オオカミと「捲き菱」から生態系崩壊を予想できるかも
自然というのは「極端」な振る舞いをすることが少なくない。台風や地震もそうだし、イナゴの大発生もそうだ。少しずつプレートがズレていったり、イナゴが徐々に増えたりすることはあまりなく、一気にズレて地表を鳴動させて大きな衝撃を与え、空を真っ暗におおい隠すほどの数のイナゴが農作物を食い尽くしたりする。
レジームシフトとは
地球の自転や公転、大陸プレートの動きなどから、そこに周期性があるのは直感的にもわかる。こうした周期が大気や海洋の環境と生態系に影響を及ぼすとき、ときにそれに同期し、ときに劇的で極端な変動が起きるだろう。
大気や海洋といった地球環境の周期性や極端な転換、それによる生態系への周期的だったり極端であったりする影響のことを「レジームシフト(regime shift)」という。1980年代に気象や生態系の研究者が盛んに唱えるようになって広まった概念だ。
レジームシフト理論の代表的な研究者の一人に日本人の川崎健(つよし)がいる。水産資源学者であった川崎は、魚のマイワシの漁獲量を世界規模で比較研究し、そこから周期的な同期現象を解明してレジームシフトの理論へとつなげた。マイワシやカタクチイワシという生態系に重要な位置を占める魚種の資源量が地球規模で周期的に同期していることを初めて示した川崎は、この分野の研究者らから「レジームシフトの父」とも呼ばれている。
それまで水産資源について、その漁獲量は人為的にコントロール可能と考えられていたが、自然現象として周期的に大きな変動があるのなら、それに応じた管理が必要となる。マイワシの漁獲量の減少は乱獲では説明できない点も多いが、資源管理を行う場合、レジームシフトによる周期性を考慮しなければ間違った結果を及ぼしかねない。例えば、資源量が回復期にあるとき、マイワシを捕り過ぎてはいけないのだ。
こうして気象や水産資源の周期性の研究から始まったレジームシフトは、地球規模のエネルギー循環とそれによる生態系への影響の研究につながっていく。つまり、大気や海洋の気温や水温の変化が生態系のエネルギーに転換し、魚種ごとの転換率の違いによって資源量に複雑な変化を引き起こす、というわけだ。
人為的レジームシフト
環境や生態系でのレジームシフトの考え方は、やがて人為的な影響によるレジームシフトとしてとらえられ、最近になって盛んに警鐘を鳴らされ始めている。これは、人間の活動による二酸化炭素排出や環境汚染などが地球環境へ影響を及ぼし、それが生態系に劇的で深刻な変動、一種のレジームシフトを引き起こしているのではないか、という考え方(※1)で、前述したレジームシフトとは概念がやや異なる。
生態系には変化に対する弾力性や回復性、多様性といった機能が備わっているが、それに人間が大きく影響を与えることで生態系が持っている自己修復能力を失わせ、後戻りできない状態にまで崩壊させてしまうのではないか、というわけだ。マイワシ資源のレジームシフトで言えば、資源量が回復期にあるときに過度に乱獲すればその周期性は失われ、回復期に至らずにマイワシ資源が消失する、といった事態になる。
こうした人為的な影響を受けたレジームシフトは予測が難しい。レジームシフトでは、地震やイナゴの大発生のように、何らかのトリガーがきっかけになり、劇的な変化が引き起こされることもよくある。ストレスがかかったとき、ある閾値(しきいち)を境に変化が突然、大規模に起きる、というわけだ。
この閾値に至る前に適切な措置を講じなければ、自然や生態系は後戻りできない状態になってしまう。そのため、レジームシフトの予測は重要な研究テーマになってきたが、最近、日本の京都大学生態学研究センターと中央水産研究所の研究者がこれについて新たな理論を提唱した(※2)。京都大学のリリースによれば、生態系の中の特定の種にターゲットを絞り、その個体数の変化を分析することでレジームシフトによる生態系崩壊を予測できるかもしれない、と言う。
京都大学の研究者らによると、過去の研究を数理モデルと組み合わせることで、レジームシフトが引き起こされる前にある種の個体数が特異的に変化することがわかった。
環境ストレスによる閾値のグラフ。生物種によってグラフに違いが出ることがわかる。炭鉱のカナリアのように予兆を告げてくれる生物種がいる、ということでヒシで言えば沈水植物になる。左の写真は水面をおおいつくすヒシ類。ヒシ類は鋭い棘の生えた堅い実を作るが、忍者などはこれを「捲き菱」として使ったらしい。ヒシ類の実は食用にもなるようだ。※京都大学のリリースより。
レジームシフトを予測する
有名な例で言えば、北米イエローストーン公園のビーバーダムがある。齧歯類のビーバーは北米大陸やヨーロッパに生息するが、河岸の木を切り倒してダムを造る。このダムは、水鳥や渡り鳥などを呼び、生物の多様性を育み、水系の水質を保つなど周辺の生態系に大きな影響を及ぼしている。
だが、イエローストーン公園では、ハイイロオオカミという生態系の頂点に位置する生物が絶滅したため、彼らが捕食していたシカなどが激増して河岸の木々を食い荒らしてしまった。ビーバーはダムの材料を得られず、ダムも減って自然環境が激変してしまったのだ。最近では新たにハイイロオオカミを導入することでシカなどを減らし、ビーバーダムを再生する試みが成功している。
日本の湖沼でも例えば千葉県の印旛沼で、水質の富栄養化などによりオニビシなどのヒシ類が大繁殖し、沼の水面がほとんどおおわれてしまう事態になっている。水面がオニビシにおおわれてしまうことで、水中に太陽光が届かず、植物性プランクトンが少なくなって酸素が不足し、ほかの生物に深刻な影響を与えてしまったのだ。ヒシ類の異常繁殖は印旛沼に限らず、日本各地で問題になっている。
ヒシ類にもクロモやインバモなど競合する水草や生物種がいて、それらが減少することでヒシ類の大増殖につながる。ビーバーダムの例で言えばハイイロオオカミの絶滅が、印旛沼の場合はヒシ類とバランスを取っていたインバモなど沈水植物の減少が、レジームシフト崩壊の予兆だったというわけだ。もし、ハイイロオオカミや沈水植物種の減少を予測できれば、レジームシフトによる生態系の変化を食い止めることが可能になる。この論文の研究者は、今後、環境中のDNAを網羅的に調べるモニタリング技術などと組み合わせ、生態系の変化を正確に予測できるようにしたい、と言っている。
ところで、気象変動の周期には太平洋の例をとったPDO(Pacific Decadal Oscillation)という理論も提唱されていて、これとレジームシフトはある面では似通った考え方とされている。だが、レジームシフトは、地球環境の変化が生態系に劇的な影響を与える、という内容を含んでいることでPDOをより広く敷衍させた概念ということになるだろう。
※1:Carl Folke, et al., "Regime Shifts, Resilience, and Biodiversity in Ecosystem Management." Anual Review of Ecology, Evolution, and Systematics, Vol.35, 557-581, 2004
※1:Simon F. Thrush, et al., "Forecasting the limits of resilience: integrating empirical research with theory." Proceedings of The Royal Society B, DOI: 10.1098/rspb.2009.0661, 2009
※1:Marten Scheffer, et al., "Anticipating Critical Transitions." Science, Vol.338, Issue6105, 344-348, 2012
※2:Kohmei Kadowaki, Shota Nishijima, Sonia Kefi, Kayoko O. Kameda, Takehiro Sasaki, "Merging community assembly into the regime-shift approach for informing ecological restoration." Ecological Indicators, Vol.85, 991-998, 2017
※2017/12/10:11:49:タイトルを変更した:「生態系の崩壊」を予想できるかも→オオカミと「捲き菱」から生態系崩壊を予想できるかも