Yahoo!ニュース

飲食店における過剰な感染防止対策について 改定された政府の認証基準を読み解く

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
(写真:ロイター/アフロ)

先週(9月8日)、内閣官房、厚労省、農水省の連名により示されている「飲食店の認証基準(案)」が改訂されました。

飲食店における感染防止対策を徹底するための第三者認証制度の導入について(改定その6)

この基準をもとに、都道府県職員や外部委託を受けた人が、飲食店を戸別訪問して確認し、感染防止対策が徹底されている店舗として認証しています。なお、認証するのは都道府県知事なので、この基準は政府から都道府県に示す「案」という位置づけとなっています。

この認証制度、飲食店における感染拡大を予防するうえで、一定の役割を果たしてきたと思います。ただし、行政が求めている対策の根拠が不明瞭であったり、社会全体のリスクに比すれば、(労多くして)意義は少ないものもありました。新興感染症への対策とは、当初は過剰になりがちです。大切なのは、エビデンスを検証して迅速に切り替えていくこと。

私も意見を申し上げましたが、今回、さらに妥当な方向へと改定されたのは良かったと思います。この制度も役割を終えつつあると思いますが、最後まできちんと検証し、過剰なまま終わらせない責任があると思います。

以下、今回の改定における4つのポイントを紹介します。科学的根拠を含めて、今後の対策の参考としていただければ幸いです。

1.レジにパーティションはいらない

【旧】レジ等での対面接客時に、アクリル板、透明ビニールカーテン、パーティションなどで遮蔽するほか、コイントレイを介した受け渡し、またはキャッシュレス決済を導入する。なお、現金等の受け渡し後には手指衛生を行う。

【改】レジ等での会計時には、コイントレイを介した受け渡し、またはキャッシュレス決済を導入する。なお、現金等の受け渡し後には手指衛生を行う。

レジにおけるパーティション設置の推奨が消えました。パーティションとは飛沫感染を予防するものですが、むしろ換気を悪くしてエアロゾルを滞留させ、感染リスクを高めるとの流体力学に基づく研究結果も出ています(Phys Fluids 2021 Nov; 33(11): 113311.)。実際、デスクシールドを設置した学校の教室では、発症した生徒が増えたとする研究報告もありました(Science 2021 Jun 4;372(6546):1092-1097.)。

マスクを着用できない幼児の利用が多いとか、指導に従わない酔っぱらいが多いとか、状況によってパーティションを設置することは考えられます。ただ、全ての認証店舗に求めるべき基準ではなく、その特性に応じて付加すべき対策でしょう。エアロゾル対策の方が優先度が高く、一般にはパーティションは撤去した方がよいと考えられます。

むしろ、レストランでの飛沫感染リスクが高いと感じるのは、レジよりもテーブルでの接客場面です。食事の追加オーダーなどで、客がマスクを着用していない状況を見かけますね。こうしたときに、客にマスク着用を促すなど、対面接客時の飛沫感染予防は、おそらくレジのパーティションより注意を要する部分かなと思います。

2.ビュッフェ利用は手指消毒で良い

【旧】利用者が一回の料理取り分けごとに新たな小皿を使用するとともに、し、取り分け時はマスク、使い捨て手袋等の着用及び取り分け用のトングや箸を共有としないことを徹底する。

【改】利用者は、取り分け時はマスクを着用し、一回の料理取り分けごとに新たな小皿を使用する。また、取り分け用のトングや箸を利用する際、これらを共有する場合は、手指の消毒又は使い捨て手袋等の着用を徹底する。または取り分け用のトングや箸を個別に使用し、共有としないことを徹底する。なお、使い捨て手袋を使用する際は、使用後の手袋を適切に廃棄し、使い回しを行わないようにする。

冗長で分かりにくくなりましたが、要は、これまでビュッフェを利用する客に対して「使い捨て手袋の着用」を求めていたものが、改定後は「手指の消毒」を求めることでも良いとなりました。

私は、「ビュッフェにおいて、使い捨て手袋が適切に使われている状況は少ない。手指消毒の方がよほど衛生的であるため、手袋は廃止すべき」と意見していたのですが、適切に使用することを条件にして手袋着用を選択肢として残したようです。

感染予防のための手袋とは、着脱を含めて適切にしないと逆効果となります。私たちが、最初に研修医に教育することのひとつです。手袋を着用したら、その手袋で余計なものを触らないようにし、清潔を保つことに集中します。顔とか、衣類とかを触ってはいけません。外したものを再利用するなどもってのほか。レストランで守られているでしょうか?

むしろ、食事をとる前にアルコール消毒をする方が、よほど清潔にトングやお皿を扱うことができるはず。基準には残りましたが、ビュッフェの手袋は廃止して、アルコールにしていただければと思います。

3.卓上調味料の客ごとの消毒はいらない

【旧】卓上の共用調味料、ポット等の設置を避けるか、これらを客入れ替え時に消毒する。

【改】卓上の共用調味料、ポット等の設置を避けるか、これらを適時消毒する。

この段落は削除で良かったと思います。少なくとも新型コロナウイルスに関しては、環境表面から感染するリスクは極めて低いことが明らかになっています。医療現場など感染者がいる可能性の高い特殊な状況では定期消毒が必要となりますが、一般生活の環境において、日常的に消毒することの科学的根拠はほとんどありません。

たとえば、米国CDCの科学ブリーフィングによると、汚染された環境表面への接触による感染は、感染機会全体の1万分の1未満とし、「環境表面を定期的に消毒する必要は認められない」と言い切っていました(CDC: SARS-CoV-2 and Surface (Fomite) Transmission for Indoor Community Environments)。

電車のつり革や階段の手すりなど、よほど多くの人が接触している公共の場は数多くあります。しかし、頻回の消毒は行われていません。入場者の症状確認が行われているレストランで、卓上調味料の消毒をすることの効果は、社会生活全体のリスクにおいて比重は小さいと考えられます。一般的なテーブル清掃を客ごとにすれば十分です。

4.トイレの蓋は閉めなくていい

【旧】トイレの蓋を閉めて汚物を流すように表示する。

【改】(削除)

ようやく削除されました。公衆トイレに入って蓋が閉まっていたら、最初にする作業は蓋を開けることです。このとき、お尻をぬぐったあとの手でいろんな人が触っている「蓋」を触ってしまいます。その後、手を洗わずにトイレ内で過ごさなければならず、病原性大腸菌など便由来の感染症リスクを考えるべきでした。コロナよりも、よほど接触感染リスクの高い疾患があるのです。

欧米のトイレは、水ハネしやすい「洗い落とし式(じゃばーん)」が一般的なので、エアロゾル発生を予防するために蓋を閉めた方がよいとの報告があります(J Hosp Infect. 2012 Jan;80(1):1-5.)。しかし、日本のトイレは陰圧吸引しながら渦巻きで流れていく「サイホン式(じゃじゃ~)」なので飛沫やエアロゾルはほとんど出ていません(空気調和・衛生工学 95(6), 475-485, 2021.)。

しかも、新型コロナウイルスは、胃液と大腸液によって不活化されており、糞便中にウイルス遺伝子は検出されますが、ほとんど感染性ウイルスは確認されないことが分かっています(Sci Immunol. 2020 May 13;5(47):eabc3582. doi: 10.1126/sciimmunol.abc3582.)。

その排せつ物がトイレ水に溶けだし、サイホン式トイレからエアロゾルとなって撒きあがる量よりも、前の利用者が呼吸して発生させているエアロゾルの方が、実は圧倒的に多いはず。つまり、トイレの蓋閉めで低減させられるのは、感染者が利用した個室に残留するエアロゾルのごく一部に過ぎません。大切なことは、臭い対策を含めて「トイレ換気をしっかり」することです。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミック対策や地域医療構想の策定支援に従事してきたほか、現在は規制改革推進会議(内閣府)の専門委員として制度改革に取り組んでいる。臨床では、沖縄県立中部病院において感染症診療に従事。また、同院に地域ケア科を立ち上げ、主として急性期や終末期の在宅医療に取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

高山義浩の最近の記事