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文大統領は何がしたいのか、なぜ韓国はGSOMIAで苦しむか:中国一帯一路、ロシア、反米の上海協力機構

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
ユーラシアの大地を走るシベリア鉄道。中央アジアのクラスノヤルスクの近くで。(写真:ロイター/アフロ)

11月23日、アメリカの『ワシントン・ポスト』に、大変興味深い記事が掲載された。

タイトルは「66年間続いた韓米同盟が、深刻な問題に陥っている」。

リチャード・アーミテージ元国務副長官と、ビクター・チャ戦略国際問題研究所の2人による記事の発表である。

この記事は、韓国の『東亜日報』(日本語版)でも紹介されている。

さて、ここで目を引いたのが、アメリカと韓国の問題として引いている具体例だ

その部分を、以下にそのまま訳した。

中国は関係の悪化の重要な要因として浮上している。 米国と中国の貿易戦争は、ワシントンとソウルの関係を緊張させている。

米国は、同盟国に対して、5GネットワークにHuaweiの機器を使用することを止めるように要請しているが、韓国の携帯電話キャリアは、この要請と摩擦を起こしている。

そして、2017年に韓国が米国の対ミサイル防衛システムを受け入れたために(訳注:THAADのこと)、中国は韓国企業に罰を与えてきたにもかかわらず、韓国は依然として中国の提案した多国間貿易協定(米国を含まない)に参加したいと考えており、米国の「自由で開かれたインド太平洋コンセプト」を支持しない。このコンセプトは、アジアにおける航行の自由に対する中国の挑戦(訳注:軍事的覇権)をチェックするように設計されている。

出典:The 66-year alliance between the U.S. and South Korea is in deep trouble

ここに書かれている、5GネットワークとHuaweiの問題、そしてTHAADの問題は、日本語の記事をよく見るので、ここでは説明しない。

では一体、「韓国は依然として中国の提案した多国間貿易協定(米国を含まない)に参加したいと考えている」というが、これは一体何のことだろうか。韓国は、何に参加しようとしているのだろうか。

中国とロシアが一致協力している

これはおそらく、「上海協力機構」において、中国が主導して、ロシアとインドと共に「新しい多国間貿易システムをつくろう」と提唱しているものを指すのだと思う。

今年2019年6月にキルギスで行われた同機構サミットで、このような提案が出たのである。もちろん中国は、アメリカによる「中国封じ込め」を警戒して、対抗しているのである。

それでは「上海協力機構」とは何か。

2001年に、中国と、ロシア&元ソ連の国の一部でつくった組織である。原加盟国は、中国・ロシア・カザフスタン・タジキスタン・キルギスの5カ国である。

この機構は、中国とロシアが一致協力しているところが、最大のポイントである。

何がどうなっているのか。話は、欧州連合(EU)から紐解きたいと思う。

ソ連が崩壊して、ソ連を構成していた共和国は独立した。ソ連の衛星国であった東欧の国々はもちろんのこと、ソ連の元共和国でさえ、ヨーロッパをEUを見て、「あちらの仲間に入りたい」と思い始めていた。

その中でも特に、ウクライナが、EUの加盟国候補になるための最初のステップである「連合条約」をEUと結んだのは、ロシアに強い衝撃を与えた。ウクライナの首都キエフは、ロシアの発祥の地となっている。

それは兄弟の決裂であるかのようだった。このために、2014年にロシアが、選挙結果という名目で「クリミア併合」を行ったのは、それほど昔のことではない。

こうしてプーチン大統領は、EUに対抗すべく、同じく2014年に「ユーラシア経済連合(EAEU)」を立ち上げた。モデルはEUである。

現在、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、アルメニアが加盟国である。これは小さいながらも「連合」である。「連邦」とも訳せる。元ソ連のメンバーたちなので、「連邦」のほうがいいかもしれない。なので、他の組織よりは結束力が強い。様々な場面で核となることのできる組織である。

そして、上海協力機構と加盟国がかなりかぶっている点が重要だ。「様々な場面で核となる」には、この機構も入っている。

これは、ロシアが大西洋の方を向きながら、ヨーロッパとアメリカと対峙する試みであると言っていいだろう。

中国の一体一路とTPP

一方で、太平洋の方を向きながら、アメリカに対峙する試みがあった。

それは、2013年に発表された、中国の「一帯一路構想」である。

このころオバマ政権では、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)構想と各国との交渉が着実に進んでいたのである。

翌年2015年には、TPP協定の全体が暫定条文の形で初めて公表された。この同じ年に、プーチン大統領と習近平国家主席は、「ユーラシア経済連合」と「一帯一路構想」を連携させるとする共同声明を発表した。

「上海協力機構」では、ロシアと中国が共にある。つまり「ユーラシア経済連合」と「一帯一路構想」の話し合いは、この機構の舞台で話し合えると言っていい。

ただし、「上海協力機構」は、軍事的性格を帯びていることは要注意である。2007年には、6カ国による初の合同軍事演習(平和への使命2007)を行った。アメリカとの軍事も含めた対立が深まるに連れて、「上海協力機構」の重要性に注意する必要が出てきた。

近年では、2017年にはインドが加盟し、現在はウズベキスタン・インド・パキスタンが加わって8カ国である。オブザーバー、対話パートナー、参加申請国、客員参加など、どんどん関連国の数が増えている。だからこそ中国は、ここで「新しい多国間貿易システムをつくろう」と提唱したのだろう。

韓国の「ユーラシア・イニシアチブ」

韓国はここにどうからむのだろうか。

朴槿恵・前大統領は、このような動きを受けて、2013年「ユーラシア・イニシアチブ」という新しい戦略構想を提案した。

メインの計画は、釜山を出発し、北朝鮮、ロシア、中国、中央アジア、欧州を貫通する『シルクロード・エクスプレス』を実現することだ。

もともとの目的は、北朝鮮をどう国際社会に編入させるかという構想から始まったという。過去の対米一辺倒の外交から抜け出し、鉄道・ガス管・送油管などを通じてロシアと連係すれば、北朝鮮を自然に経済的協力網に組み込めると考えたというのだ。

中国・ロシアが進める「ユーラシアを一つの経済圏」とする経済戦略を結びつけたといえる。この中では決して「朝鮮半島の統一」などとは言っていない。しかし、「朝鮮半島の平和」と「未来の経済領土」拡張という2つの目標を一括で達成するための布石だということだ。

参考記事(中央日報・日本語版):朴大統領、「ユーラシア・イニシアチブ」提案…外交・経済を一括した新戦略

文在寅大統領も、この構想を引き継いでいる。ユーラシアという概念で、南北朝鮮の融和と交流を図ることである。

前に述べたように、今年2019年6月「上海協力機構」のサミットで、中国はアメリカに対抗するような、多国間貿易協定を提唱した。ロシアだけではなく、インドをも巻き込もうとしているのだ(実際は色々ある)。

このような一連の動きに、韓国が提唱している「ユーラシア・イニシアチブ」は包括されているのである。

CSIS/Reconnecting Asia/South Korea’s Infrastructure Visionより
CSIS/Reconnecting Asia/South Korea’s Infrastructure Visionより

朴前大統領も、文大統領も、積極的にプーチン大統領と接触をはかって、この構想を進めようという意欲を見せている。中国相手では、また別の問題がからんでくるのだが。

(ちなみに、この「韓国から北朝鮮を通ってユーラシアへ鉄道をつなげる」という話は、元トーメン・ソウル支店長の百瀬格氏が、ハングルで書いて韓国で出版した本に、そういう提案を書いていたように記憶している。日本語版有り)。

文大統領は何がしたかったのか

色々言われるが、文在寅大統領は何がしたかったのだろうか。

答えは簡単である。

彼は、二つに引き裂かれた祖国を一つにしたかったのだ。

文大統領の両親は、朝鮮戦争で北から南に逃れてきた避難民である。戦争収容所で生活していたこともある。子供のころ、大変貧しい日々の中、彼はカトリック教会に小さなバケツをもって定期的に訪れ、アメリカ人が配布する小麦粉、コーン、粉ミルクの配布を受けていたという。まるで戦後の日本のようだ。 これは、後に彼がキリスト教に改宗した理由の一つになっている。

数年前出版された自叙伝では「暗黒の時代から、貧困や荒れ果てた国を経験しており、疎外された人々や貧しい人々を忘れることは決してありません」と語っているという。

ベルリンの壁が崩壊して30年も経つというのに、欧州は融和して、さらに主権を一部譲渡して団結した一つのEUをつくっているというのに、東アジアの状況は完全に膠着している。

大きなユーラシアという枠組みの中で、鉄道をつなぎ、人々の交流や経済活動を奨励していくなかで、北朝鮮を融和していきたかったのだ。韓国一国ではどうしようもできないから、アメリカ一辺倒では膠着したままだから、ロシア・中国・その他中央アジアも加わった大きな大きな枠組みのなかで、二つに引き裂かれた祖国を融解していきたかったのだ。

文大統領は、やや偏狭な所はあるが、悪い人ではなく、人としては信頼できるタイプではないかと常々感じていた。だから韓国の人々は、彼を大統領に選んだのではないか。ちょっとだけ、イギリス労働党のコービン党首のような感じも受ける。

文大統領の強い願いが「大国に引き裂かれてしまった朝鮮半島の融和」であることはわかっていた。韓国人の、そして世界中の人間の誰が、その思いを非難できるだろうか。

参考記事:なぜフランシスコ法王は北朝鮮に招待されるのか。韓国の文大統領、トランプ政権、米朝会議との関係は。

今年8月15日、「光復節」の記念式典において、文大統領は「2045年までに朝鮮半島の統一を目指す」と強い決意を表明している。

しかし、外交センスには欠けるきらいのある文大統領には、大きな誤算があったのだ。

中国政府の野蛮の影響

それは、これほどまでに、アメリカが経済問題と軍事問題を一体化して考えていることに、鈍かったことだ。

話が最初に戻るが、筆者も『ワシントン・ポスト』の記事を読むまで、アメリカがこのことをそこまで重要視しているとは、そこまで経済と軍事を一つに考えて危機感をもっているとは思わなかった。

やっと今、日韓の「GSOMIA」問題を、アメリカが「米韓の問題」と象徴的に捉えたことに納得がいった。

文大統領の誤算は、不肖筆者と同じだったのかもしれない。中国政府はいつも脅してくる。でもまさかアメリカがここまで・・・と。トランプ大統領とブレーンの間には考え方の違いがあることも、混乱を招いた。

普通、西側先進国では、経済問題と軍事問題は切り離して考える傾向がたいへん強い。根底に信頼があるし、民主主義の価値観を共有しているためだろう。ある意味、洗練されているのだ。

でも、中国は違う。言論の自由は極めて乏しく、ネットサイトも検閲されているし、フェイスブックもツイッターも繋がらない(裏道はあるらしい)。透明性ゼロで、選挙も一党独裁である。前はそれでも10年に一度は国家主席が変わっていたが、それすらなくなってしまった。独裁政権による、ほぼ全体主義国家になってしまっている。最近の香港の例を出すまでもない。

韓国人に対しては「今までの友情を信じよう」と言うだけですむが、中国に対しては、その前に「正確な情報を伝えあい、正直な気持ちを確かめあえる言論の自由を!」と主張しなくてはならない。

そのような中国の野蛮な覇権に、どんどん韓国の政治もアメリカの政治も、影響されてきているように見える。日本の政治は冷静を保っているが、地政学的に極めて難しい韓国にとって、GSOMIA問題はいかに心臓が削れるような事件だったことか。

韓国が、GSOMIAの問題と日本の輸入規制の問題を一緒にするのは、常に経済と軍事をないまぜにした中国の圧迫(というか脅迫)を受けているので、そうなってしまったのかもしれない(アメリカも最近はえげつない)。

こういう圧迫を両側から受けている国に、「GSOMIAの問題と、日本の輸入規制の問題を別にしましょう」と言っても、通じないのは無理もないかもしれない。

どうやら日本人も、もっと経済問題と軍事問題がますます一緒になってきた状況を、自覚する必要が出てきたようだ。

そして、これからますます、アメリカ主導の「自由で開かれたインド太平洋コンセプト」ならびに「日米豪印戦略対話」との対立が深まっていくかもしれない。アメリカが本気で、自国が主導で朝鮮半島を統一しようとする動きは、トランプ後には起きるのだろうか。

今回のGSOMIA問題で、アメリカが日本の主張に理解を示してくれたことは大きいし、「日本は揺るぎないパートナー」と考えてくれることは大変頼もしい。「アメリカの絶対的な信頼を得る」という日本の戦略は、間違っていない。

それでも、日韓が本格的に衝突し、中国やロシアも巻き込むような大きな事態になってきたら、常にアメリカが日本の味方についてくれるなどとは、ゆめゆめ思わないほうが良い。中露がいつまでも仲が良いとは限らないし、日本の頭上を飛び越えて、大国同士で何か日本に不利なことが決まらないとも限らない。

アメリカは遠い。隣人との関係は極めて重要である。

韓国人の気持ち

韓国人の気持ちは揺れ動いている。

GSOMIAの破棄を延長すると決める直前22日に行われた世論調査では、破棄を決めたことを支持するとの回答が51%、不支持が29%だった(韓国の世論調査会社「韓国ギャラップ」調べ)。この数字が、日本のメディアに踊っていた。

しかし、一度延長を決めたら、出てくる答えはまったく逆だった。

23日から24日のかけての調査では、文大統領の決断を70.7%が「良い決定」と評価した。「評価しない」は17.5%だった(韓国の世論調査会社「コリア・リサーチ」が放送会社「MBC」の委託を受け実施)。

これは韓国人が

「朝鮮半島の統一の夢に、はっきりNOと言うわけがない。でも、別に今統一しなくてもいい」

「自主独立できれば一番いい。でもそんなの無理。アメリカに反感はある。でも結局中国よりもアメリカ(西側)のほうがいい」

という、複雑な思いの表れなのではないか。

国の運命を変える大きな決断を前にどうしていいのかわからない――まるでブレグジットを前にしたイギリス人みたいだ。

今、日本人が韓国に対して「今まで誠実に対応してきたつもりなのに」と鬱憤や怒りがたまっているのと同じくらい、いえ、その何百倍も、韓国人はあの北朝鮮に裏切られ続けてきた。

韓国が日本に対してヒステリー気味になるのはいつも、もっと他の大きなものによって大きな緊張を強いられている時のように見える。

日本政府は「日韓基本条約」の原則を決して譲ってはいけないし、「いちいちコメントするのは生産的ではない」という冷静な対処でいいと思う。しかし前原稿で書いたように、韓国を追い詰める必要はない。

参考記事:南北朝鮮が分断のまま朝鮮戦争と冷戦構造の終結? 意味不明な事態はなぜ起きるのか

多国間の枠組みを

それにしても、不信が芽生えている二者(二国)が密室で話し合っていると、ロクなことにならない。言っただの言わないだの・・・不毛だ。

しかも直球しかない。「意外な提案」、つまり変化球を投げればいいのに・・・。でも変化球を投げるには、第三者、あるいは多国間の枠組みが必要だ。抜き差しならない当事者の二国だけではできないのだ。

参考記事:韓国を追い詰めず何かの「意外な」提案を。日本の国益と韓国人との友情のために:GSOMIA問題

日本と韓国の話し合いも、当事者とボスだけではなくて、もっと国際的に広い枠組みで話したほうが良い。筆者は欧州連合(EU)を見つめ続けて、多国間の集団で解決できることの何と多いことか、ドロドロになって解決できない当事者(国)たちにとって、どんなに第三者たちの存在が大事か、身に染みてわかってきた。

来日したフランシスコ法王は、11月24日長崎のスピーチで「今、拡大しつつある、相互不信の流れを壊さなくてはなりません。相互不信によって、兵器使用を制限する国際的な枠組みが崩壊する危険があるのです」と述べられた。

相互不信があるから国際的枠組みが崩壊しそうならば、国際的/多国間の枠組みがあれば、相互不信は解決を見いだせるのだと思う。

前の原稿で「国家は化け物だ」と書いた。それでも、国家をつくるのは人々である。

少なくとも韓国は民主主義国で、選挙もあるし、言論の自由もあるし、相互の自由な行き来(人の体もネットも)も可能だ。

政治家や交渉者にはクールに議論してほしいが、政治が前向きな結論に達するには、世論が重要である。

ここは心を強く持って、「韓国人との今までの交流も友情も無駄ではないはずだ。相手はこのような状況になって、私達と同じように複雑な気持ちで悩んでいるに違いない。喜んでいるはずがない」と、お互いの今までの友情を強く信じたい。それに、日韓の関係が悪くなっても、日本の国益になることは何もない。正すべきところは正す。毅然とするべきところは、毅然とする。でもそれで友情が失われるとは思わない。心が強くならなくては、解決に向かわない。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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