Yahoo!ニュース

工場の水も田んぼの水も止まった明治用水の大規模漏水事故から2か月。現在の状況は?課題は?

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
漏水箇所周辺に積まれた土嚢(著者撮影)

 愛知県の矢作川から農業用水、工業用水、生活用水を取水する「明治用水頭首工」の大規模漏水発生から2カ月が過ぎた。どのような措置がとられたのか時系列で振り返りながら、現状や見えてきた課題についてまとめる。

著者撮影
著者撮影

漏水1週目:ポンプで水を汲み上げる応急措置、全国で緊急点検

5月15日:漏水を確認。

5月16日:漏水箇所と推定される地点に、砕石して塞ごうとしたが、漏水状況に変化はなし。

5月17日:漏水範囲が拡大し、上水、工業用水、農業用水の取水量が減少。東海農政局令和4年明治用水頭首工漏水事故緊急対策本部を設置。

5月18日:応急措置を開始。取水施設の上流からポンプで水を汲み上げ、用水に供給。毎秒8トンの取水を目指してポンプの設置を開始。

東海農政局資料より著者作成
東海農政局資料より著者作成

 工業用水を131の事業所に送る安城浄水場では、19日午後7時から段階的に給水を再開した。一方、農業用水の供給再開は未定だった。

(※工業用水の復旧が早かったのはパイプ内に水を残したまま配水を止めたことが大きいと後日わかった。ポンプが稼働した際、パイプ内の水によって配水に必要な水圧を確保できた。一方の農業用水は田植え後でパイプ内に水がなく水圧を確保できなかった。)

5月20日:金子原二郎農相が閣議後会見で、国が造成した全国の頭首工を調査する考えを示す。23日に農水省が緊急点検の結果を発表。受益面積が大きい施設(53か所)を優先して調べた結果、取水量の低下や漏水などは確認されなかった。(※ただ、この点検で十分かどうかは議論の余地がある。)

    :愛知県西三河地域の10市町(岡崎市、碧南市、刈谷市、豊田市、安城市、西尾市、知立市、高浜市、みよし市、幸田町)が、東海農政局に対し、基幹産業である工業や農業に影響が出始めているとして、早期の復旧、原因究明と対策、農家など用水利用者の支援策などを求めた。

漏水2週目:復旧対策検討委員会を設置

5月24日:漏水箇所の周囲を土のうで囲む止水対策を開始。

著者撮影
著者撮影

5月25日:農業用水の試験通水を開始。

著者撮影
著者撮影

5月26日:降雨。水が来ていない農地にとって恵みの雨となった。雨は27日まで続いた。

5月27日:事故の原因究明と復旧対策のため復旧対策検討委員会を設置。

     農水省が全国の頭首工の緊急点検の結果を発表。国が造成した施設(379か所)を調べた結果、378か所は取水量の低下や漏水などは確認されなかった。1か所は倒木のため調査できず、今後再調査。(※ただ、この点検で十分かどうかは議論の余地がある。)

漏水3週目:1日通水して3日断水するサイクルでの給水開始

5月30日:農業用水の「ブロック割通水」が始まる。受益地域を4区画に分け、1日通水して3日断水するサイクルで給水。給水は17日以来。

     長野県が土地改良区と市町村が管理する頭首工(55か所)の点検を実施。取水位の低下や堰の漏水などの異常はなかった。

5月31日: 仮設ポンプによる取水量が当面の目標としていた毎秒8トンを超えた(毎秒約8.4トンを取水)。以降は以下のグラフのように水供給を行なっている。

東海農政局資料より著者作成
東海農政局資料より著者作成

6月2日:明治用水頭首工復旧対策検討委員会(第1回)。メンバーは大学・研究機関の農業土木や防災などの専門家6人。委員長の石黒覚三重大名誉教授は「経年的な変化を無視するわけにはいかない」「原因については十分な調査が必要」としながらも、川底に水の通り道ができる「パイピング現象」が起きた可能性を話した。

6月4日:頭首工右岸の応急対策工事に着手。せき止めている川に鉄板と土のうを設置して水位を上げ、仮設ポンプによる取水に加え、従来の取水口からも取水できるようにするとともに漏水箇所がある左岸側への流量を減らす。

著者撮影
著者撮影

漏水4週目:農家が水の大切さを訴える

6月8日:金子原二郎農相が視察。地元で稲作やいちじく生産を行う農家が水の重要性を訴える。

漏水5週目:「魚道」の下に空洞が見つかる

6月14日:頭首工左岸の応急対策工事に着手。漏水箇所の周囲を鉄板や大型土のうで囲み、頭首工全体で水位を上げる。

6月16日:明治用水頭首工復旧対策検討委員会(第2回)。漏水の原因とされる穴のすぐ横にある魚のための通り道、コンクリート製の「魚道」の下に空洞が見つかった。空洞の大きさは幅およそ3メートル、高さ2メートルほど。水がこの空洞を通り、上流から下流へと漏れ出していた可能性が報告された。

漏水6週目:取水量を上げるための応急工事が完了。3日間通水し、3日間断水するパターンに

6月21日:取水量を上げるための応急工事が完了。右岸側の水位が上昇し、本来の取水口からも水が自然に取り込めるようになり、ポンプと合わせて毎秒約13トンの取水を確保できるようになった。

6月25日:「ブロック割通水」が緩和された。これまで受益農地を4ブロックに分け、各ブロックで1日通水して3日断水するパターンを繰り返してきたが、25日からは2ブロックごとに3日間通水し3日間断水するパターンに変更した。

 その後はこの運転が継続されている。

原因は未だに不明

 現在は応急措置によって頭首工の機能は回復しているが、なぜ漏水が発生したか、なぜ川底に水の通り道ができたのかは調査中だ。

 川底の砂の上にコンクリートの底が接している構造なので、砂とコンクリートの境界に水の通り道ができたのではないか。

 堰の地下には止水壁(金属板)が垂直に埋め込まれていた。金属板は岩盤まで達しているので、金属板があるのにどうして水の道ができたのか。金属板が老朽化して損傷したのか、岩盤に何か変化があったのか。

 また、2015年から進められていた耐震工事との関係を指摘する声、そもそも図面通りに止水壁が設置されていたのかなどの声もあるがわかっていない。

 原因がわかってから根本的な復旧工事の道筋は示すことになる。

点検手法と初期対応への課題

 じつは予兆があった。昨年12月に今回の漏水箇所に近い川底に小規模な穴が開いていたことが、目視で確認されていた。砕石して漏水はある程度止まったため、それ以上の措置はとられなかった。この兆候をきちんと分析することで、適切な対応をとれるようにしたい。

各地で同様のことが起きないか

 明治用水頭首工は1958年完成、稼働64年。対策検討委員会委員長の石黒覚三重大名誉教授が「経年的な変化を無視するわけにはいかない」と語るように、構造物の老朽化に原因がある場合、運用期間の長い他の頭首工でも起こり得る。

 経年劣化や局部劣化、災害などを原因とした農業水利施設の突発事故は2020年度は1441件に上った。耐用年数を超過した水利施設を建て直すには約5・2兆円かかるとされる。農水省は補修・補強により機能を保つことで更新費用を抑えられるとみるが、今回の事故を見る限り老朽箇所の特定は難しい。

 気候変動にともない利水、治水の重要性は増している。農業水利施設の点検や維持管理手法をあらためて見直す必要がある。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

橋本淳司の最近の記事