlshogiはディープラーニングの仕組みを利用したソフトですが、CPUのみでそれを動かそうとすると今現在は1秒間に100手くらいしか読めません。

松本 先日、名人宅で言われてた話ですね。普通のパソコンではそうなると。

杉村 しかし、高性能なGPU、例えば渡辺名人のPCに入っているRTX3090を使うと、1秒間に50000局面くらい読める。

松本 5万・・・。

杉村 よって、dlshogiを強く動かしたいならば、GPUというパーツは必須ということですね。

松本 なるほど、なんとなくわかりました。先ほどの比喩ですけど、99手詰を1問解くとしたら大学将棋部員1人の方が速いけど、1手詰を100問解くのだったら、小学生100人のチームの方が速いと、そんな感じですか?

杉村 比喩としてはいい感じです。

松本 単純な計算をするのなら、頭数を増やした方がいいと。

杉村 そうですね。

GPUの使用例

松本 いまはGPUの価格が高騰してると聞きます。それは将棋関係者がいっせいに買い始めたからではないですよね?

杉村 違いますね。

松本 それがなぜかというと・・・。

杉村 GPUを使うと仮想通貨というものを発掘できるみたいです。

松本 マイニングというやつですね

杉村 例えばビットコインという仮想通貨。

提供:アフロ

松本 そういえばある棋士が、以前買ったビットコインが上がってうれしいみたいなツイートをしてましたね。

杉村 羨ましい。

松本 仮想通貨もほとんどの人は投機目的で売買していると思います。上がり下がりで得したり損したりすることもある。マイニングは勝ちしかない感じですか?

杉村 パーツ価格や電気代との兼ね合いがあります。

松本 当然どこかに損益分岐点が存在するわけですね。

杉村 なので、仮想通貨の価値に合わせてパーツの価格が上下する。そういうことみたいです。

松本 世界のそうした動き、新時代のゴールドラッシュに、将棋界もどこかで影響を受けているのが面白いですね(笑)。コンピュータ将棋開発者の皆さんは優秀だから、いろいろやって儲けたりはできないんですか?

杉村 正直、コンピュータ将棋は全く儲からない(笑)

松本 それは強調すべき点ですね!!!(笑)

杉村 なので、開発に使っているGPUをマイニングに使った方が。0よりは高いので、確実に儲かりますね(笑)

松本 わかりみが深い。なぜ皆さんは、儲けとはほど遠い将棋ソフト開発をしているのか、という話にもなるんですが(笑)

杉村 人によって違いそうですね・・・。

松本 ははは。モチベーションは人それぞれと。

杉村 私は競走馬をゲームで育ててるイメージ。

松本 これは名人の得意分野。

杉村 工夫して強くなると嬉しいですよ!

渡辺 競馬ゲームより、だいぶ難しそうですけど(笑)

杉村 基本、ゲームで儲けようとは思わないですよね。むしろ払う側。

松本 ストイックだ。

杉村 いや、やねさん(「やねうら王」開発者)とかがいろいろ提供してくれているので。提供されたダービースタリオンみたいなゲームを遊んでいる。そんな感じもします。

松本 なるほど。

杉村 自分で1から開発するのも楽しいですが!

松本 ダビスタを開発された方は、早稲田大学将棋部の出身ですね。

渡辺 薗部博之(そのべ・ひろゆき)さんですね。カーリングでお会いした時に将棋もお好きだと聞きました。

松本 そうでしたか。杉村さんは競馬はお好きなんですか?

杉村 好きです。中央競馬は毎週観てます。

渡辺 そうでしたか!

杉村 いや、詳しくはないですよ(笑)

渡辺 コロナが終わったら、ぜひ行きましょう。

杉村 本当ですか! 嬉しいです! 今の事務所は中山競馬場に近い。そこが利点のひとつです。

渡辺 千葉なんですね。

杉村 自転車で行ける距離です

松本 杉村さんは千葉県市川市の本八幡朝陽法律事務所に所属されてますね。

将棋界でGPUが必要とされ始めた

松本 従来型のコンピュータ将棋ソフトは、CPUのパワーが必要とされていた。それがDL系の台頭によってGPUまで求められるようになった。これが現状までのざっくりした流れでしょうか。

杉村 その通りです。DL系だけ動かすならば、いいCPUを使う必要はありません。しかし、水匠などの従来型ソフトも一緒に使いたい。そうしたら、2倍くらいお金がかかるようになってしまいましたね・・・。

松本 名人の新しいコンピュータは税込で130万円ぐらい。その内訳はざっくり、CPUが50万、GPUが30万という感じですか?

杉村 そうですね。CPUがThreadripper 3990X。GPUがGeForce RTX3090。

渡辺 だから、高いんだ(笑)

松本 たけーよ、と(笑)

杉村 GPUは値下がり傾向のはずですが・・・。今も高いですね。

松本 また新しいバージョンのThreadripperが出たら、開発者の皆さんは買われるんですか?

杉村 私の場合はThreadripperが新しくなっても多分買わないです。

松本 あ、そうなんですか?

杉村 高いし、あまり性能が変わらないでしょうし、現時点では従来型を強くできる余地が少ないと考えていますので。

松本 なるほど。なので今後はDL系開発にシフトし、GPUに投資することになるわけですね。

杉村 そうですね。GPUは性能の上がり幅が大きいので、買い換えたい頻度も高そうですね。

従来型のレベルの高さ

杉村 従来型といわれているNNUEも凄まじい技術なんです。

松本 開発者の皆さんは「ぬえ」って読んでますね。世界に誇る技術だと。

杉村 今まで、コンピュータ将棋はコンピュータチェスの技術を輸入していました。しかし局面評価の評価関数であるNNUEは日本のコンピュータ将棋生まれ。そして世界一のコンピュータチェスソフト「Stockfish」(ストックフィッシュ)に輸出されました。

松本 そういうのを聞くと「日本すごい」と言いたくなりますね。まあ、実際にすごいのはコンピュータ将棋開発者の皆さんなんですが。

杉村 考案者の那須悠さん、およびたぬきチーム(野田久順さんほか、ザイオソフト コンピュータ将棋サークル)が凄いということですね。

松本 野田さんは2017年の電王トーナメントで優勝。現在もコンピュータ将棋界の最前線で発展に貢献されてますね。

杉村 現在、コンピュータチェス界もCPU対GPUが熾烈です。

松本 あ、そうなんですね・・・。

杉村 もう2年くらい争っていて「そろそろCPU勢まずいのでは」と思われつつ、最近もまたStockfishがDL型に勝って優勝しました。

松本 へええ。

渡辺 将棋もそうなると楽しそうですが。

松本 いま現在はまさに、そういう状況のようですね。

杉村 NNUEもStockfishに輸出されてから、さらに進化しているらしいです。それがまた将棋に輸入されるとどうなるか。是非、世界コンピュータ将棋選手権および電竜戦をご注目ください・・・という宣伝(笑)

松本 見なきゃ!

渡辺 世界コンピュータ将棋選手権は来年5月ですか?

杉村 来年5月ですね。お忙しい時期です。

松本 人間界では、名人戦七番勝負まっただなか。

渡辺 水匠はその時点ではまだ旧来タイプですか?

杉村 今年11月に電竜戦というコンピュータ将棋大会が開催されます。

渡辺 はい。

杉村 そのときに、何かしらの動きがあるかもしれませんね。

渡辺 楽しみにしています。

松本 もともとコンピュータ将棋界は、5月の世界コンピュータ将棋選手権に向けてみんな開発を進めていた。2013年から17年の5年間は秋の電王トーナメントが加わって、これが2大競技会という時期もありました。

杉村 秋の電王トーナメントがなくなって、どうしようというところだったので、電竜戦を作りました。

渡辺 この前、カツ丼さん(「カツ丼将棋」松本浩志さん)がおっしゃってたNPO法人っていうのは電竜戦のために作った組織だったんですね。話がつながってきました。

杉村 その通りです。

松本 今年の世界コンピュータ将棋選手権はもう、DL系が従来型に取って代わるのではとそんな前評判だったと思います。

杉村 はい、しかしまだNNUEが強かった。

松本 先日の水匠対dlshogiの長時間マッチ。あれ最高に面白かったですね。水匠はすごい低確率でしか見られない激レアなバグが出て。

杉村 放送中は焦ってましたが、いま考えるとバグが発生したのも含めて興味深い放送となりましたね。

松本 そこはアクシデントでしたが、結果は水匠が1勝2敗。先手番の側が3連勝でした。高いレベルで拮抗してることを示す結果ですよね。

杉村 そうですね。2局目は水匠が勝つならこんな将棋、3局目はdlshogiが勝つならこんな将棋というのが現れた対局だったと思います。

松本 「CPU対GPU」というキャッチフレーズでしたが、それは主に水匠がCPU、dlshogiがGPUと、それぞれ主に使うパーツを表してるということなんですね。

杉村 そうですね。

松本 dlshogiが使ってたGPUがA100でしたっけ?

杉村 はいA100を8機ですね。1000万円超。

松本 すごくないですか・・・。

杉村 HEROZの社内サーバーを使ったと。

松本 そうすると渡辺名人宅のコンピュータとどれぐらい戦闘力が違うんですか? 普通の家のパソコンが1秒間に100手だから、戦闘力100として・・・。

杉村 渡辺名人のPCだと1秒に5万手くらい読めます。

松本 もうそれだけでケタ違いなんですが。

杉村 A100x8だと40万手くらい読めてましたか。

松本 ひえー。まさにドラゴンボールの世界だ。

杉村 確かそのくらいだったかと。

松本 渡辺名人のコンピュータとA100x8では、レーティングでどれぐらいの差でしょうか。

杉村 400くらい違うんですかね。やねうら王チームも世界コンピュータ選手権ではA100x8を使っていたのですよね。

松本 皆さん、恐ろしいところで争ってるんですね。

杉村 なので、DL系が世界コンピュータ選手権で優勝するだろうと思っていたのですが。取りこぼしがあるんですよね。

渡辺 そんなすごいマシンで読んでも抜けちゃうんですか。

杉村 抜けますね。やはりたった40万手/秒。

渡辺 たった(笑)

杉村 NNUEは8000万手/秒ですから。将棋は詰むor必至を見つければ勝ちなので、探索の重要性が高い局面があるみたいですね。

囲碁と将棋の違い

松本 囲碁の分野では早くからGPUが重視されていたようです。このあたりの違いを教えていただけますか?

杉村 囲碁に関しては門外漢ですが・・・。囲碁もおそらく以前はCPUでアルファベータ探索をするのが普通だったのかと思います。

【追記】

杉村 実際には既にMCTS探索が主流だったようです。申し訳ございません。

松本 MCTSとはなんでしょうか?

杉村 Monte Carlo Tree Search(モンテカルロツリーサーチ)の略です。

松本 モンテカルロ法というのは、どういうものでしょうか?

杉村 選択できる指し手を用いて何局もランダムに対戦をシミュレーションし、その勝敗結果から手を選択する手法です。現在のMCTSはもっと複雑なアルゴリズムで動いていますね。

松本 従来のアルファベータ法と比べて、どのような利点があるんでしょうか?

杉村 アルファベータ法に比べて、深く探索した結果を用いやすいです。アルファベータ法は、選択できる指し手について全てを探索することを前提に、可能な枝刈りを加えて探索する手法なので、選択できる指し手が膨大だと浅い探索しかできません。それに対してMCTSは、ある一定の条件で、手を指し次いでいき、その勝敗結果を基に指し手を選択するので、深い探索結果を基に指し手を選択しているといえます。

【追記終わり】

杉村 DeepMind社がAlphaGoというディープラーニング+MCTS探索という新しい仕組みを使って、いきなりプロ棋士に勝ち始めた。

松本 私も囲碁は門外漢ですが、そのニュースは衝撃的でした。2016年、囲碁界のスーパースター、韓国のイ・セドル九段がAlphaGoと五番勝負をおこなって、1勝4敗で敗れました。

写真:ロイター/アフロ

松本 将棋と違って、囲碁のソフトはまだまだ人間界のトップクラスには及ばないと聞いていました。なので唐突すぎてびっくりしました。

杉村 囲碁は合法手が多すぎて、従来の探索手法では深い探索をすることが難しいです。かつ、勝ちまでの手数も長い。最後の地の争いと序盤の評価を結びつけることが極めて難しいんだと思います。

松本 ざっくりした話だと、DL系は大局観に優れていて、それが囲碁にはマッチしていたということなんでしょうか。

杉村 そうだと思います。囲碁AIも長手数の石の死活ではミスがあるとも聞いたことがあります。そこは将棋のDL系と似ていますね。

松本 AlphaGoが唯一負けた一局って、そんな感じでしたっけ?

杉村 あー、そうだったかもしれません。

松本 そのあたりは囲碁に詳しい方に聞いてください、ということで(笑)

杉村 それですね(笑)

松本 囲碁の棋士は一般的にAWSを使っているそうですね。これはどういう傾向によるものか、教えていただけますか?

渡辺 それは次回では(笑)

松本 ですねー(笑)

渡辺 一日、一学。覚えられません(笑)

松本 では次回は「AWSってなんなの?」でお願いしたいと思います。ありがとうございました。

杉村 ありがとうございました!

渡辺 勉強になりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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